第46話 あーんデビューしました。
それからノノが帰ってきて、また四人揃ってヴァンダルシア・ヴァファエリスを続けた。
順調だ。協調傾向もしっかり取れている。
――やっぱり、みんなやる気が入っている。この調子ならイベントでもかなりいい成績になるんじゃないか。
「つっかれたー! やっぱ仕事から帰ってきてすぐゲームはしんどいぃー」
ノノが体を伸ばしながらぼやく。
「休んでからでいいって言ったのに」
「だってー、アタシも早くユズ達とヴァヴァしたかったんだもんっ」
「まあ、一回みんなで休憩しようか。お腹もすいてきたし」
「ほんとっ? ちょっと早いけど晩ご飯にしよっかー」
栄養補給は大事だ。――ん? 晩ご飯? そうか、ノノが戻ったときもう夕方だったもんね。
「……お昼ご飯食べ忘れてたね。ごめん、私は平気だったけど」
見るとアズキは特に変化がない。そういえば栄養補助食品的なものをかじっていた気もする。
ただ、ルルはどうだ。
育ちがいいのか、ゲームしながらなにか食べるような様子はなかった。休憩時間も毎回一人でノートをまとめていたし――。
私が恐る恐るルルの顔を見ると、目にまるで覇気のないままキーボードを操作していた。
「る、ルルさん!? 大丈夫!?」
慌てて彼女の肩をそっと揺すると、目の焦点がやっと合う。
「はへ……? ゆ、ユズさん? す、すみませんっ! わたし、またなにかプレイミスが……」
「ち、違うって! 休憩しよ、休憩」
「休憩……でも……わたし、もっと練習して……ユズさんの本気のメニューをこなして……」
「ごめんっ、私が無茶言ったから! 体調管理しないとヴァヴァも上手くいかないから。ねっ、ほら一緒にご飯食べよ」
どうやら真面目なルルには、やる気が入りすぎていたようだ。
これは完全に練習用のメニューを考えてきた私の落ち度である。本気版メニューのことも、プレッシャーになっていたようだし。
四人でダイニングへ移動して、ゆっくり夕食を取ることにした。
お店が近くにあると言うことで、宅配ピザを頼むと本当に直ぐ届いた。なんでも歩いて数分の距離にあるらしい。――そう聞くと、デリバリーで頼まず持ち帰りしたほうがよかったんじゃ……と思ってしまう貧乏性だった。
「お金のことは気にしなくていいよー」
とノノは言ってくれたが、
「いやいやっ、だって場所までノノの家借りてるのに。むしろ食事代くらいはこう……」
「んー? そんなに気を遣わないでいいのに。お土産だってみんなくれたし」
「……たいしたものじゃないし、私のは」
ルルはしっかりした洋菓子の詰め合わせみたいな物を渡していてた。アズキは――なにを渡したかよく見えなかったが、受け取ったノノがえらく喜んでいた。
そんな中、私は特に考えもせず、近所にあるちょっと有名なカステラを買ってきてしまった。
ものとしてはいいものなんだけれど、ルルの小洒落たお菓子と並ぶとなんだか肩身が狭い。
――カステラは悪くない、悪いのは私だ。なんで二十歳以下の女子四人が集まるってのに、カステラを選んじゃったんだ私っ!?
「そんなに気にするなら、あとで何かしてもらおうかなぁ」
「……まぁ私にできることだったら」
家事はあまり得意ではないけれど、掃除くらいなら多分本気になればできるだろう。
お風呂掃除なら家でもよくやっている。あとはお皿とかも洗えるし、掃除機もかけられる。
そんなこんなで、ピザ三枚とサラダにサイドメニューをいくつかと、中々にボリュームのある品々が届いた。
「美味しそーっ。ほら、ルルさんこれ食べて元気出してね」
「ありがとうございます。あの……サラダをもらってもいいですか」
「う、うん! 私取ってあげるね、これくらいかな?」
シーザーサラダをお皿に取って、ルルに渡した。ルルは力なく笑って、「ありがとうございます」と受け取る。
――だいぶ疲れ切っているようだ。申し訳ないことをしてしまった。……もちろん、耳を舐められたことは忘れていないけど。でもそれとこれとは別だもんね。
横で見ていたノノが甘ったるい声をだした。
「いいなぁー、ユズーっアタシも」
「え? サラダ?」
「じゃなくてさー、ピザあーんってしてほしい」
「……も?」
文脈がおかしい気がする。私は『あーん』なんてしていないはずなのに。
「いやしないって。ほら、サラダも好きに自分の分取って」
「冷たいっ!! なんでっ、ルルにはよそってたじゃんっ」
「ルルさんはすごい疲れてるから……」
「アタシも仕事してきてすっごい疲れてるよ!! ユズのためにたくさん稼いできたんだからっ」
――いや、私のためって。
違うと否定しきれない部分もあるので、強くでられない。この部屋も合宿用のパソコンも、ルルが人気アイドルでなければ用意できなかったものだろう。
「あーもうすっごい疲れて、一人じゃ食べられないなー。ユズがもぐもぐして口移しとかしてくれないかなぁ」
いやでもその要求はおかしい。病人相手でもそんなことしない。
「わかったよ。ほら、これ栄養ドリンク。これだったら食べるの楽でしょ?」
「んなっ!? なんで、ここで栄養ドリンクが出てくるの!?」
「……だって食べる元気もないみたいだから」
「ひどーっい! さっきまでアタシに感謝してくれてる流れあったじゃん、なんでそんな冷たいことするの」
私のとっておきだったちょっとお高い栄養ドリンクだったのに。
ノノの急に跳ね上がった要求は受け入れられるはずもないが、でもまあ感謝はしているので。
「わかったって。照り焼きチキンでいい?」
「ユズが食べさせてくれるならなんでもいいっ!!」
「はいはい、あーん」
適当につかんで、ノノの口へ運んだ。他のなんやかんやと比べれば『あーん』くらいたいしたことでもない。
ただやったことがないので、勝手がいまいちわからない。
――とりあえず口にピザを入れればいいんだよね?
「あー……っちょっと、ふぉふぉふぁっ!!」
「ごめん、ちょっと奥つっこみ過ぎたかも……」
「ゆ、ユズ!? あーんってそんな押し込むやつじゃないからね!?」
「えぇ……」
むせかえっているノノの話によると、口の前まで持ってきてくれるだけでよかったらしい。
「やっぱなにかアタシに不満とかあるのユズ。……さっきから冷たいし……この家? パソコン? 気に入らなかったことあったら言ってよ」
「違うって! ごめんね、初めてでちょっと要領がわかんなくて」
「は、初めてだったの……? ふ、ふぅん。ならまあ……いいか。初めてにしては悪くなかったと思うし」
「え? なに? もしかして先輩ぶられてる……?」
なんだか満足げなノノの顔に抗議したかったけれど、
「……ユズさん、あのわたし、よかったらユズさんのあーんの練習に付き合いたいです」
「僕はユズに食べさせてみたい。僕も初めてだから安心して」
「いや、えっと……」
そういうわけで夕食もしっかり四人で堪能して休まったと思う。――私は妙に疲れたけど。
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