第60話 可愛い妹はいりますか。

 リビングへ戻ってきたルルに、穗純ほずみちゃんは先ほどまでの慌てぶりをすっと隠して、


「ねえ、姫草ひめくささん、料理作ってくれるんでしょ!? 穗純も食べたい! 三人で一緒に! いいでしょ?」


 とねだった。


 ルルの前だから口には出していないけれど、私のことを警戒して『お姉ちゃんと二人きりにはしない』という意思を強く感じる。


 私としても、ルルと二人きりになるのは怖い。


 ――だけど、ルルからすれば。


「はふっ!? な、なんで、穗純ちゃん映画は!? ……それに、晩ご飯だってレストランで予約取ってあげてあるよ。どうしたの、急に」


 当然反対なようだ。


 ただ表面上、私と穗純ちゃんの利害は一致しているので。


「……材料いっぱいあるし、三人分作るのは大丈夫だよ」


「お店も今から電話しておけば大丈夫だよー! 映画のチケットもまだ交換してないから、後日で平気だし!」


「で、でも、柚羽ゆずはさんとわたしの二人きり……うっ」


 約束した報酬はあくまで手料理だ。二人きりの食事は含まれていない。


 もちろん、二人きりで食事がルルの望みなのはわかっているつもりだし、本当ならそこを意図的に反故するのは心苦しいのだけれど。


 ――ルルのしてきたことを思えば、これくらいの仕打ちは当然だよね?


 もちろん意趣返しではなく、身の安全のためだ。やっぱり多少ルルには、申し訳ない気持ちがある。


 でももう、二人きり怖いし。


 結局なんだかんだ、三人で食事を楽しんだ。料理が私の作ったオムライスというのは力不足なのだけれど、ルルは喜んでくれているようだったし穗純ちゃんも美味しいとは言ってくれた。


「……二人きりでなくて、少し残念でもあったんですが柚羽さんと穗純ちゃんが仲良くなられたみたいで、よかったです」


 オムライスを食べながら、ルルが言った。卵とチキンライスを常時に配分よく食べている。一口一口が小さい上に、毎回美味しい美味しいと言ってくれるので、まだ時間がかかりそうだ。


「仲良く……はは、どうだろ」


 料理中も今も、継続してじっと見られている。ほとんど監視されている気分だ。


 これを仲良くと言っていいのかは怪しい。どちらかと言えば、嫌われているんじゃないだろうか。


「ふふ、穗純ちゃんもよかったね。柚羽さんに可愛がってもらって」


「なっ! ほ、穗純は別に可愛がってもらってなんてないけど!?」


「照れちゃってもう、新しいお義姉さんできてよかったね」


「あはは……私がお姉さんってそんな。もう薬利くずりさんってこんな可愛いお姉さんがいるんだから、私なんていらないよね」


 謙遜でもなく、個人的に思うことを別としたらルルみたいな姉がいるのはうらやましい。優しくて可愛らしい理想の姉じゃないだろうか。さすがに妹へ変なことはしてこないだろうし。


「本当ですかっ!? でしたら、ユズさんも私のことを姉として、妹のように甘えてくださってもいいんですよ!!」


「……いや、それはちょっと」


 ただでさえ不審に思われている関係性なのだがら、穗純ちゃんに誤解されるようなことを言わないでほしい。


 ――違うからね、穗純ちゃん。あなたのお姉ちゃんが勝手なことを言っているだけで……。穗純ちゃんのお姉ちゃんを盗ったりしないよ?


 と視線を向けると。


「……姫草さんが、お姉ちゃん。……姫姉ちゃん? 柚姉ちゃんかなぁ」


「え? あー……まあ、呼び方は好きにしてもらっていいんだけど」


 ――もしかすると、そこまでは嫌われていない?



   ◆◇◆◇◆◇



 素人なりに頑張って料理を作り、約束していたノートをルルから見せてもらった。


 想像以上に細かくまとめられたノートは、公式が出している設定資料なんじゃないかと思うほどだった。――まず字がすごい綺麗だ。女の子っぽい可愛らしさもわずかにあるけれど、丁寧で上手な字であることにまた育ちの良さを感じるなぁ。


 私もそこまで字が汚いわけではないが、高校を卒業してからめっきり手書きで文字を書くことが減ってしまっている。今こんな綺麗にノートをまとめろと言われても、無理だ。いや、私は高校のときからこんなマメなノートは作っていなかったけど。


 ともかく、ヴァヴァのイベントダンジョン攻略に向けて、非常に考察の助けとなるものとなるだろう。


 ルルの家にもスキャナーはあるそうなのだが、両親が使っているものらしく勝手に借りるのもと悩んでいたところ、


「あの、もしよかったらノートはそのままお貸しいたしますよ」


「え? いいの? ……私の家だったら、直ぐにデータで取り込めるからたすかるけど、でもなんだったら近くのコンビニで印刷してもいいし」


 きっと大事に作っているノートだろうから、こちらをあまりおいそれと借りるのも申し訳ない。


「いえ、プレイングで普段見返すノートは別のものですし、そちらは趣味でまとめているだけなので……しばらく手元になくても困りませんから」


「うーん、ありがたいけど……」


「そ、その代わりと言ってはなんですがっ!! ノートを取りに、またユズさんのお家に行かせてもらえませんか!?」


「えええぇ!? いや、そんな、私が借りるんだし、それだったら私が届けに行くって」


 もちろん通りとしてそれがマナーだと思ったからだ。決してルルをまた家へ招くことが危険だと思ったからではない。――危険だとは思っているけど。


「わたしの家に、また来てくれるんですか? ……でも、そんなあまりご足労を……」


「たいした距離じゃないし、気にしなくていいよ」


「そ、そうですかっ! じゃあまた両親には家を空けてもらって……今度こそ穗純ちゃんにも……」


「え? あの……玄関口でノートを渡すだけで十分だからね? 別にそんな歓迎とかいらないし……」


 ということで、無事(本当に無事か?)ノートを手に入れることができた。


 イベント開始が、もう直前まで迫っている。

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