第52話 美少女と交渉します。

 人からなにかをもらうというのは、無料タダではない。


 ――姫プレイで散々アイテムを貢いでもらっていた私が言うのもおかしな話何だけどっ!!


 言い訳にはならないけれど、当時の私は切羽詰まっていて目先の欲にくらんでいた。


 それに私なりだけど、最低限のラインは守っていた。


 自分から強請ねだることはしない。

 絶対に感謝を忘れない。

 できることがあれば私からもなにかを返す。


 だから以前に『キスは無料じゃない』なんて口走っていなかったとしても、ルルに協力してもらうなら何かしら返すつもりはあったのだ。


 ――もちろん、パーティーの一員としてイベントに挑んでもらうことは、また別でそこはヴァヴァを純粋に楽しむ仲間として貸し借りなしではある……と思いたいけれど、今回のノートと考察の件は追加でのお願いだ。


「見返り……それは、その、ルルさんに力を借りるわけだし、私もできる限りのお礼はしたいと思ってたけど」


『できる限り……なんでもですか?』


 ルルは行間を読んだだけなのだが、そこを強調されるとなにか怖い。『できることならなんでも』というのは私の気持ちとしては間違いない。


 だが『これできますよね?』というスタンスでルルから要求されると『物理的に可能かどうか』を基準に要求されかねない。


「……えっと、ほら、レアアイテムとかどう? ルルさんの装備とか」


 ――そうは言ったけれど、私とルルは同じ万能型の後衛職で、装備がうっすらと被っているのだ。

 だからルルが必要とするようなレアリティの高い装備は、基本的に私も普段から使っているものとなる。


 とはいえ、それでも多少身を削るくらいなら私は構わない。


 ルルが強くなること自体、打鍵音だけんおんシンフォニアムに取って、パーティーに取ってプラスなことである。


『装備、ですか。ユズさんからいただけるものであれば、もちろんどんなものでも嬉しいのですが……』


「ほ、本当? それなら、えっと杖とか、あとはアクセサリーでもなにか……」


『ですけど、わたしは別のお礼をいただきたいです』


「……そ、そっか」


 話の流れからしても、そのまま終わるとは思っていなかったけれど、いつになく強い意志に精神的な追い詰められ方を感じた。


 ルルのノートがあったといって、イベントダンジョンの考察が上手くいくとは限らない。

 ルルに協力してもらっても、考察結果が攻略に結びつくか定かじゃない。


 お互いの条件が合わないのであれば、あきらめるしかない。


 ――とは思うんだけど、でもみんなもやる気になってくれていて、私も絶対鈴見総次郎すずみ・そうじろうに勝ちたいのだ。少しでも勝つ確率をあげられるチャンスがあって、見逃すなんてできない。


「わ、わかった。ルルさんはなにを――」


 けれど、ここでルルに主導権を握らせるのはあまりに愚策だ。


 交渉のイニシアティブは常にこちらで握ることが、有利な条件で成立させる秘訣ではないだろうか。

 一介の大学生である私だけれど、ヴァンダルシア・ヴァファエリスでは数々の死線を越えてきたのだ。


 危険な匂いを嗅ぎ取って、私は言葉を換える。


「私がルルさんにできそうなことは、どうだろう……肩もみとか?」


 もちろん本気で肩もみをしてルルが満足するというわけではなく、軽いジャブとしてどのくらいでルルが納得するかを探っているのだ。


 さすがに子供から祖父母へのプレゼントではないので、肩もみで喜ばれるとは思っていない。


『それって、ユズさんがわたしをもむんですか? ……できたら、わたしがユズさんをもみたいんですけど』


「え? いやだってお礼としてだから、私がルルさんの肩を」


『で、でもわたしは、わたしがユズさんをもみたいですっ!!』


「……あの、肩だよね? もむのは肩だよね?」


 なにか認識というか対象がズレていそうな気がする。ただあくまでジャブのつもりだったので、他の案を出すことにした。


「あとは……掃除とかどうかなっ? 私、掃除機かけるのけっこう得意だよ。家事とかちょっとお手伝いしちゃおうかなぁ」


『お掃除ですか。家の掃除ではあまり困っていないんですが、家事ということでしたら……ユズさんの手料理はダメですか?』


「え、手料理!? ……私、料理はあんまり得意じゃなくて」


『そんなの関係ありませんっ! わたし、ユズさんを食べたいんですっ!!』


 ルルがすごい食いつきで言う。手料理か、考えていたよりもハードルのだいぶ低いお礼だから、私としては腕に自信がない以外は問題ない。


 ただ勢いのせいか『料理』が抜けているのはちょっと不安だ。――考えすぎ、だよね?


「……あんまり美味しくできないかもだけど、いいの?」


『は、はい! ユズさんの手料理、是非いただきたいです!』


「う、うん。それなら……まあ、私はいいんだけど」


 手料理か。

 苦手ではあるけれど、そうまで希望されるなら、練習くらいしておこう。


 もっとなにか恐ろしいことが起きると身構えていたので、ほっと気が抜けたようだ。


『あの、食材や衣装は用意しておきますので、わたしの家に来ていただいてもよろしいですか? ……そのときにノートもユズさんに見ていただこうかと』


「え? ルルさんのお家、お邪魔してもいいの? ……ノートは、うん、ありがとう。コピーとか取らせてもらいたいし、食材は……えっと、悪いから私が用意しようと思うんだけど」


 たいしたお礼でもないのだから、もちろん材料費は私が出すつもりだ。


 それに作れる料理もたかが知れているので、食材からなるべく見知ったものを自分で用意したい。

 キッチンもできれば、自分の家の方が勝手知っている――というほど料理はしていないけれど、まだどこになにがあるかわかるのだけれど。


 今回の場合だと、来てくれと呼びつけるより、出向いたほうがお礼として正しいのだろうか。


 そう考えて返したのだけれど。


『それなら衣装だけで大丈夫ですか?』


「うーん、ごめん。衣装ってなに? ……多分だけど、それは大丈夫だから」


『はい、大丈夫ですね! とびきり可愛いのを用意しておきますっ』


「えっ!? ち、違うって、そっちの大丈夫じゃ――」


 訂正しようとするのだが、ウキウキとした声のルルは、いつもなら必ず礼儀正しく切るはずの通話を慌ただしく終えてしまった。


 ――衣装って、なに? エプロンとか、そういうのかな? ……別にいらないんだけど。

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