第3話

「……ふむ?いや、しかし」

「……隊長!」

「隊長」


ギラギラと酒瓶を見つめる女性隊員と、そして部屋に控えていた隊員からも催促の声が飛ぶ。サーニャは呆れたような目でそれを見ていた。


「ひとまず、このお酒は王女様に献上しようと思っていたものですので、お譲りすることはできませんが……この23本を、1000万cogでお譲りいたしましょう」


原価が約500万(王女様に献上しようと思っているのは、200万くらいする高級酒)なので、ぼったくりもいい値段である。


「それから、このバッグが6つ入ったコンテナを二つ、2億cogでお譲りしましょう」

「2億!?1億2000万でいいでは……は!」


そう、明らかにおかしい値段を提示して交渉に持ち込むテクニックである。おそらく酒を呑む人なのであろうソウシロウも、酒の魔力に当てられたのか引っかかってしまった。

室内から、買え!買え!という呪いの如き念が送られてくる。


「……少し待っていてください」


隊長はくるりと後ろを向くと、ぽちぽちとパーソナルデバイスをいじり始める。


「……緊急連絡。我が隊に高級酒を売り込みにかけてきている。もし飲みたいものは私宛に金を送金せよ。なお、送金がない場合はもちろん飲ませないので、そのつもりで」


ぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろん………


その瞬間、終わらない通知音の嵐。

っていうか、緊急連絡まで使ってやらなくてもいいと思うが……

サーニャをちらりと見ると、呆れを通り越して完全にドン引きしていた。


「ふむ。たまりましたね。では、決済をお願いします」


……早い!

この一瞬で1億2000万もの大金が集まったのか。


俺は「承知しました」といってパーソナルデバイスを差し出して代金を受け取り、同時に見えるように輸送システムで指定されたところへ酒のコンテナを発送する。


「残りのコンテナの一部を軍にも卸そうと思っていますが……あとで紹介していただけますか?」

「……いいだろう」


軍に商業ギルドにも所属していない一般人が何かを売りに行くことは難しいため、もしここで断ってしまえば近衛隊だけが酒を楽しむ状況になりかねない。

そんなことになってしまえば、あちこちから反感を買うことは想像に難くない。


つまり、ソウシロウは断ることができないのだ。


「ありがとうございます」


と、商談がおわったところでこんこんとドアがノックされる。


「面会の準備が整いました。こちらへどうぞ」


俺は瓶を持って、ソウシロウへとついていく。

面会のばしょなのであろう重厚な装飾が施された場所まで行くと、ソウシロウがこんこんと扉をノックする。


少し経って、「入りなさい」という気品を感じさせる声が室内から響く。


ソウシロウは「失礼します」と丁寧に行って扉を開いて中に入るように示してくる。


俺は一礼して室内に入った。

部屋の中央のソファの前に、ライトブルーの髪が特徴的な一人の少女が立っていた。

すらりとした体躯の持ち主で、背は俺よりも高い。軍服がとてもよく似合っていた。


「お初にお目にかかります、レイテリーナ王女閣下。冒険者ギルド所属、レフラスと申します」

「サーニャと申します」

「……サーニャさんは、一度パーティでお会いしたことがありましたね。確か、王都で開かれた新年会でしたか」

「はい。王女様におかれましては、今日もご機嫌麗しく」

「では、かけなさい」


俺は王女の指示に従い、対面のソファに腰掛ける。


「さて、帝国法74条の適用後、ということですが……それは真ですか?」

「はい、閣下。手続きは《plh-01》で済ませました」

「……なるほど」


そういうと、レイテリーナ王女は沈黙して、ひたすらこちらをじーっと見つめてくる。

居心地が悪くなり、俺は手元の瓶を差し出した。


「ブルマーニュ・ドボラックの100年ものだそうです」

「……よく私の好きな酒を知ってますね」

「はい?」

「もしかして知らなかったのですか?」

「ええ、まあ」


適当に評判の良い高い酒をセレクトしただけだ。


「ありがたくいただいておきましょう。……ともかく、貴族でないのならば特に問題はありません。退出して結構ですよ」

「失礼いたします」


俺は一礼して部屋から退出した。

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