第2話

「ふむ。なかなかスタイリッシュですね」

「うわ!」


俺は急に背後から話しかけられ、応接室のソファから転げ落ちた。


「え?え?」


さっきまで閉まっていたはずの扉がいつのまにか開いていた。

混乱する俺をよそに、ファネスさんは俺のパーソナルデバイスを拾い上げて画面を眺める。表示されているのは、俺が将来買おうと思っている船だ。


「ですが、高そうですね。いくらぐらいするんですか?」

「......素体で1億、武装等のオプションで1億っていうところですね」

「ふむ。それはそうと、侯爵がお待ちです。案内しますよ」


そういうと、ファネスはそしらぬ顔で歩き出した。面談はどうやら屋敷の食堂で行われるようだ。俺が部屋に入ると、もうすでに侯爵が待っていた。


「ようこそ。サイラス=フォン=レタミカル、レタミカル星系を統治する侯爵家の当主をしている」

「輸送ギルド所属のレフラスです」

「ふむ。まあかけたまえ」

「失礼します」


とりあえず挨拶は滞りなく進んだことに安心を覚えつつ、俺はサイラス侯爵の向かいに座る。


「はじめてくれ」


とサイラス侯爵が号令をかけると、料理が運ばれてきた。料理は、この惑星、レタミカルIII産の食材が使われたものだった。普段俺が食べているのは完全栄養食をフードプリンターで形と味を変えたものなので、こういう本物の食材を使った料理を食べるのは久しぶりである。


しばらく食事を楽しみながら俺が用意してきた《運び屋》の話を、サイラス侯爵が貴族の事情やなんかを語ってくれる和やかな時間が進む。


––––そして、食後の時間。


「本題に入ろう。まずは、これを見てくれ」


サイラス侯爵がピッと部屋の画面をつける。

縦軸が災害死傷者数、横軸が時間で構成された棒グラフが表示された。月ごとに上下はあるものの、なぜだか去年ぐらいから死傷者が急増しているのが見て取れる。俺はエレベーターからも巨大な雲––––たしか台風とか言ったか––––が見えたことを思い出した。


「......いったい、何が?」

「うむ、これだ」


サイラス侯爵はふところから一つの小袋をとりだした。

深い藍色をしていて、真っ白な紐が上に通されている。表には、何だろうか、見たこともないマークが付いていた。渦と線が組み合わさったような、不思議な模様だ。


「............これが?」

「お守り......まあ、願掛けのようなものだな。ちなみに、この小袋はどんな技術を用いても破れなかった。なんとも、不思議なものだ」

「これが、災害を引き起こしている、と?」


俺はまじまじと"お守り"を眺める。そんな戦術兵器のようなものが、果たしてあるのだろうか。


「うむ、これを手に入れてからというもの、災害の件数が大きく増えた。そのほかにも、様々な影響が各所に生じている。民の不満も高まるばかりだ。必死に対処はしているんだがな......」


サイラス侯爵は遠い目になった。苦労が忍ばれる。


「ともあれ、君にはこれをこの領から持ち出してもらいたい」

「目的地は?」

「一応、用意してあるが......ねこばばしてもかまわんよ?」

「いやいや」


俺はお守りをじっと見つめる。

災害を起こすような代物を、個人で持っていたら......だいぶ悲惨なことになりそうだ。


「もし持ち去ってくれたら......これだけだそう」


サイラス侯爵は指を二本立てる。


「200万ですか?」

「2億だ。君の冒険者生活もこれでスタートだな?」


サイラス侯爵はニヤリと笑った。さっき、ファネスに言った金額を知ってそうな顔だ。......全く、これだから貴族という生き物は。


「何、このお守りは正確には災いではなく”因果”をもたらすものらしい。この領でも、幸運が起こる回数も上がったからな。......はるかにデメリットのほうが大きいが」

「......なるほど」


惑星単位でおこる幸運というものがよくわからなかったが、とりあえずうなずいた。


「ちなみに、持っていく場合はどこへ提出すればよいのですか?」

「帝国系の研究所が、こういうのを研究しているらしい。そこへ持っていくといい」

「了解です」


とりあえず、俺はこのお守りをどうするにせよ、依頼を引き受けることにした。

そうすれば夢の冒険者生活も始まりである。十年働いて稼いだ金額に加え、報酬があれば想定しているよりも高い船が買える。


「では、幸運を祈ろう」


侯爵はすっとお守りを差し出してくる。俺は受け取ってから少し迷って......剣帯に括り付けた。


「ではな」


サイラス侯爵はそういうと、部屋から去っていった。


「では、行きましょうか」

「はい」


ファネスがうしろから声をかけてくる。さすがに予想していた俺はそう答えて、席を立って振り向く。しかし、誰もいない。


「......ここですよ?」


なぜか、ファネスは俺の真後ろから至近距離で耳元に囁きかけてくる。俺は慌ててその場から飛び退き、「ふふふ」と悪戯っぽくわらうファネスに脱力する。そして、ファネスは歩き出した。


「あなたを近場の飛行場までお連れします......宇宙船がここから発着するのはかなり珍しいので、ギャラリーがつめかけているそうですよ?」


俺の船は、別にそこまで珍しいものではないのだが......


「それと、整備担当が驚いていましたよ。あまりにも使用履歴がぎっちぎちだと......運び屋は享楽的だと聞いたことがありますが......勤勉なんですね?」

「夢がありますからね」

「かっこいいセリフですね」


そういうとファネスはくすくすと笑う。少し照れ臭い。

と、そこで屋敷の入り口に到着した。


「これはカンですが......」

「はい?」

「あなたは近々、運命的な出会いをなさると思いますよ?」

「......出会い?」

「では私はこれで。幸運をお祈りいたします」


そういうと、ファネスは見事なカーテシーを決めて去っていった。

カン......予言......《オラクル》......

不意に、俺の脳裏にそんな連想が浮かぶ。


––––いや、まさかな。ありえない。


俺は頭をふって思考を打ち消し、迎えの車に乗る。そして、ファネスのセリフのこともいつのまにか忘れてしまった。

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