第61話 イベントが始まりました。

 ヴァンダルシア・ヴァファエリスの新規実装ダンジョンによる期間限定攻略イベントが始まって、早一週間が過ぎていた。


 私達、打鍵音だけんおんシンフォニアムの四人で組んだパーティーは、計画通り序盤は情報収集に専念している。


 イベントダンジョンに潜り、細かいフレーバーテキストも逃さないように探索メインで進めた。


 ゴリ押し勢が『ダンジョンの○階層まで突破した!』なんて話を小耳に挟む度、焦る気持ちは募ったが早く攻略するだけがこのイベントではない。


 それでも一週間。


 最速で攻略を目指しているトップパーティー達は、もう直ぐにでもクリア報告を出してくる頃だろう。


『大丈夫、鈴見総次郎すずみ・そうじろうの所属パーティーは、まだ七階層までしかクリアしていない』


「……でも私達よりは先なんだよね」


 最終的な順位は攻略した早さだけでは決まらないが、外部から他のパーティーについて知ることのできる情報はどこまで攻略できているかだけだ。


 SNSや配信で、垂れ流しているところもあるけれど。

 それは本当に極一部で、目立ちたがりの鈴見総次郎でさえイベントダンジョン攻略についてはほとんど情報を発信していなかった。


 基本的には攻略サイトや攻略情報の配信をメインコンテンツにしているプレイヤーでもなければ、他のプレイヤーに情報を無償で発信するメリットもない。


 上級プレイヤーの大半は、攻略が最優先で他のことまでしている余裕もないから、そういったことはやったとしても後回しになる。


 あと一週間もすれば、多少参考になる話も見つかるだろう。

 攻略が終わって暇になった上級プレイヤーとか、そもそも情報発信で何かしらの利益を出している人もいる。


 ただそういうわけで現状、私もあまり他のパーティーことは気にせず、自分達の攻略に専念していたわけだ。


 一応私もイベントが始まって直ぐ、鈴見総次郎が参加ししているパーティーのメンバーだけは見ていた。


 ゲーム内のユーザプロフィールを確認すれば、そのプレイヤーがどのパーティーでイベントに参加しているかわかるし、パーティー画面に飛べば所属メンバーと最新攻略地点が確認できる。


 鈴見総次郎が所属しているパーティーは、鈴見総次郎含めて三人が見覚えのあるプレイヤーネームだった。

 英哲グラン隊で一緒になったことがある上級プレイヤー達。


 あとの一人は初めて見た名前だったけど、こちらもユーザプロフィールを確認すると英哲グラン隊のメンバーみたいだ。


 多分、最近入ったメンバーだと思う。もし強力な新助っ人ということなら、だいぶ懸念材料になるのだが――。


 ただ『勇者ホリー』という名前のプレイヤーは、レベルなどプロフィールで確認できる情報だけならぎりぎり中級者程度に見える。

 英哲グラン隊に一時所属していたころの私よりも下くらいだ。


 ――あまり強いプレイヤーじゃないようにも見えるけど、プレイングがすごい人かもしれないしな。


『七階層は、上級プレイヤーで編成されたパーティーの平均攻略具合から比較するといい数値ではない。僕達も直ぐに追いつけるはず。そうすれば他のポイント差で順位は問題ない』


「うん、そうだよね。……これからが私達の本当の勝負だし」


 合宿の成果は目に見てて出ていて、パーティーの連携はかなり強化されていた。


 なにより私と二人きり以外でも、ルルとアズキがボイスチャットに参加してくれている。


 今もイベントダンジョンの浅い階層をうろうろしながら、四人で通話しているところだった。


 会話自体も和気藹々わきあいあいということはないが、最低限仲も悪くなくパーティーとしてのまとまりを感じている。


「あのさ! さっきの骸骨が言ってた、『蛮勇の金獅子』ってルルさんのノート読み返したとき、どっかで見たような気がするんだけど……」


 ルルから借りたストーリーのまとめノートは、許可を取った後にスキャニングしてメンバーで共有していた。


 その後でアズキが文字起こししてくれていて、テキストデータ化も済んでいるから検索すれば引っかかりそうなのだけれど見当たらない。


 ――こういうゲームは同じ意味の単語をいろいろ言い換えて雰囲気作るから、よくわからなくなるんだよね。


『たしか金色のたてがみを持つ蛮族の獅子がメインストーリーに出てきたことがあったと思います』


「ほんと!? それ、どこらへんか覚えてる?」


『火花戦地の話だったはずです』


 結局、ルルの記憶が一番頼りになる。

 でも私もノートをしっかり読み返していたおかげで、いろいろと気になる単語を見つけやすくなっていた。


 ノノも忙しい中で時間を見つけて読んでいたようで、


『ブヨブヨ系のモンスターがいっぱい出てきたとこだよね。あれって邪竜が大暴れして、逃げ出してきたモンスター達の根城を焼き払うみたいな話じゃなかったっけ?』


『はい、それで蛮族の獅子は逃げてきたモンスター達をかくまう代わりに、配下として他のモンスターを襲撃させるよう命令していて』


 普通にやっているだけだと、さらっと流してしまいそうなストーリーだったが、ルルとノートのおかげで鮮明に思い出せた。


 今回のイベントがどんな物語を持った設定なのかが見えてくる。


 もちろんストーリー的なものがわかるだけだと、攻略に大きな影響はないんだけど。


『名前が上がったモンスター達と関連があるモンスターがいくつか絞れる。その中でまだゲーム内には実装されていなかったモンスターが今回のイベントのボスである可能性が高い』


「ありがとう、アズキ。ルルとノノも。ちょっと博打もあるけど、ボスと今回のイベントストーリーを推測しながら、そろそろ本格的な攻略を進めていこうか」


 戦う前に勝負は決まっているとか、相手の情報を知っていれば負けることはないとか、そんな話をよく聞くがゲームでも同じだ。


 極端な話、攻略サイトを見てゲームをすればどんな人だってほとんどクリアできる。


 ――今回は、実際に挑む前からその攻略情報となる作戦を自分達の持ち得るものから導き出した。違うのはそこだけど……。


 実践したことのなかった攻略方に、正直自信はなかったが。


『ユズーっ、次の三連休でバシッと攻略しちゃおうね! そしたら約束のあれっ、待ってるから!』


『ユズ。今のところ僕が貢献度第一位。期待していて』


『ふふ、ユズさん。誰が来ても、わたしがユズさんのこと、守りますからね』


 頼もしい仲間達のおかげで、上手くいきそうだった。


 ――うーん、本当に頼もしいと安心していいのかだろうか。私も我が身を守るために頑張らないと……。


 そんなこんなで、イベントは予想以上に上手く進んでいくのだけれども。

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