第10話

俺はワイヤーガンを駆使してコロニーを駆けていく。


「本気で私を連れ去る気?」

「もちろんだよ」


我が姫様が腕の中からそんなことを言った。ちなみに、バイオエンハンスメントはもちろん貴族令嬢にも施されるため、いま暴れられた場合俺には勝ち目がない。

サーニャは身長に比例したちっちゃなおててで俺の太腿をぎゅっと掴む。


「〜〜〜〜〜〜!!!」


俺の口から声にならない悲鳴が漏れる。


「なるほど、ボディスーツのリミッターを解除したのね。見上げた忠誠心だわ」

「いや、別に俺はどこかに所属しているわけでは。サーニャのご両親にも無断だよ」


何やら勘違いをしているサーニャに俺はそういった。


「そ。ま、私も流石に花嫁をさらわれた人の妻にはなりたくないから......そうね。このまま鎮痛剤をつかわずに私を連れ出せたら、あなたについていってあげる」


サーニャはそういうと腕のなかで大人しくなった。

"花嫁をさらわれた人の妻にはなりたくない"というのは、貴族の体面とかそういう話だろう。結婚式の挑戦で負けたはいいものの花嫁が自力で帰ってきた......だと、かなり風聞が悪そうだ。

笑い者になる可能性すらある。あいつ平民に負けたんだぜ、と。


後ろから、「追えー!追えー!」と衛兵が狼藉者を追いかけてくる声が聞こえる。しかし、結婚式をお目当てに集まった群衆に阻まれてしまっているようだ......まあ、俺も手元にある、この超小型ベクトルコントローラーがなければこんなことはできないのだが。


前方に、ハンガーへの入り口が見える。が、どこでどう知ったのか、衛兵は小声戻ってくると予見して、厳重な警備をしいていた。本来、ああいう閉鎖は正当な理由がなければやってはいけないはずだが......


「どうする気?」

「もちろん、正面突破だ」

「......バカ?」


可愛らしい罵倒を聞きながら、俺はぴょーんと飛び上がり、近くの屋根へと着地した。ものすごい激痛が走り、思わず涙目になった。心なしか、サーニャの目が呆れを示している気がする。


俺は空中に躍り出て、封鎖されているハンガー狙いを定めてワイヤーガンを放つ。ざシューっと開いたドアに向け、俺は飛び込んだ。


––––ここまでくれば、もう大丈夫だ。


俺は安堵しつつ、中へと走る。


「待て!」


封鎖していた衛兵が追いかけてくるが、がしゃーんと盛大な音を立てて隔壁がしまった。うーうーうーと警報が鳴り、セキュリティシステムの作動を周囲に伝える。


「なあに。あれ?」

「俺みたいに通行権を持っている人間か、貴族とか管理人のように法に縛られない存在しか、ハンガーを通れないんだよ」

「ふーん」


そういうと、サーニャはちっちゃなおててえぎゅむぎゅむと足を揉んできた。


「〜〜〜〜〜〜!!!」


再び、俺の口から声にならない悲鳴が漏れる。

転びかけるが、男の威信にかけてなんとか踏みとどまった。


「ふむ。ちゃんと、鎮痛剤は使ってないようね。約束通り、あなたについていってあげるわ」

「..................どうも」


俺はいろいろと言いたいことがあったが、激痛で何もいえなかった。ハンガーNo.29-24へと到着し、俺はノルネまでサーニャを連れて泳ぐ。


「イフテ、開けてくれ」

『かしこまりました』


プシューっとフラップが開く。俺はサーニャを抱えたまま中に入り、二階にあるコックピッドまで急ぐ。


「なかなかいい船ね」

「だろ?」


サーニャをコックピッドのオペレーターチェアへと固定し、発着管制官へと通信を送る。


『こちらテインツ帝国軍ctb-27コロニー支部発着管理官、ライン一等兵』

「こちらは小型戦闘艦、《ノルネ》。乗員は2名、艦長のレフラス、及び客員のサーニャ=フォン=ミアトライン。発艦の許可を請う」

『了解。客員は現在貴族籍をもっているため、通行を認める。ハンガー使用料の支払いは......終わっているな。ハンガー内の出入り記録をチェック......よし、確認終了。行っていいぞ、ラッキーボーイ』

「どうも」


俺はハンガー内部の空気を抜き、ロッキングを解除する。

そして、ハンガーから宇宙へと通じる扉を開いた。


「準備は?」

「いいわよ」

「よし、《ノルネ》、発進!」


俺はいつもよりはやや速めに船を動かす。

そして、コロニーから離れるや否や全力で星系の外に向かって飛ぶ。この船の性能なら、誰も追いつけないはずだ。


「イフテ、ハイパードライブ起動」

『起動しました。目標、プリハモンハブコロニー。計算完了。ハイパースペース突入まで、5......4......3......2......1......』


一瞬、星の虹スターボウが見えた......と思ったら、もうハイパースペースだった。


「まずは買い物をしようってわけ?」

「まあな。サーニャの服とか、日用品とか......いろいろ買わなきゃだろ?」

「そ」


俺はサーニャのほうに向き直る。

結婚式のふんわりとした衣装に身を包み、オペレータチェアに包まれている。なんというか、割と非現実的な光景だが......とても美しい。


「いろいろと聞きたいことはあるけれど......それは、あなたが体を直してからにしてあげるわ。その足、もうボロボロでしょ?」


実際には、ぼろぼろというかばきばきなのだが......ともかく、サーニャはそういって気遣いを見せてくれた。


「まあ。じゃあ、医療ポッドに入ってるから......あとは、イフテに聞いてくれ」


俺はなんとか気をはってコックピッドを出て......そして、崩れ落ちた。流石に痛みを誤魔化すのも限界である。はいはいをするように手だけで進み、ボディスーツを脱いで、医療ポッドに入る。


すぐに、麻酔によって俺の意識がプツンと落ちた。

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