第2話

俺はコロニーにある輸送ギルドへと赴く。ギルドの中は酒場と事務スペースに分かれている。酒場では、依頼を達成して豪遊期に入っている者や、クルーを探している者であふれていた。

と、見知った顔が酒場の入り口付近から声をかけてくる。


「よう、レフ。相変わらず働きもんだな」


黒い肌をもつ中肉中背の男......アンリだ。


「アンリ。久しぶりだな」

「まあな。クエストの完了届けだろ?......おごってやるから、あとで飲もうぜ」

「おう」


気のつく男であるアンリはそういって手をひらひらふった。俺は事務スペースにある端末をいじる。整理番号を発見するだけの、簡易な端末だ。


『2番カウンターまでどうぞ』


そう音声アナウンスが響く。カウンターは全て防音設備が整えられた個室で区切られている。輸送ギルドは、秘密を扱うことも多いからだ。

もちろん、所属するギルド員にも守秘義務が課される。......漏らして多額の賠償金を支払う羽目になるものも多いが。


「あら、レフラスさん。ご無沙汰ですね」

「どうも、レイラさん。お久しぶりです」


俺はぺこりと一礼してから席に座る。


「えーっと、コロニー《qbx-17》からの輸送依頼......完了ですね。評価は最高。いつも通りですね.....あれ、レフラスさん。何かやりました?」

「......は?」


いきなり、不穏なセリフを言われてどきりとする。思わず脳内の記憶をあさり、「何かやった」ことがないか確かめてしまう。


「............いや、特に身に覚えはないけど。何があった?」


10秒ほど経ち、特に思い当たる節のない俺はそう問い返した。


「......そうですか。貴族......それも、星系を統治される侯爵の方からの指名依頼がきています。受けますか?」

「......受けるしかないな」

「ですよねー」


そこはかとなく不安だが、受けないという選択肢はない。断って関係が拗れたりしたら超面倒なことになる。

レイラはぺぺぺとディスプレイを叩く。直後、俺の端末に着信。どうやら、依頼に関する情報を送ってくれたようだ。


「受理をすませました。詳しい情報は、送ったデータを確認してください。......ところでレフラスさん。いい加減、仲間を見つけたらどうです?十年間もぼっちで、さみしくないんですか?」


ヒマなのか、そんな雑談をレイラがふってくる。


「......仲間、ね......うちのエイダは一人用にカスタマイズしたからな......」


乗せるとしたら、今の船を改装するか、新しく買うか。どちらも結構金がかかるので、遠慮したいところだ。俺の夢のこともあるし。


「では、結婚は?もう25ですよね?」

「............」

「一応、ギルドでは紹介事業もしているので覗いてみるといいですよ」

「......まあ、考えとく」

「煮え切らない返事ですね......何か女の子にいやな思い出でもあるんですか?娼館にいったという話も全く聞きませんし」


娼館。

触手趣味、機械趣味、煙体趣味などなど、ありとあらゆる性癖に対応し、多種多様な業態を誇る宇宙の一大産業である。ただ......


「病気も怖いし......ちゃんとしてるところは高いしな」


そのぶん、思わぬ地雷が山ほど転がっている。娼館通いを趣味に友人たちの、シャレにならない失敗談を聞いてからは全く行く気が失せた。......どんな失敗談かは、聞かない方が幸せだ。


「結婚もなぁ。運び屋が結婚してろくなことないし」

「あはは......」


レイラが微妙な表情を浮かべた。運び屋と結婚したはいいものの、留守中に浮気して首になった同僚を思い出しているのだろう。


「まあ、というわけで当分先だな。他に何かあるか?」

「いえ。またのお越しを〜」


俺はアンリとの約束もあるので話をそこで切り上げ、レイラに見送られて事務スペースを後にした。

そのまま酒場へ向かい、アンツの前に座る。


「おう。適当に頼んどいたから、もう直ぐくるぜ。どうせ酒は飲まないんだろ?」

「まあな。すぐにコロニーを出るし」


宇宙を飲酒運転するのは、いろんな意味で危険である。操作を誤る危険だってあるし、コロニー周辺で見つかったら、一回で物凄い罰金が取られる。

昔、酔って対艦弾頭ミサイルをコロニーに向かってぶっ放した馬鹿者のせいでコロニーが崩壊し、何百万という数の死者が出た事件の教訓だ。

......それでも、医療ポッドに入ればすぐに酒が抜けるので、景気付けに飲む輩も結構いるが。


「......全く、少しはゆっくりすればいいのにな」

「ゆっくりするのはコックピッドの座席でもできるさ。そのために、座席はかなりいいやつを買ったんだし」

「............そうか」


アンツは処置なしといったような目を向けてくる。


「ま、そんじゃ情報交換といくか。お前が宇宙そらを飛んでいたころの話をしてやろう」

「どうも」


俺は傍のコップに果実水(作者注・化学物質で果実の味付けをした水)をどばどばと注いで、アンツのグラスをチン、と叩いた。


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