第12話~祝言~



 1564年


 浅井側からの織田による朝倉への不戦を条件に、織田家と浅井家は同盟が交わされ、市が浅井長政の正室として輿入れする事が、正式に決まりました。



 信長はこの同盟をとても喜び、それはそれは立派な婚礼道具を持たせて、市を浅井家へ送りました。


 本来なら婚礼の資金は、夫となる浅井家が持つべき所でありますが、その資金の全ても信長が用意した程でありました。



 浅井家が迎えるかがり火の中、両家の役人による受け渡しの儀を終えたお市の方は、化粧の間へと通されました。



 そこで、純白の小袖と打掛に着替えると祝言の席で、晴れて御披露目となるのでした。






 *




「信長の妹はかなり歳がいっているというではないか!」


「うつけの妹など、どうせうつけに決まっておる!浅井の為とはいえ、長政様が不憫でしかたないわ!」


「まことに!まぁ側室を娶ればよい事。是非とも我が娘を!」



「何を抜かしておる!長政様はその様な色狂いではないわ!しかし本当に、信長の妹を押し付けられて、お痛わしい事この上ない」




 既に始まっている宴の席で、酒に酔った浅井の家臣達は、口々に言いたい放題な事を言っておりました。



 その中で長政は少し緊張した面持ちで、今から初めて対面する、織田の姫君の登場を今か今かと、待ちわびておりました。




 すると、すっと襖が開き純白の小袖と打掛に身を包んだ市が静かに入ってきました。





「なんと………」



「まさに玉の様な肌、こんな美しい姫君がこの世におったとは………」




 あれほど賑やかに騒いでいた家臣達は、市の美貌に一瞬で釘付けになると、ただただ見惚れるばかりでありました。



 市はその事には我関せず、長政の前に座ると三つ指をついて、挨拶を始めました。



「織田信長が妹、市にございまする」



「よくぞ参られた。これから宜しく頼むぞ」




 長政が少し顔を赤らめながらそう言うと、市は長政の横に座りました。



 三三九度の杯が用意され、まずは長政が、次に市が誓いの杯に口をつけました。




「やっと………浅井に戻ってこれた……」



 市が小さくそう呟くと、長政が市の方を向き、顔を覗き込みました。



「今、何か申したか?」


「いえ、何も……」



 市は満面の笑顔でそう言うと、長政は更に顔を赤らめて天を仰ぎ、市に一瞬で心を奪われた事を認めざるを得ませんでした。





 *




「お初にお目にかかります。市にございます」



 祝言を滞りなく終え、晴れて夫婦となった長政と市は、久政と小野殿の元に挨拶に訪れていました。



 一通りの形式的な挨拶を終えるや否や、久政は早々に立ち上がると、自分の居へと戻っていってしまいました。



「気にするな、父上は織田との同盟を反対していたゆえ、あの様な態度なのだ。いずれその選択が間違いでなかったとわかれば、市への態度も変わるであろう」



「大丈夫にございます。市は織田と浅井の架け橋のなるべく、努めて参ります」



「それは頼もしい。願わくば早く世継ぎを授かって欲しいもの」



 すると、それを見ていた小野殿が上機嫌に、市に微笑みながらそう声をかけました。



 市が少し照れくさそうに首をすくねていると、家臣のひとりが足をズカズカと踏み鳴らし、部屋へと入ってきました。



「失礼、長政様、三将の皆様がお呼びでございます!」


「わかった。市は母上と話をするといい。母上、市を頼みましたぞ」



 長政はそう言い残すと、部屋を立ち去っていきました。




 *




「市………そなたの目は何を映す」



 部屋でふたりきりとなると、小野殿はいきなり市にそう問いかけました。



 その言葉を聞いた市は、暫く目を閉じ黙りこんだ後、驚いた様子で小野殿の事を見つめ始めました。



 暫くの沈黙の後



「まさか………あなた様は、母様を知っておられるのですか!」



「なるほど……思っていた通り。いや、それ以上のちからの持ち主。そなたは色々が見通せるのだな」



 その言葉を聞いた市は、顔を一瞬で青ざめさせると、その場にひれ伏しました。



「何卒!何卒この事はご内密に!この癖は生まれつきのもの、普段は封印をしておりまする、それに、浅井に対して善き事に使う事はあれ、悪き事に使う事等は、神仏に誓って致しませぬ!」



 ガタガタと震える市の両肩を、小野殿は優しく抱き寄せると、顔をあげる様に促しました。



「今まで苦労をしたのう、ここでは特に隠さず自由に過ごすとよい。勿論、多くの家臣達の前でその癖の話をする必要はないが、長政を始め、私にはそんな気遣いは無用」



 市はその小野殿の言葉に安堵の表情を浮かべると、その両目には涙が浮かんでおりました。



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