第9話
三日後。結婚式の日だ。俺はいま、結婚式が執り行われる予定の広場まで来ている。警備が厳重に敷かれ、まさに水も漏らさぬ警備の中、群衆が結婚式の様子を見ている。
『では、これより、エリト=フォン=アイスタンと、サーニャ=フォン=ミアトラインの結婚式を始めます!』
わああああ、という歓声があがる。
サーニャ=フォン=ミアトラインは、ここらへんの宙域では、結構有名な才媛らしい。美しい容姿も相まって、このコロニーでもかなりの人気のようだ。
SNSでは、紅の姫君なんていうあだ名が付いているとかなんとか。
『では、エリト=フォン=アイスタンは挑戦を』
––––来た。
俺は高鳴る心臓を抑える。と、広場の中心に座っていた花婿がすっくと立ち上がり、つかつかと進む。
「我、エリト=フォン=アイスタンは、サーニャ=フォン=ミアトラインに結婚を申し込む。異議があるものは剣で示せ!」
本来は、ここで名乗り出るものなどいない。身体、及び脳に生体強化––––バイオエンハンスメントが施されている相手に、勝てるわけないからである。
それに、勝てそうな相手––––例えば、貴族とか冒険者ギルドのランカーとか––––は、いろいろな理由をつけてコロニーから引き剥がしたり、あるいは事前に根回しがされるなどしている。裏の組織に至っては、今はあらゆるコロニーから排除されるか、微罪によって刑務所に入れられているはずだ。
故に––––
「《ジャンプ》」
それでも挑戦をかける大馬鹿ものしか、これに参加することはない。
......そう、例えば俺のような。
その場から飛び上がり、くるりと一回転してエリト=フォン=アイスタンの目の前へと着地する。そして、腰の剣を抜き放った。
「我、レフラスは、エリト=フォン=アイスタンに挑戦する!」
「......ほう?」
予想外の闖入者に、観衆が喝采をあげる。
多分、今SNSをのぞいたら星系中が大騒ぎになっているはずだ。
そして、エリト––––アイスタン星系を統治する家の嫡子は、俺を睨むとシャッと剣を抜いた。まるで、平民は貴族に従うのが当然だと思っているような眼差し。
意外と、そういう貴族は少ないのだが......残念ながら、少数の例外のようだ。
......だからこそ、つけいる隙がある。
「身の程知らずが。消えろ!」
エリトはそういうと剣を構えて突進してくる。
––––剣技、《スクエア》
俺はモーションを入力し、ボディスーツに記録された剣技を発動する。
一瞬にして振り抜かれた4本の剣線は、しかしなんとエリトは反射神経だけでそれに反応してきた。
俺は一度後ろに飛んで距離をとる。
《剣技》というのは、ボディスーツに予め仕込まれた技のことである。接近戦を有利に進めるため、ボディスーツで身体能力を強化する......というのは誰もが思いつくほうほうだが、一つ問題がある。
人体がそもそもそんな力に耐えられない。という現実だ。
それを解決するために作られたのが、《剣技》である。一瞬だけ出力を上げることで、エネルギー消費も抑えつつ人体に負担をかけづらくなる。
さっきの《ジャンプ》も《剣技》の一つだ。
ただ......どうやら、貴族はその《剣技》を反射神経だけでなんとかできるようだ。
俺とエリトは睨み合い、また技を交差させる。エリトは、さっきの俺と同じ《スクエア》。さっきの俺とは威力が段違いだ。なんとか《カウンター剣技》––––特定の剣技に合わされて作られたカウンター技のこと––––の《カウンタースクエア》を使って迎撃し、反撃の5連撃目をたたきこもう......としたが、こちらも防がれてしまった。
『行動傾向、肉体の動作把握。サポートを開始します』
戦いを観測していたイフテの心強い台詞に押され、俺はラッシュ攻撃に出る。速さと力の強さのスペックは全く違うが、まだなんとかなる。
......ただ、俺は良くても、だんだんと剣がかけていく。
この剣も最新のセラミック技術(とは言っても買ったのは10年前だが)でつくられているので、それなりに硬いはずなのだが......だが、このレベルの力のぶつかり合いには流石に耐え切れないらしい。
エリトは苛立ち紛れに、ぶん、と剣を力任せに振った。なんとかガードが間に合ったが、俺は後ろに吹き飛ばされる。
「......ふ。まだやろうという」
––––チャンス。
「α」
俺は一瞬でエリトの横を駆け抜け、すれ違いざまにエリトの胸を切り払う。
剣が粉々に砕けるほどの衝撃によって、エリトが吹き飛んでいった。
ザザザザと地面を擦り上げて制動をかけつつ、慣性を利用して静かに座っているサーニャ=フォン=ミアトラインの前まで行く。
「それでは、いただいていきます」
俺はそう宣言し、サーニャ=フォン=ミアトライン––––いや、サーニャを左手で抱え上げ、右手に仕込んだワイヤーガンを適当なところに撃って巻き上げる。
後ろで追え!という声が聞こえた時にはすでに、俺は姫を抱えて空中にいた。
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