第45話 起き上がります。

 アズキの膝枕に、多少なりとも癒やされていてた。――はずだったのに、待合スペースでのルルとの一悶着をほとんど見られていたということで、私の心中は全くもって穏やかでなくなっていた。


 前回もルルとキスしたことを知ったアズキに、無理にキスされていたのだ。


 マズい流れである。


 ――はっきり言わないと、キスとかそういうのは無料タダじゃないって!! ……って、違うな。どっちかというと合意なしにしてはいけないという、最低限の倫理観を学んでほしい。


 ただ無料か有料かでキスの可否を判定しようとしている私に、倫理観のなにを説けるのかはいささか疑問だった。


「僕は、ユズともっと仲良くなりたい」


「……あの、それ前も聞いたけどさ」


「ユズの耳とも仲良くなりたい」


「え? ……私の耳と仲良くってなに!?」


 手で隠れきった私の耳は、普段から髪で覆われているし、とても内向的なので勝手に仲良くなるのはやめてほしい。


 けれどアズキは、その手の上からそっと指先でなぞるように触ってくる。――耳をっ、狙われているっ!!


「ユズ、ノノともいろいろあったんでしょ。特別なことしたって。一夜過ごしたって」


「あのね、それも説明したいんだけど……とにかく、変なことはしてなくてっ! そ、そうキスしかしてないからね? ほら、キスはもうアズキともしたし、みんな仲良しってことでっ」


「ユズは誰とでもキスする。僕はユズと誰よりも仲良くなりたいから、もっと特別なことがしたい」


「いやそのっ、それは……」


 しまった。耳に迫る恐怖感で、つい適当なことを口走ってしまった。


 ――全員とキスしているから、みんな仲良し!? どうかしているぞ私。……これは口走ったかどうか関係なく、もっと普段の行動から考え直すべきなんだろうけど。


 それから、特別なこと。ノノとはあくまでキスして、一緒のベッドで眠っただけだ。――だけってのもおかしいけど。『特別』って言葉を意識しないでほしい。どうかそっとしておいて。


「だからノノさんとも別に、特別なことなんてしてなくてさ。キスしただけで」


「ユズにとってキスは特別じゃない? 僕がしたくなったらいつでもしていいってこと?」


「違う違うっ! それは違うからっ。あのね、キスとかそういうことって合意があってするもので……」


 問題児二人目に二回目の説明をしているわけだったが、非常に既視感を覚える。


 ただより問題になってくるのは、アズキはルルと比べると私の食指が動きそうなレアアイテムをいくつも保有しているということだ。


 売り言葉に買い言葉でも、無料でなけれなんでもすると勘違いされると大変なことになる。


「合意したの? ルルとも、ノノとも」


「ルルさんは違うから……でも、もうしないでって約束した。それでノノさんとは、一応約束してだけど」


「僕も約束する」


「……う、うん。約束したらそれは私も守るけど」


 レースゲームでぴったり後ろをつけられている気分だ。リアルでやったら煽り運転ってやつじゃないのか。非常に話しにくい。


「ノノとはどんな約束したの?」


「……えっと、課金ガチャの装備をいくつかもらって」


「レアアイテムをあげれば、ユズの特別になれる?」


「そ、そういうんじゃなくて……だからまずルルさんとノノさんが特別ってわけじゃなくて、みんな私に取っては大事なギルドメンバーといいますか……」


 アズキは、私の頭と手の甲をなでるだけで、そのままどこか優しげに見下ろしてきていた。


 話を全く聞かないルルと違って、話は聞いてくれるようだけれど――そうは言っても説得できるかというと話が違うし、なにか間違えるとそのまま実力行使になるのは変わらない。


「ユズが悩んでいたのは、僕達のやる気、もっと言えば好意がどこから来ているかわからないこと。違う?」


「え? ……そう、だけど」


 身構えていたところで急に話題が変わって、思わず気が抜けてしまう。


 本気版メニューは全一致で却下されたものの、ギルドメンバーの三人がかなり無茶した目標に向かってやる気を出してくれている。


 ――これは疑っても仕方ない、多分、私のためにだ。


「僕はユズを守りたいし、ユズとヴァヴァがしたい。多分、他の二人も同じ。だからユズは悩む必要なんてない」


「……それは、嬉しいけど」


「鈴見総次郎にユズは渡さない。ユズを一晩好きにする権利は絶対に僕のものにする」


「え? ……そういう話もあったね」


 あった。確かにあった。


 忘れていたわけじゃないけれど――合宿の準備、主にみんなの練習メニューを考えたり、イベントダンジョンに挑むための作戦を練ったりですっかり、頭の片隅に追いやっていた。


 いっそ考えないようにしていたまである。


 ――まあ、まず鈴見総次郎に勝たないといけないわけで、そこの心配をしても仕方ないと割り切っていたというのが正確かもしれない。


「だから四人で勝つ。パーティーの中でも一番になる。だから心配しないでいい」


「……ありがとう」


 素直に嬉しい気持ちと同時に、つまり一晩好きにどうこうのことなので、あんまりはっきり言われると戸惑ってしまう。


 ――アズキは、私を一晩どうするつもりなんだろうか。


 ともかく、私には、今三人の優しさ――好意に甘えることしかできないのだ。


 そうでなければ鈴見総次郎には勝てない。合宿で鍛えて、イベントダンジョン攻略に全力で立ち向かう。


 それしかないんだ。悩んでいる暇なんてない。一分一秒をヴァヴァに捧げるべきだろう。


 私は頷いて、アズキの膝から起き上がる。


 今度はアズキも手を避けて、私が起き上がるのを止めなかった。


「元気出た。アズキさん、ありがとう。私もみんなの気持ちに応えるよ。……その、ヴァヴァで」


 もう一度と、立ち上がってからしっかりとお礼を言う。


 みんなが私のためにやる気を出してくれている。


 理由は――されておいても、それは何よりも嬉しいことだし、その気持ちをしっかり受け取ってまずは鈴見総次郎を倒さなくてはいけない。


 パシパシと自分の頬を叩き、気合いを入れ直した。


「じゃあ、私まだ時間あるけど部屋戻るね。装備見直したいし。あっ、あとアズキさんからもらったパーティー貢献度測定アプリ、あれすごいね! 連携ミスとかも数値で可視化できるから、各々のプレイング見直しするときいい参考になるよ」


 アズキ作成のヴァヴァプレイヤーのパーティー内での貢献度を測定するアプリのことだ。


 もらってから何度か試していたが、想定結果や使用感については文句一つなく、想像以上にレベルの高いツールだった。


 私の言葉に、アズキはほんの少し喜んだように笑った気がする。


 普段無表情な美女がかすか笑って、私も油断してしまった。


「これは、前借り。僕がユズの特別になるから」


「え?」


 そのままアズキはソファーから立ち上がりざまに、私の唇を奪っていた。


「やっぱり、特別な気持ちになれる」


 ――アズキのなまめかしい表情に、少しドキリとした。

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