第24話 美少女がお宅訪問です。
それからしばらくしてアズキが戻ってくるまで、ルルは店の隅で小さくなっていた。
なにを考えていたのか本当にわからないけど、とにかく怖い。
アズキはいろいろ満足したようで、そのままキーボードの発注を済ませた。
「届くの、楽しみに待っている」
「えと……ありがとうございました」
「ユズもありがとう」
そう言いながら、アズキは自分の唇をそっとなでた。
なんのお礼だ、それは。
「また来るから」
ふらふらとそのまま店を出て行ってしまう。その細く長い背中に、なにか声をかけるべき悩んだのだが、私にはそれよりもっと解決しなくてはいけない問題があった。
「ユズさんのお部屋、お邪魔させてもらえるんですよね?」
期を取り戻したルルが、アズキを見送りながら聞いてくる。やっぱりダメだ、と言っても許されるのだろうか。
「あのさ、よく考えたらあんまり片付いてなかったから今度のが……」
「わたし、お掃除得意ですよ! もしよかったらユズさんのお部屋片付けさせてください」
「で、でもほら、お客さんにさせることじゃないし」
「全然そんなこと気にしないでくださいよ! わたしも急にお邪魔させていただいてしまって申し訳ないですし、できることならなんでもさせてもらいますから」
元気よくルルが笑う。多分これは、ダメって言っても押し切られるパターンだ。
――まあ、部屋に入れたからってなにかあるわけじゃないだろう。ルルは私の特製カスタマイズキーボードが見たいだけだしね。うんうん、キーボードへの愛が本物だということを信じよう。
◆◇◆◇◆◇
数少ない社員である
オンラインゲームの知り合いを自宅に招待していいんだろうか。私はキーボード愛にほだされてとんでもないことをしようとしているのではないだろうか。
可愛らしい足取りで私についてくるルルの様子をうかがう。やはり外見は人畜無害というか、虫すら殺せないだろうどこか儚げな美少女である。
歩いて数分で家につき、そのまま自室まで案内した。
「こんなとこだけど、どうぞ」
「ありがとうございます。お邪魔しますね」
ラグマットは敷いてあるけれど、お客さんをそのまま座らせていいのかわからない。ベッドの上にあった適当なクッションを渡して座布団代わりにつかってもらう。
あまり人の来ない家だから、ローテーブルも横に立てかけていたものを引っ張り出す。
「あっ、これ……お店でお渡ししようと思っていたんですけど、その、お部屋にもってことになったので。遅くなりましたが」
私がお茶を持ってきて座ったところで、ルルは自分が持っていた小さな紙の手提げ袋を渡してきた。
しっかりラミネートされていて丈夫で品のある袋だ。ずっと手に持っているの視界に入っていたはずだけれど、それがお土産だということにすら気づかなかった。
「えっ、ごめん。わざわざ。それにずっとお店でも持たせたまんまだったよね」
「いえっ! 気にしないでください。たいしたものじゃないですし、軽かったので」
そう言うけれど、袋だけでも数百円くらいしそうな雰囲気がある。
ルルは紙袋から、丁寧に包装された箱を出して渡してくれた。
「ありがとう。中身見てもいい?」
「はい、もちろんです。お好きですといいんですけど……」
リボンを外して、箱を開けるとカラフルなマカロンが入っていた。
「えー。可愛い、美味しそう」
「お好きでしたか?」
「うん。好き」
「はうわっ……あっ、いえ、すみません、お好きならよかったです。是非召し上がってください」
親切なことに、箱の中に細長いしゃれたフォークとピックの中間みたいなものが入っていた。これで食べろということだろう。
「ありがとね、二人で食べようか」
などと平和なやりとりでマカロンをいただいた。美味しかった。ただ本題はそこではない。
「あの、ユズさん。それで……さっきの話なんですけど」
「あっ! うん、わかってるよ。好きに触っていいからね」
「はひっ!? い、いいんですか……? そんな……」
「え、だってそのつもりで部屋に来てもらったし」
まさかキーボードを自由にしていいと言うだけで、そんなに驚かれるとは思わなかった。
もしかして私、けっこう変質的なキーボードオタクで人に気安く触らせないイメージを抱かれていたのだろうか。うーん、それは侵害だな。乱暴に扱われたらかなり怒るだろうけど、普通に触らせるくらい全然。
「あ、でもお菓子食べた後だから一応これ、ウェットティッシュどうぞ」
「ありがとうございます。……その、しっかりキレイにして触らせてもらいますね」
「そこまで神経質にならなくても大丈夫だけど」
「いえ! ……わたし、初めてですし」
人のキーボードに触ることが初めて、という意味だろうか。たしかにあまり機会があることでもないかもしれない。
「でもその、ユズさんもそんなに積極的で驚きました。……そんなに歓迎してもらえるなんて、私」
「えー? そんな全然触らせるって。マカロンだってもらったし」
「ま、マカロンで触らせるんですか!?」
「いや、それは冗談って言うか……でもマカロンももらっちゃったし、全然気なんて遣わないで好きに触っていいからね」
キーボード専門店の娘だ。
たかがキーボード、なんて言うつもりはないけ。でもそれにしたって、ルルの気合いの入りようは少し異常だ。
もしかして今日一日ですごいキーボード愛に目覚めてしまったのかもしれない。
「……もしかして、ユズさん慣れているんですか? わたし以外の人にも触らせてるんです?」
「え? そんなことないよ。家族くらいかな」
「ほえっ!? ご、ご家族ですか? ……それは子供のころとかですか?」
「どうだろ。あんまり覚えてないけど……でも基本は自分で触るだけだよ」
私がそう言うと、ルルの顔がまたいっそう赤くなった。もう耳まで真っ赤である。なんで?
「自分で……そ、そうですよね。ユズさんも、持て余すときがありますよね」
「う、うん? えっともう手は十分キレイになったと思うよ」
さっきからずっとゴシゴシしているので、そろそろルルを止める。
「は、はい。……そのじゃあ、触らせてもらいますね」
「どうぞ」
と言って、私は立ち上がりデスクに置かれたキーボードの上からホコリよけのカバーを外そうと――。
急に、ルルの手が首筋に触れた。小さく白い手は冷えていて、「ひゃっ」と思わず声を上げてしまう。
「驚かせて、すみません」
「……うん、冷たくて、びっくりしたんだけど」
「すみません、緊張して冷えたみたいです」
私のキーボードを前に緊張しているのは、その光栄な気もするのだけど、なんで私の首に触ったのだろう。
不思議に思っている私に、ルルが優しげに言った。
「まずは服の上から優しく触りますね」
「え? ……服の上から?」
そう言いながらも、ルルの手が私の上半身を這うようになで始めた。
――待って待って、どういうこと!?
戸惑う私は、『ユズさんと密室で二人きりになって、なにもないわけないですっ! わたしだったら絶対……』というルルの言葉を思い出す。
触るって、もしかしてさっきからずっとキーボードのことじゃない!?
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