第3話~後継者~



 蔵屋と亮政の娘の名は、鶴千代と名付けられました。


 千代鶴の配置を変えた、この名を付けた事。


 産んだ男子を、浅井の後継ぎには出来ない事、それに対しての詫びの意味が、そこにはいくばかりかは、あったのかもしれません。


 こうして千代鶴の子、蔵屋の子は共にすくすくと浅井家で成長していき、猿夜叉は久政に、鶴千代も婚姻の話題があがる年頃にいつしかなっておりました。



 やがて、蔵屋が男子を出産。待望の後継ぎ誕生に皆が喜びましたが、病弱であった為に、成長を待たずに早世してしまいました。



 悲しむ蔵屋に、千代鶴は寄り添い続けました。蔵屋にとって、子を亡くすという……同じ痛みを知る姉の存在は、とても大きなものでありました。



 後継ぎを失った亮政は、浅井氏庶流の田屋氏から、田屋明政を鶴千代の婿養子に迎え、後を継がせる事にしたのでした。



 その頃、千代鶴は蔵屋の姉という事で家臣達にも慕われ、浅井家の中でも蔵屋と同等な存在になりつつありました。



 そして、家臣達の中でも庶家出身の明政よりも、直政の血を継ぐ久政こそ、浅井の後継ぎにふさわしいと意見が二分する様になっていったのでした。



 事態を重くみた亮政は悩みました。この戦乱の世の中で、家そのものが仲間割れをしている場合ではなく


 それこそ、その小さな綻びが露見するや否や、周囲の敵達の包囲網が敷かれる事は、必至でありました。



 全てを察した蔵屋は、亮政の元を訪れました。そして静かにこう語りかけました。



「姉上を側室に迎えてはいかがでしょう?久政を養子に迎え、後継者・浅井久政とするのです。さすれば家臣達から文句は一切出ますまい……」



「でもそれではお前の立場が……」



 亮政は、顔をしかめながら蔵屋の顔を見据えました。しかし蔵屋の瞳は、強い決心でみなぎっていました。



「姉上は神々の声が聞こえる方でございます。その血を継ぐ久政ならば、浅井の地位を更に確固たるものにしてくれるやもしれません」



「神々の声か………」



 確かにここ数年、千代鶴のその神通力で浅井の窮地は救われてきていました。



「六角は青木社に頼んで、あなた様に呪いをかけたらしいではありませぬか、そして、それを鎮めたのは姉上。わたくしは、姉上のちからを信じております」



「うぬ……」



 千代鶴の生母である尼子氏には、忍者がおり亮政はその忍び達に既に色々と助けられていました。


 そして、その諜報活動の報告の中に、六角による浅井に対しての呪詛があった事も、確かに聞き及んでおりました。



「信仰と呪詛、神々は一体どちらの味方なのであろうか……」



 亮政は憂いた眼差しで、宙をみつめました。



「想いは何通りもあるもの。我々浅井はひたすらに、竹生島の神々を信じて参りましょう」



 蔵屋がそう言うと、亮政は何度も頷きました。



「千代鶴殿を側室に迎える旨を伝えよう。そして、久政を浅井の後継者と謳う事にしよう」



「お心のままに………」



 蔵屋はお辞儀をすると、部屋をあとにしたのでした。






 *




「正直、あまり気乗りは致しませんね……」



 亮政の側室として迎えられる事、久政が浅井の後継者となる事を伝えられた千代鶴は、沈みがちな様子でそう答えました。



「姉上しか頼れる方がもはや、おらぬのです」



 蔵屋は必死の形相で、千代鶴にそう嘆願をしました。


 千代鶴は妹のその様子に、ただならぬものを感じつつ、されど自分が表舞台に立つ事に、いくばかりかの躊躇いを感じざるを得ませんでした。



「蔵屋、私はあなたがとても大切なのです……亮政様の室になれるはとても嬉しき事ではありますけれど……出来れば形のみでお願いしたい所……」



「姉上………」




 蔵屋は千代鶴の気遣いに胸を詰まらせながら、更に懇願しました。




「どうか……どうか、亮政様の元に。浅井の為には、姉上のちからが必要なのでございます!」



 蔵屋の魂の懇願に、千代鶴は胸打たれながら、いつしか蔵屋の両手を強く握りしめていました。




「わかりました、、そこまで言うならば嫁ぐ事に致しましょう。されど、そなたは私にとって大事な妹。その妹の心を踏みにじる事は出来ませぬ。嫁いだ翌日、わたくしは出家を致す事に致しましょう」



「出家を………?」



「逆にこれも善き機会。身も心も神仏に嫁ぎなさいという、神の導きなのかもしれませぬ」



 千代鶴はそう、蔵屋に優しく微笑みました。





 *




 亮政は千代鶴を側室に迎え、久政を正式に養子とし、ここに浅井久政が後継者となったのでした。



 そして千代鶴は、蔵屋に話をした通り出家をし、生母の出自より尼子馨庵と名を改め、陰ながら浅井の行く末を見守る事にしたのでした。



 そんな、千代鶴の事を家臣達は「大方様」と呼び、蔵屋、亮政とも良好な関係を保ちながら、浅井家は束の間の平和な時を過ごしていたのでありました。

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