第51話 お支払いの準備がありました。
攻略と考察は近いようで違うものだと思う。
攻略というのが、複雑な選択肢を単純化していき、間違った思考を排除していくような動きになる――感覚的に言えば『情報のデジタル化』である。
それに対して。
考察というのは、限られた選択肢を組み回せて複雑化させ、今までになかった思考を発掘していく動きになる――感覚的に言えば『情報のアナログ化』である。
――まあ私のなんとなくのイメージなので、この分け方に深い意味はないのだけど。
ただどちらかというと私もアズキも、情報を決まったルールに則って処理することのほうが得意だ。
アズキは自分のプレイ中も、他のプレイヤーの情報も細かく集めている。
ただ集めるのは基本的には有効活用できるものと絞っていることで、分母を大きくして、情報の精度を上げる傾向にあった。
だからそういう意味でも考察には向いていないわけで――。
「どこかに攻略とは無関係にヴァヴァの情報記録していて、常識に囚われない柔軟な発想の持ち主がいればいいんだけど……」
そう口にしながら、ぼんやりと頭をなにかがよぎった。
ゲーマーとしての直感だろうか。なにか。
「……ルルさん?」
『ルルはいない。いるのは僕だけ』
「そうじゃなくて! ルルさんって、ほらノートでいろいろ細かくメモ取っているみたいでしょ。多分、ヴァヴァ経験浅い分攻略にあんまり関係ないことも記録していると思うんだよね。それにほら……時々あの……そう、柔軟な感性の持ち主だしっ! 考察得意なんじゃないかな」
『考察に関して言えば、技術やイベント経験の有無だけでないから、ユズの考えは否定できない』
私としては中々にいい思いつきだったのでは、と期待していたのにアズキの声はどこか素っ気ない。
『でも僕のほうがデータ量は多い。攻略に直接関わらないストーリー面での記録や、考察サイトを巡回して集めた情報も……』
「ご、ごめん! 違うよ、アズキさんが頼りにならないとかそういうんじゃなくてっ!!」
そうだ、アズキと二人で作戦会議しているのに、私はなにを――。
「アズキさんのおかげで目標と方針はしっかり固まってきたと思う。……前半はできるだけ攻略情報を集めて、そこに自分達の考察も入れていければ、他のパーティーより一足先にダンジョンへ挑める。想定通りできるかは一旦置いておくことになるけど、最初から力押しってのが難しい以上、理想的にいけばこれが一番上位の記録になる作戦なのは間違いないし」
アズキのおかげだ。細かいデータを客観的に見られたおかげでわかってきた。
『……それなら、いい。僕もユズの力になれたなら』
「うん、すごく助かったよ。本当にありがとうね」
そういうことで、私はアズキと一回通話を切って、次にルルと連絡を取ることにした。
ここにルルを呼んでもよかったのだが、多分二人のほうが上手くいくと思う。――ルルを頼ることも、二人で話すことにしたのも、いい思いつきで間違っていない選択だ。
そう信じていたのだけれど、まさか。
◆◇◆◇◆◇
私がメッセージを送って、イベントについて相談したいことがあるから通話できないか、と聞けば直ぐに。
『今日であれば、いつでも大丈夫です。わたしにできることであれば、ユズさんの力にならせてください』
とありがたい返事が来た。
そのまま通話を始めて、私は簡単に経緯を説明する。
「ルルさんの力を借りたいんだけど……どうかな?」
『わたしの力ですか。……考察のようなことは今までしたことがないので、どこまで力になれるかわからないです。ただわたしはRPGが好きでヴァヴァを始めましたし――』
ルルと最初にヴァヴァで会ったころ、彼女はおぼつかない操作で今までパーティーを組んだこともないと言っていた。
ソロプレイでここまでレベルを上げてきたというのは、実は他のゲームでかなりやりこんできていて、ゲームそのものの腕に自信があるのだろうと踏んでパーティーに誘った。
ただ組んでみればルルは本当にただソロで一人頑張ってきただけで、姫プレイ黎明期の私からしては正直効率面だけを見ればあまりかまうべき相手ではなかったのだと思う。
でも当時はおっさんだと思っていたルルは、真面目な性格でなによりヴァヴァが好きなのが伝わってきたから、見放せなかった。
今日また改めて聞けば、彼女はRPGが好きで、初めてのオンラインゲームながらもヴァンダルシア・ヴァファエリスの世界観とストーリーにのめり込んで、一人悪戦苦闘しながらも遊んでいたのだという。
『だから、ストーリーについても気になるところはノートにまとめていますし、今でもたまに時間があるとメインストーリーを繰り返しで読んでいることもあります』
「へぇ……それは、すごい頼もしい」
ヴァヴァのメインストーリーは、アップデートでストーリーが追加されるまで間隔が空くこともあって、いつでも以前のストーリーを読み返すことができるようになっている。
そうは言っても一度読んだものだし、レベル上げにアイテム集めともっとやりたいこともあるので、中々読み返している人は少ないだろう。
そんな中でも頻繁にメインストーリーを読んでいるルルは、かなりヴァヴァのストーリー面について詳しいことが期待できる。
ノートの中身も共有してもらえれば、それを元にみんなで考察もできるだろう。
「イベントが始まったらルルさんの知識で考察を手伝ってほしいなっ! あとはよかったらストーリーに関わる部分のノート、私達にも見せてもらえるとすごい助かるよっ!」
私は大船に乗ったつもりで、お願いしたのだが。
『……あの、こんなことをユズさんに言うのはとても心苦しいのですが』
「え、あの……それは無理にって話じゃないから、難しかったら断ってもらっても……」
正直、ルルなら私に協力してくれると思い切っていた。
だからこんな切り出しをされるとは。でもいろいろ事情があるので、もちろん無理には頼めない。
『……無料でなければという話を、以前からユズさんがおっしゃられていましたけれど、わたしのノートは見返りになりますか?』
「えええぇ!?」
ルルが言いたいのはつまり――「キスに類する行為は無料ではしない」という発言に対して、ノートを支払うなら「キスに類する行為」を受け取れるのではないかということだ。
――言いたいことはわかるし、その通りなんだけど。……え、どうしよ。
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