たとえ望月でなくても
きょうじゅ
本文
そのひとの姿を初めて見たのは、春の夜。
ぼくは島で暮らしていて、その春から本土の高校に通うため、連絡船に乗るようになった。その、ある日の夜のことだった。連絡船から見える、とある島。古い灯台の下で、ながい黒い髪をした誰かがひとり、しゃぼん玉を吹いていた。
……正直言って、最初は幽霊か妖怪でも見たのかと思った。だが、他の客もその姿を見て驚いているし、足もある。次に思ったのは、女? ということだったが、目を凝らしてよく見ると、どうやら髪が長いだけで、すらっとしたシルエットの男性のようだった。
その日はそれ以上、何も起こらなかった。次に彼が現れたのは、約一ヶ月後。また、灯台の下で、しゃぼん玉を吹いていた。いったい、あれは何者なんだ?
三回目に彼の姿を見たとき、ぼくは気付いた。きょうは満月の夜だ。自分の過去のSNS投稿を辿って調べてみると、一回目のときも、二回目のときも、満月の日だった。
ぼくはその島について調べてみた。その島は無人島で、灯台はまだ現役だがそれも無人で運用されている、と公的な記録には記されていた。つまり彼は、島の住人ではない。そういう事ではあり得ない。
島に行く手段は無いわけではないが、一般人の上陸は原則禁止だった。ただ、秋に一度だけ、その島にある古い神社(これも普段は無人なのだが)で十月に例祭があり、そのときだけは舟を予約すればだれでも行くことができる。
カレンダーを調べてみた。今年の秋、その例祭の日は、満月だった。
夏が来て、ぼくはかれの前を通り過ぎるときに手を振ってみた。かれはこちらを見た。見たが、だからどうというほどの反応をするでもなく、ふう、とこちらに向かってしゃぼんを吹いた。それだけだった。
秋が来た。ぼくはまた、満月の夜に手を振る。かれはぼくの方を見て、小さく手を挙げた。
そして今日、例祭の日、学校が終わった後、ぼくはもちろん島に行くための舟を予約している。縁日をやっている神社から、灯台のある場所までは距離がある。そんなに大きな島ではないとはいえ、舗装された道路などがないから、獣道みたいになっている道を、ぼくは擦り傷だらけになりながら、走る。
そして。そこに、彼は――いた。相変わらず、いつもの格好で、しゃぼん玉をぷう、と吹いて、ぼくの顔を見てにっこりと笑った。
「やっと会えた」
ぼくはそう言った。
「あなたは、一体――」
何者なんですか、と言おうとして。
僕は、言葉がそれ以上出ないのに気が付いた。
ふと気が付くと、ぼくの両目からは涙がこぼれていた。
それから、ぼくは。
望月の日でなくとも、あなたの姿を見るにはどうすればいいのかと。尋ねた。
(終)
たとえ望月でなくても きょうじゅ @Fake_Proffesor
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