第44話 膝枕から起き上がれません。
美人なお姉さんの膝の上で、ごろんと横になっている。
傍目に見たらだいぶ素敵な光景なんだろうけれど――起き上がりたいので、手をどけてほしいっ。
それほど力をつけて押さえ込まれている感じではないのだけれど、頭と肩に手を置かれると、上手い具合に起き上がれなくなってしまう。
しかたなくこの絶妙な堅さと柔らかさの太ももの持ち主であるアズキを、下から眺めるだけしかできない。
「ただ
淡々と言うアズキに、なんでそんな色々調べられているノか、そして内容に訂正の必要がないことに恐怖を感じる。
「うん、だいたいアズキさんの思っている通り。会社同士の付き合いがあって、どうしても断り切れなかったのと、あとは流れで……。私がもっとはっきり拒否できてたら、今もっと違う状況だったのかもってのは後悔している。……それか、鈴見さんの言いなりになってればって」
「ユズが、鈴見総次郎の言いなりになる必要はない」
「……ありがとう。でも会社のことも、みんなのことも巻き込んじゃったから。自分だけのことだったら、なんにも間違ったことはしてないと……思うんだけどね」
「僕も、ユズは間違っていないと思う。最初の段階で拒絶していても今と同じように嫌がらせを受けていた可能性も高い。仮に鈴見総次郎の言いなりになったところで、要求がエスカレートしていくだけ」
気を遣ってくれているのだろうか。でも、アズキがそう言ってくれるのは嬉しかった。
「それに、僕は嬉しい」
「え? 嬉しいって?」
「巻き込まれたとは思っていない。僕がユズの力になれるなら、それが嬉しい」
「えっと……アズキさんは、私に協力できることが嬉しいって言ってくれてるんだよね?」
ちょっと自信がなくて聞き返すけれど、アズキは黙ったまま頷いた。
「ユズを助けたい。ユズの力になりたい。僕はいつもそう思っているから」
「……えっと、それは私も嬉しいし、助かるよ。ありがとう。でも」
――なんで? と浮かんだ疑問を、今のアズキにぶつけていいのかわからなかった。
少なくとも、今この状況で聞くとよくないことになる気がした。これは私のゲーマーとしての勘と、最近よくいろいろなことを経験した上での総合判断である。
どうせ、今はアズキの好意に甘えるしかない。
好意。――親切心とかそういう感じのあれで、助けてくれているといいなぁ。……いいなぁ。
もちろん、単なるアズキの親切心だったとしても、私を助けてくれた彼女へ何かしらのお礼は返さなくてはいけないだろう。
私にできることはなんなんだろうか。――体でお礼、ではないことを信じよう。私の体になんの価値があるのかも怪しい。
いや、鈴見総次郎に取っては女性としての価値があるんだろうってのは想像つくけど。
「もう一つ、聞きたいことがある」
「え? なんだろ」
でも、の続きを飲み込んだ私に、アズキのほうが聞いてきた。
「ユズは、マンションの待合スペースで、ルルと抱き合っていた」
「えええぇ!? ちょ、ちょっと……見てたの!?」
時計を確認したから覚えている。アズキは、私達が離れたあとに来ていた。――まさか監視カメラ!? よく考えたらこんな高級タワーマンションだ。待合スペースに監視カメラの一つくらいあるだろう。それをハッキングして……。
「外から見ていた」
――よかった。サイバー犯罪は起きていなかった。けど。
「外って、ガラス張りだったけど植木とかあったし」
「視力はいい」
視力はともかく、見ようと思ってのぞけば外からでも中の様子くらいわかりそうな造りだ。
「で、でも……アズキが来たのって離れた後だったし」
「もっと前から着いていた。ユズがマンションに入るところも遠目に見ていた」
「えええぇ!? ど、どういうこと……? 五分前じゃなくて、もっと前からいたの?」
「いた。いつももっと前から近くで待機している。オフ会のカラオケも、
アズキはしれっとなんでもないように言うが。
「待って待って!? なんで!?」
「なんでとは?」
「いやだって、着いてたなら合流しなよっ」
「あまり早いと相手に迷惑な場合がある」
――それはもっともな話だけど。でも他の人がもう来ているなら普通一緒に待つんじゃ。
「それとユズ以外と二人になると、会話ができる自信もない」
「……そ、それは、えっと」
ルルとノノの二人以上に、アズキが他の誰かと会話しているところが想像つかない。
記憶を探るが、そもそも多少なりとも会話があったかも怪しい。
「だから必ず五分前にしている。五分前ならユズもいる」
「基本、私はもっと前に着いてない? ……その後すぐ来ればいいのに」
「……三人で話すのも得意じゃない」
そういえばボイスチャットも頑なに断っていた。
それにしても姫草打鍵工房は、私が開店前からバイトでお店にいたのだ。だから開店からずっと私は店で待っていたわけだけど――そうか、あのときは開店と同時にルルは入ったからか。
もしかしてあの日、お店の外では開店前から二人がお互いバレないように潜んでいたのだろうか。なんか怖いな。
とにかくアズキは、私と二人でなら会話できるが、他の人と二人きりになるのは意図的に避けていたし、私含めての三人も苦手ということか。
「そ、そっか。なんかごめん」
「謝らなくていい。ユズがルルと抱き合っていた理由が知りたい。ユズの耳が舐められているのも見えた」
視線を下ろし、首を傾けたアズキの顔が、未だに膝の上から逃げられない私に向いた。
表情の読めない顔と、バッチリ目が合ってしまう。
「……本当に目いいんだね」
あれを見られていたと思うと、少し恥ずかしくなって目をそらしたくなる。
――どうしよう、このままだと予期せぬ流れで大変なことになりそうだ。
できることもないので、私は自分の耳をそっと両手で隠した。気持ちばかりの抵抗である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます