第43話 膝枕してもらいます。

 ノノの――人気アイドル九条乃々花くじょう・ののかのご自宅タワマンルームツアーをする間もなく、私達打鍵音だけんおんシンフォニアムの合宿が始まった。


 用意してもらった部屋はまさに理想通りで、ゲーミングパソコンのスペックも申し分ない。


 午後からノノが仕事で離脱することになっていたので、まずは四人で軽くダンジョンを周回した。ドロップするアイテムがめぼしくなく、普段は行かないマイナーなダンジョンで、ほとんど初見くらいの中でもどれくらい対応できるかを見てみることにしたのだ。


 テキストチャットどころか、同じ部屋に四人いるので意思疎通がいつもより断然取りやすい。


 ――それだけじゃない。今までより、息も合っている気がする。それに、やっぱりみんなのやる気も違う。


 それからノノが予定通り仕事へ行き、残った三人も一旦休憩を取ることになった。


「部屋は好きに使ってねー。あ、でもアタシがいない間、アタシ抜きで楽しいことしないようにっ! あと部屋出るときはその予備のカードキー持ってて!」


 と言い残して出て行ってしまったが、これだけセキュリティのいいマンションだけれど、そのずさんさは大丈夫なのかちょっと心配になる。


 信頼してくれているんだろうけど、オンラインゲームの知り合いでそんなに相手の素性だって知らないはずなのに。


 ――私は、三人のことどれくらい信頼しているんだろう。


 そもそも、私は三人のことをまだ全然わかっていないんじゃないだろうか。


 ノノとは少しだけこの前の夜でわかり合えた気がする。


 でもルルは相変わらず危険だし、アズキなんてなに考えているかわからない。


 ――なんでみんな、こんなやる気になってくれたんだろう。


「ユズ、どうかした?」


 ゲーム用の部屋から出て、一人リビングのソファーで仰向けに寝転がっていると、アズキに声をかけられた。


 休憩だからって、私が素直にヴァヴァをやめて休んでいるのが意外だったのかもしれない。

 確かに普段だったら、パーティーのみんなが休憩中でも、一人ドロップアイテムの整理とかで残っていることのほうが多い。


 実際、まだ休憩が必要なほど疲れていない。


 ルルだって、向こうの部屋に残って手書きのノートをまとめているようだった。――細かく反省点とか確認しているっぽかったけど、あんなの自分でつくってたのか。


 ルルを見習って、私ももっと頑張るべきなんだろうけれど。――いや、私が他の誰よりもやる気出さなきゃいけないんだ。


「ううん、別に具合が悪いとかじゃなくて。……そろそろヴァヴァに戻ろうかな」


「具合じゃなくて、悩んでる顔」


「え? ……そんな顔に出てた? 悩んでたわけじゃ、ないんけど」


「ユズはわかりやすい」


 アズキはそう言いながら、寝転がった私の横――頭側の空いた場所に座った。


 飾り気がない大人びた服装で、一年よりも歳の差を感じる。横になったままで、見上げているからかもしれない。


 私はそのまま、アズキのキレイなアゴのラインを眺めていた。細い首筋と鎖骨が色っぽいな、と変なことを思う。


「膝、いいよ」


「え? ……膝って?」


「僕の膝。落ち込んだときは、人の膝で休む。頭もなでてあげる」


「えええぇ!? ……いや、そんな」


 私のことを慰めてくれるつもりなんだろう。


 ――でも膝枕して、頭をなでるって。どうなんだろう、それ。仲のいい友達同士だったら普通にそれくらいするかな? ……でも、アズキはどうなんだ。友達なのかな。


 これを拒否するのは私の判定で言えば友達じゃないということになるのだろうか。


 正直、アズキがヴァンダルシア・ヴァファエリスの外でも友達なのかはわからない。


 ――だけど深く考えることでもないか。


 私は変に警戒しすぎているのかもしれない。別に膝枕くらいなら。それにアズキはキーボード好きの仲間だ。


「ありがと。じゃあお言葉に甘えて……し、失礼します」


 私は少し体を前に這って、アズキの細い膝の上に、自分の頭を置いた。


 アズキのお姉さんらしい外見に、甘えたくなったのかもしれない。


 結局人とのスキンシップ、自分が嫌かどうか、したいかどうかで決めるしかないんだと思う。――大丈夫、だよね? やっぱりこの前、倉庫でキスされた相手に無警戒すぎるってことはない……よね?


「どう?」


「……どうって言われると困るんだけど」


 今日のアズキは脚の細さが隠れたジョガーパンツを履いていた。でもやはり後頭部からは、以前スキニーパンツを履いていたとき『細っ』と思った細く肉付きの少ない脚が感じられる。


 ただ柔らかさが全くないわけではない。――むしろ、ほどよい気もする。


 悪くない。とても落ち着く。


「話も聞く」


「話って……えっと、そうだ。アズキさんにも私の口からもう一度話しておきたかったんだけど」


 私が元々話していた、親の会社である姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうのキーボードを宣伝したいという目標、それにまつわるあれこれのこと。


 先日の鈴見総次郎すずみ・そうじろうとの会話が聞かれてしまったことで、隠していたこともすべて明らかになってしまった。


 ルルにも先ほど待合スペースで話した内容を、アズキにも説明していく。


 こんな体勢のまま、膝を借りながらでいいのかわからないが、もう一度謝った。


「……ごめん、事情を説明しないで私の都合だけで話してた。結果的にまた余計なごたごたに巻き込んじゃったし」


「僕は、だいたいのことは知っていた」


「え?」


「姫草打鍵工房が鈴見デジタル・ゲーミングと以前まで提携があったこと、急に打ち切られて販売サイトに酷評文が掲載されるようになっていたこと――ユズが会社を宣伝したい理由がここにあることは推測できた」


 確かにアズキなら、私が話していなくてもそれくらいのことわかっていても不思議じゃない。


「以前ユズがボイスチャットで『元彼』と口にしていた」


「え……あ、やっぱりごまかせてなかったんだ……」


 ノノもしっかりと根に持っていたからな。


「ユズとの通話はすべて録音しているから、聞き間違えでなかったことも確認済み」


「ろ、録音……?」


「元彼が鈴見総次郎だったことは可能性の一つとして十分あった。鈴見総次郎のネット上での発言、また彼が所属しているヴァンダルシア・ヴァファエリスのギルド、英哲えいてつグラン隊のメンバーからの発言でも、『ユズ』というプレイヤーの存在が確認できたから、確率はかなり高いと踏んでいた」


「え、あの録音って……ごめん、一旦そっちを聞きたいんだけど」


 私は起き上がって、アズキの目を見てしっかり話したいのだが頭と肩に置かれた手が動かない。

 私は膝の上でバタバタするだけだ。


「だから心配いらない。ユズのこと、僕はわかっている。ユズの力になりたい」


「え、いや……今し方新しい心配事ができたんだけど……録音って?」


 下から見上げるアズキは、強く結ばれた小さな口ぐらいしか見えないけれど、妙に頼もしかった。


 ――頼もしいというか、それが逆に怖いんだけど!?

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