第8話 女子会が始まりました。

 思っていたものと全く違うオフ会が始まった。


 おっさん三人相手にどう立ち回ろうかということばかり考えていたのに、いざ始まってみればそこにいるのは私含めて女子四人。


 ――気づいたら女子会だよ!!


 ただ女子会を始めるにしても問題があった。


 先ほどから私たちは、コの字型のソファーに一列で並んで座っていた。全員、奥の壁を背にしてルル、私、アズキの順番で並んでいる。


 今はやってきたノノを歓迎する形で、私とルルは一時的に立ち上がっているものの、席として空いているのは左右の端となってしまう。


「アタシどこ座ればいいのー?」


 どうしよう。都合上私が一番真ん中に座っているけれど、この美少女達を相手に私なんかがこの位置にいていいのだろうか。


 真ん中をノノと代わるべきか? でもノノは他の二人と今まであまり交流もなかったそうだし、位置的にはあまりよくないのかもしれない。


 ただ端に座らせていいのかというと――。


「アタシここにしよーっ!」


 悩んでいると、ノノが自分から席を決めてくれたらしい。よかった、空いているところならどこに座ってもらってもかまわない。


 のだけども。


「え?」


 ノノは、私を軽く押すようにして椅子に座らせると、そのまま私の膝にぽんっと柔らかいお尻を乗せた。


「えええぇ!? の、ノノさん!?」


「あはっ、ダメだった? ごめんごめん、ユズに会えたのが嬉しくてついーっ」


「ごめんじゃなくてっ!!」


「あの……わたし横にずれるんで、よかったらここ座ってください」


 心臓が爆発しそうだったので異議申し立てしようと思ったが、ルルが横にずれてくれて、そこにノノが座るという穏便な形で収まった。仕方なく私も言葉を飲み込む。


 こいつ、自分が国民的人気アイドルだからってなにしてもいいと思っていないか? ――たしかに実際問題アイドルだったら、そういうわがままは許されるものなのかもしれない。


 だがギルド打鍵音だけんおんシンフォニアムはそういう場所ではない。

 アイドルだからといって厳しく平等に――って姫プレイしてた私が言っても説得力がない。


 一応可能な限り、甘やかさないように毅然とした態度で接しよう。


 ヴァヴァでのノノの言動からして、言いたい放題にさせれば大変なことになるのは間違いない。


 ――まだあのノノと九条乃々花が、同一人物だとは信じ切れていないけど。


 他の二人もそうだ。おっさんだと思っていた相手が急にこんな美少女達だなんて。


「飲み物、みんななに頼む? えっとみんな未成年……? ソフトドリンクメニューはこっちで、アルコールはこっちだけど」


「アタシ年齢詐称とかしてないし十九だよー」


「わ、わたしは十八歳です」


「十九歳」


 躊躇ちゅうちょなく年齢を教えてくる面々。オフ会で顔も合わせているしこんなものなんだろうか。

 アルコールメニューをしまいながら、私も自分の年齢を話す。


「あ、じゃあ私はルルさんとタメかな? 私も十八だから」


「ほ、本当ですか! なんだか嬉しいです」


「なになに、ユズ後輩かーうりうり可愛がってやろう」


「あの、ちょっと体を触らないで」


 ノノを押さえつつ、三人に注文を確認する。


 ルルがホットティーで、アズキはアイスコーヒーで、ノノが生苺入りイチゴミルク――そんなのあるんだ? あとハニートーストを頼んで、私はウーロン茶でいいか。


 ドリンクが届いたので形だけ乾杯した。

 リーダーとしてなにか話すべきかとも思ったが、オンライン時はチャット勢三人に対して一人でしゃべっていたせいで、リーダーから話すような内容はもうほとんど話し終わっていた。


 せっかく顔を見合わせているわけだから、もう一度似たようなことでも少し話すべきだろうか? いやでもあんまり堅苦しいのもな。


 よくよく考えてみれば、おっさんが一人も居ないことに困惑ばかりしていたけど、どちらかと言えば美少女達ばかりのほうがいいに決まっている。


 ――うんうん、美少女四人? で仲良く女子パーティーのギルドとして上を目指すのもありなんじゃないかな? おっさん達が私を取り合ってケンカする心配もなくなったわけだし。


 そう気持ちを切り替えて、私は私なりにこのオフ会を満喫しよう。


 おっさんがいないのなら身の安全を危惧して身構える必要もないのだから、気楽なものである。


 九条乃々花と仲良くなれるのも役得だし、ルルみたいな子思いっきり可愛がって癒やされたいし、アズキみたいな美形も目の保養にいい。


 ――うんうん、結果オーライで最高のオフ会なのでは!?


「せっかくこうやって顔を合わせたんだし、みんなで仲良くなってこれからのヴァヴァでの連携も深めていこうねっ!」


 珍しくキャラでもなく素でそんな前向きなことを言ってしまう。


 三人もそれぞれ同意を示してくれて、私は順調なスタートを感じていたのだが。


「じゃあさーせっかくだし、あれやろうよ」


「あれって、みんなでなにか歌う? え、もしかして乃々花ちゃんの生歌!?」


「んー今日はみんなでの決起集会だし、アタシが歌ってオンステージにしちゃうのはちょっとなー」


「そ、そうだよね。それにごめん、プロの人に変なこと言っちゃって」


 いくらなんでも国民的人気アイドルに、二重の意味でオフ中に歌のリクエストなんてしちゃダメだ。浮かれすぎていたのかもしれない。


「ユズが聞きたいなら、今度二人きりのときに歌ってあげるねっ」


 とノノは嬉しそうに笑うが、これも営業スマイルみたいなものだろう。

 アイドルとして意識しすぎないようにしつつも、相手がアイドルであることは忘れないように節度ある対応をしなくてはいけない。


「……それで、なにやるの?」


「女の子が四人も集まったらもちろん、王様ゲームでしょ!」


「え?」


「あれれ? ユズ知らないの王様ゲーム?」


 ルールは知っている。


 クジをみんなで引いて、王様と書いてあった人が他のメンバーに命令できる。命令は誰に対してするものかを指定できず、王様以外のクジに書かれた番号を対象にする。『二番の人が三番の人を三十秒間くすぐること!』みたいな感じに命令するわけだ。


「やったことないけど……それって」


 女子だけでやるような遊びだっけ?


 なんとなくイメージとしてはもっと、男女大勢で遊ぶような気がする。ただやったことないので、案外女子だけでやっても盛り上がるのかもしれない。


「割り箸とかでクジつくるんだっけ?」


「あっ、わたし、トランプ持ってきています。……そのみんなで遊ぶかもと思って」


「ありがとう、準備いいね」


「そんなっ、……たまたまです」


 ルルがトランプカードを一組、手提げから出した。特になんの変哲もないよくあるトランプに見える。

 その中からキングと一から三までのカードを抜き出して、それをクジ代わりとして使うことにする。


「全員引いたぁー? それじゃあ、せーのっ」


 ノノのかけ声に合わせて、「王様だーれだ」と言うのだが、アズキは端から無言でルルも縮こまっているから、ほとんど私とノノだけだ。


「僕だ」


 アズキの細く長い指には、キングのカードが握られていた。


「アズキさんか……えっと命令は?」


「シャッフルした回数は五回。ただあのやり方だと順番はそのまま。私は上から二枚目のカードを引いてキングだった」


「え? アズキさん?」


「最初の並びが、キング、エース、二、三の順番であるから、一番上から引いたノノは三のカードを、一番下からカードを引いたルルは二だ。ユズ、君の手元に残ったのはエース」


 当たっている。


 いや、当たっているけど。ノノとルルのカードはともかく、私はエースのカードを引いていた。


 アズキはまた、すっと微笑んだ。


「命令は、一番が王様をハグする」


「ええ!? ……ハグって、こうギューッと?」


「そう。一分以上」


「いいけど、長いから二十秒くらいね」


 おっさん相手であれば断固拒否していたが、同性相手だしそれくらいならいいか。私は直立したまま動かないアズキに、そっと抱きついた。


「弱い」


「え? こ、こうかな」


「もう少し」


「はい……」


 きっかり二十秒、私はアズキを抱きしめた。なんだか女子相手だというのに冷や汗をかいた気がする。


「じゃ、次ね、次!」


「ちょっと休みたいんだけど……」


「ダメダメ! アタシも早く王様なりたいんだからっ」


 ノノに急かされるようにして、次のゲームが始まった。


 先ほどのアズキのようにカード番号を当てられるとゲーム性を損なうので、見えないようにしてから、順番もしっかり変わるようにカードを混ぜる。


「あ、あの……三番の人を、わたしが膝枕してあげたいです」


 王様になったルルの命令だ。

 三番は私だったので、ルルに膝枕してもらう。悪くない命令だ。二十秒ほど、ルルの柔らかい太ももの上に頭を乗せた。途中、ルルの手が私の頭に伸びてきたが、寸前のところで止まる。


 ――頭はたこうとした? いや、さすがに自分から膝枕するって命令出して、そんなことするような子には見えないな。


「もうっ、次々っ!」


 イラ立ちを見せていたノノが、次でやっと王様になる。


「やったー! えっとね、ユズが私にー」


「ちょっとちょっと、そういのはルール的にダメでしょ?」


「ケチ! マネージャー! ……んーじゃあ、二番の人がー」


 私は手元のカードを確認する。よし、エースだ。やっと私以外の人に命令が出る。


「やっぱり一番かな」


「え?」


「一番の人が、王様のほっぺにチューってするっ!」


「待ってよ! 今のなんかズルいって! それにチューって!!」


 ノノは私の顔から読み取って、番号を変えていた。明らかに不正行為である。


「なになに? ほっぺじゃなくて、もっと他のとこがよかった?」


「そうじゃなくて、今私の番号反応見て当てたでしょ! あとチューも……その王様ゲームの命令にしては重いんじゃない!?」


「そんなことないよーほっぺくらいならいいじゃん! ほら、アタシたち女の子同士だしさ。そんな気にしなくても」


「えええぇ!?」


 そういうものなのだろうか。


 いくら同性といってもキスだ。頬にするからといって、そんなおいそれとしていいものなのだろうか。


「ユズー、王様の命令は? ほらほら?」


「え……?」


「絶対でしょ! 絶対!」


「ええぇ……」


 やっぱりこれ、女子会じゃない。


 ――やっていることもノリも、合コンだよねこれ!?

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