第22話 美女と倉庫で二人きりです。

 アズキとルルが買うキーボードのカスタマイズが決まった。


 ハイスペックキーボードというのは、一般人からするとだいぶ高価なものでごくまれにふらっと訪れたお客さんが値段に驚くことがある。


 姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうはそれに加えてオーダーメイドだ。多少私から割引は効かせられても、学生にはかなり負担の大きな買い物だろう。


 ――まあ二人が学生なのかはわからない。ルルは見た感じ大学生っぽいけど、アズキはなんだろう? 働いてそうにも見えないし、かといって大学生にも見えない。


 と値段については心配していたけれど、二人は特段と金額には問題ないようだった。


 まだ発注は固まっていないけれど、だいたいほしいキーボードの傾向からして値段の概算を伝えることにしたのだ。

 時間をかけて決めた後に、『え、こんな高いと買えないよ……』となるのを避けたかったので、二人の財政事情には感謝しかない。


 アズキのほうは、あとは細かい配置やキーの荷重調整などが残っているけれど、このまま順調に決まりそうだった。


 ルルには私のキーボードを見せることになっている。今のうちに二階へ行って、早めに店番の代わりをお願いしておこう。


「ちょっと二階行ってもいいかな? 数分もしないし、もしお客さん来ても特に対応とかはしなくて大丈夫だけど。ただなんかあったら、そこの呼び鈴だけ押してくれると助かる」


「二階って倉庫?」


「倉庫は三階だけど」


 質問に答えるとアズキは、


「できたら入れないかな?」


「え? 倉庫になにかあるの?」


「全身の肌でたくさんのキーボードとパーツの山を感じてみたい」


「……え?」


 急にアズキはなにを言い出すのか。このストーカー予備軍を倉庫に入れるなんて、なにか危険なことがあってもおかしくない。


 ――そんな私の警戒心を一瞬で解く、激しく同意しかない願望だった。


「わかる。わかるよ、アズキさん。やっぱりパーツの山とかごちゃごちゃってたくさんあるのって心躍るもんね」


「わくわくする」


「そ……そういうものなんですか?」


「うんうん、それなら倉庫も案内してあげないとね」


 心なしかアズキの目が、キラキラと少年のように輝いていた。通常お客さんを倉庫に入れることはないのだけれど、同士の願いを私も叶えてあげたい。


 さすがにルルはまだこの領域には至っていないようで、私とアズキの話に目を丸くしている。


「そ、それならわたしも――」


「そういうことで悪いんだけど、ルルさんなにかあったらレジのとこの呼び鈴押してね。なるべく直ぐ戻ってくるから」


 私はルルを残して、アズキと二人で上で上がった。


 たいした時間じゃないし、お客さんは多分来ないだろう。


 一応監視カメラもあるし、レジをしばらく空けることも珍しくなかった。――まあ、小さな店舗だったら店員が奥で何かしていてレジにいないこともよくあるのだ。



   ◆◇◆◇◆◇



 二階の事務所にいる母へ、お店に来てくれた友人と少し出かけたいから後で店番を代わってほしいと伝えてから、アズキとさらに三階へ上がった。


 一応、倉庫に友人を入れることの許可も取ったので安心である。


 倉庫の鍵を開け、照明をつける。倉庫らしくぼんやりした明るさに、メタルラックでがぎっしりと並んでいる。

 ラックには段ボールやケースが置かれていて、中には組み立て済みやパーツの状態のキーボードが夢のように詰まっている。


「ルルさん待たせてるから私は下に戻るけど、アズキさんはしばらくゆっくりしてていいよ」


 アズキを中へ案内してから、私は先に部屋から出ようとする。


「待って。もう少し、二人がいい」


「え? ……えっと、どこがどこの棚とか知りたいってこと?」


「ユズと二人がいい」


 アズキがそう言って、ぎゅっと私の服の袖をつかんだ。


 急になんだかしおらしい態度で、変なことを言うので私も戸惑ってしまう。何故か寂しそうな表情になる美女を前に、私はどうしたらいいんだろうか。


 ――だいたいどうしたの!? キーボードの山でテンションだだ上がりするとこじゃないの!?


「ユズ、あの子とばっかり仲がいい。……僕ももっとユズと仲良くなりたい」


「えぇ? 別にルルさんともアズキさんとも……同じギルドメンバーとして接しているつもりだけど」


 セーターの袖をぎゅっと握ったままのアズキは、私の答えに納得してくれていないようだ。


「あの子となにかあった?」


「え!? あの子ってルルさんと? ……別に、今日はいろいろキーボードのこと教えてただけで」


「嘘。オフ会前と後で、あの子にだけ対応が違う。僕と、もう一人の騒がしいのとの接し方も少し変わったけど、あの子はもっとはっきり別になった」


「えええぇ!? いや、そんなことないと思うけど……」


 少なくとも打鍵音だけんおんシンフォニアムのメンバーみんなで話しているときは、今まで通り話すようにしていたつもりだ。


 ――だけどなにかあったのは間違いないのだから、それが無意識に出ていたと言われたらなにも否定できない。


「なにがあったのか教えて。僕も同じ事がしたい」


「お、同じってキスを!?」


「……キス、したの? あの子と」


「あ」


 ――バカだ。多分今日一日キーボード仲間が増えたと浮かれていたせいもある。

 けれど、こんな迂闊うかつに口を滑らすほど自分がバカだとは知らなかった。

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