第23話 キスしていいか聞かれましたが。

 自分からキスの話を話してしまった。


 まだアズキは、私とルルの関係性を疑っていただけなのに。


 直ぐに出るつもりで、手にかけていたドアからも力が抜けて、そのままガチャリと閉じられてしまった。その音を境に、倉庫内のぼんやりした明るさが静けさと相まって、なにか息苦しさのをように感じられる。


「えっと、アズキさん。……誤解がないように説明させてほしいんだけど」


「キスを説明してくれるの?」


「あれは事故みたいなもので」


「ユズは事故でキスするの?」


 ダメだ、アズキがなぜなぜ期に突入している。


「……その、ごめん。やっぱ説明難しい」


「じゃあ僕が試してみるから。間違っていたら教えて」


「え? アズキさん、試すってなに」


 私はなにか嫌な予感がして、後ろへ少し下がる。アズキがそれに合わせて一歩進む。悲しいことに脚の長さが違うから、ぐっとアズキとの距離が縮まった。――いや、脚の長さというか、私は後ろ歩きだからなんだけど。


「アズキ、待って。試す必要はないから、説明する! 説明するから!」


「なにごとも実践したほうが早い。ユズもよく言う」


「それってヴァヴァの話でしょ!?」


「それに僕も、試してみたい」


 せめてドアが開いたままだったら、後ろ手にも逃げ場を探り当てて、倉庫から出られたかもしれない。


 だけど私は迫ってくるアズキの整った顔と深い瞳からも視線をそらせず、ただちょっとばかり後ろに下がっただけだ。


「ユズ、いいよね?」


「え!? よ、よくない!!」


「あの子とはしたのに? やっぱり、僕はあの子とは違う?」


「そうじゃなくて……」


 私のあごに、アズキの細く長い指がそっと優しく触れた。――やるなら一思いにやってくれればいいものを。


 ここからどうやって断ればいいのかわからない。どこか物憂げな瞳が、私を逃がそうとしないのだ。


「するよ」


 そう言って、アズキの唇が私の口と重なった。そこからまた口内をまさぐられるんじゃないかと身構えたけれど、数秒ほどたってアズキは離れた。


「……あ、アズキさん?」


「しばらく倉庫にいさせてもらう。ユズは先降りていいよ」


「え? あの……今のは……」


「ありがとう。思っていたより刺激的だった」


 いや、感想を聞きたかったわけじゃないんだけど。


 さっきまで怖いくらいまっすぐ見ていたのに、アズキはもう私の顔を見ようとしない。――ど、どういうこと? 勝手にキスしてその態度はなに!? 私の唇なんか問題あったの!?


 納得はいかないが、倉庫に二人きりでこのままいるのは気まずい。私はそそくさと一階へ逃げ帰ることにした。



   ◆◇◆◇◆◇



 小さいビルだが、一応エレベーターもある。ただ少し気持ちを落ち着かせたかったので階段で降りることにした。


 すぐ戻るつもりだったのに、十五分くらいはレジを空けてしまった。呼び鈴もなかったし、なにもなかったとは思うけれど待たせていたルルには悪いことをしてしまった。


「ごめん、お待たせ」


「ユズさん……! 大丈夫でしたか?」


 私が下に戻るや否や、ルルがすがるように近づいてきた。瞳を潤ませながら、私を見つめてくる。


「え、大丈夫ってなにが? ルルさんこそ、お店はお客さん来なかった?」


「お客さんは大丈夫でした。それよりユズさんは、本当に平気でしたか!?」


「だから平気ってなに!? ……事務所よって、倉庫案内してきただけだよ」


「嘘ですよね」


 ――え、私って顔に直ぐ出るタイプなの? なんでみんな私の隠し事に直ぐ気づくわけ?


「だって、倉庫ってアズキさんと二人きりだったんですよね?」


「そ、そうだけど」


「ユズさんと密室で二人きりになって、なにもないわけないですっ! わたしだったら絶対……」


「え、絶対なに? あの……それ聞いていいやつだったら聞きたいんだけど?」


 しかしルルは顔をそらして真っ赤になったまま黙ってしまう。


 絶対――なんだったんだろうか。


 聞いちゃいけないやつだったと思って、深く触れないようにしよう。

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