第7話 三人目もおっさんではないようですが。

 不思議なことに、同性だと思うと自然と警戒心は下がるものである。


 明らかにヴァヴァでの言動も、今さっきの発言も私の判定的にはアウトなものだけれど。


 目の前にいるのが、高身長スレンダーな美形の女性というだけで、私は何故か危機感を全くと言っていいほど抱いていなかった。


「あの、ユズです。よろしくお願いします」

「よろしく」

「わ、わたしはルルです。よろしくお願いします」

「うん」


 立ったまま軽く自己紹介を済ませて、三人で座った。ソファーはモニターを囲うようにして、壁沿いにコの字型に並んでいる。


 ドアから近い手前の角にルルが座っていて、その横の真ん中に私、その奥にアズキという順番になった。


 広めの部屋で十五人くらいは入れそうな場所に、三人して並んでいるのはちょっと不思議な感じがした。


 ただ予約の際に、部屋の広さを聞かれたとき――おっさん達三人相手に狭い部屋は危険すぎるな。という判断で「空いていれば広い部屋がいいです」と希望してしまった私の責任である。


「あとはノノさんだね。えっと二人は……オフ会とかってよくするの?」

「は、初めてです」

「僕も初めて。ユズとだからした」

「そ、そうなんだ。私も、そうなんだよねー」


 と言いながらぎこちなく笑ってみる。どうしよう、美少女と美女に挟まれて気まずい。


 何よりこの二人をずっとおっさんだと思って接していたことに、罪悪感めいたものが出てきている。


 特にルルは、どこからどうみても純朴そうな美少女で、この子からレアアイテムを貢がせていた私はなんなのか。近い内、地獄に落ちるんじゃないのか?


 アズキもそうだ。


 言動こそ問題あれど、この美形相手に私はいろいろとやらかしてしまっている。


 もちろんおっさん相手だったからとしても、正当な行為ではない。姫プレイというのはそういうものなのだけれど――。


 でもやっぱりおっさん相手じゃないと思うと罪悪感がすごいっ!!


 あと二人が私より可愛いし美人だしで辛いっ!!


「二人はノノさんと知り合いなんだっけ?」


 意識をそらすように、私は適当な話題を振った。


 二人がおっさんでない以上、ノノさんが最後の砦である。――違うか、最後の危険因子か?


「ユズさんと一緒のときに一度だけパーティーを組ませてもらったことがあったと思います」

「僕はない。名前は知っている」

「そっか。まあノノさんはオンライン率あんまり高くないほうだったからね」


 これは課金額が多いプレイヤーには、往々にしてあることなのだ。


 たくさん課金できるのは普段真面目に働いている社会人であることが多く、そうなるとどうしてもゲームのプレイ時間は減る。

 たまに廃課金しながらいつ見てもオンラインのプレイヤーもいるが、そんな異常者は極わずかだ。


 ノノに関して言えば、言動が一番の問題点ではあったけれど、プレイ時間の少なさという懸念事項もたしかにあった。だが事前に時間を合わせれば、その予定は守ってくれるし、毎週決まったプレイ時間は確保できているようだ。


 まれにいる社畜ゲーマーほどオンライン率が低いわけでもないし、パーティー攻略に支障が出るような心配もないと判断した。


 あの課金額からしても、雑多といるただ社会人の廃課金勢ではなく、ある程度時間の管理を自分でできる経営者タイプのおっさんではないかと推測している。


 ノノはおっさんだ。

 おっさん以外が私にしつこくエッチな要求をしてくるわけがない。よし、安心してノノを待とう――。


 いや、安心していいのか?


 あのお金で女を好き勝手できると勘違いしているおっさんを、この美少女と美女と私という布陣で待ち構えていいんだろうか。


 一昔前の悪党とか成金みたいに美女数名をはべらす、いやらしいおっさんの姿が浮かぶ。


 両腕でにそれぞれ美女を、両脚の間にも一人座らせて、本人はふんぞり返ってソファーに腰をかけている。そして女達の胸には札束が下品に挟まれて――。


「ふ、二人のことは私が守るからっ!」

「ユズ、どうしたの?」

「ユズさん、大丈夫ですか?」


 二人が急に立ち上がった私を心配しているが、逆である。私が二人を心配しているのだ。


 アズキは背丈はあるけれど、あの細さだ。力があるようには見えない。


 私は緊張と使命感から、ついつい黙ってしまう。そうすると二人も、所在なさげにしていて、静かな部屋になった。


 部屋の前面に設置されたテレビ画面から、アイドルが出した新曲紹介の宣伝動画の声が響く。


 国民的人気アイドル九条乃々花くじょう・ののかが画面で笑顔を振りまいているようだ。


 ――あぁ、やっぱ可愛いな、九条乃々花。ルルも可愛いけど、タイプが別な感じかな。ルルは大人しそうで順々そうな犬タイプで、九条乃々花はやんちゃで生意気な猫タイプ。


 って国民的人気アイドルと並ぶくらい可愛いルルがなんでこんな部屋にいるのか、本当によくわからないな。


 アズキも可愛い系ではないだけで、そこら辺で見かけるようなレベルではない美女だ。外見だけでいえばモデルや女優と言われても不思議ではなかった。


 この二人と釣り合いを考えるなら、九条乃々花でも出てこないと困るな。あーノノんがノノってなんか『ノノ』っていっぱい入ってるし、九条乃々花にならないかな。


 さっきまで身構えていたのに、ついつい現実逃避してしまう。私はちょうど集合時間になったタイミングでドアが開いたけれど、ぼーっとしていた。


「あーっ、みんな揃ってるんだ。ごめんね、アタシいつも時間ぴったりだから」

「ん?」


 テレビの横にある、ドアから乃々花ちゃんが出てきた。


 画面にも九条乃々花がいるし、部屋にも九条乃々花がいる。


 白いバケットハットを深くかぶり、黒いマスクをずり下げるようにしてアゴにつけているが。その顔は間違いなく人気アイドル九条乃々花だった。


 ――やっぱなんかおかしな事起きている。私の現実がおかしい。


 私は冷静に自分の頬をつねったが、痛いだけだ。


 おっさん三人とオンラインゲームでギルドを組んで、結成記念にオフ会を開いただずだった。


 けれど何故か集まったのは、美少女たち。


「……え、夢? ルルさん、アズキさん、部屋にアイドルの乃々花ちゃんいるんだけど、二人には見えてる? もしかしてあれって、私にしか見えてない?」

「見えてる」

「あっ、やっぱりそうなんですか。アイドルの方がいらしたなんて、わたしもびっくりです」


 どうやら、見えているらしい。だがアズキは全く表情も声も変わっていないし、ルルも言葉とは裏腹に落ち着いているようだ。


 ――え? 二人くらいルックスがいいと、アイドルが出てきても驚かないものなの?


「そこのびっくりしてお目々ぱちくりしているのがユズでしょ!! もーやっと会えたっ! あはっ、アタシが乃々花ちゃんだから超びっくりしてるんでしょ? ウケるっ!」


 乃々花ちゃんがパタパタと私に近づいてきて、固まっている私の頬をツンツンとつついた。乃々花ちゃんの指が、私に触れている。


「えええぇ!? いやいやいや、なんで!? なんでいるの!?」

「んん? そりゃオフ会で、打鍵音だけんおんシンフォニアムの発足会でしょー? リーダー!」


「ほ、本当なのっ!? えっ、じゃあ、まさかすると、もしかするとノノさんが……」

「あっはーい! ノノんがノノでーす! 呼び方はノノでも乃々花ちゃんでもオッケーだけど、ヴァヴァのほうではアタシがアイドルだって内緒ね!! みんなしか知らないんだから、絶対ね!」


 九条乃々花がノノ? そんな現実ははっきりと言葉にされても違和感が拭えない。


 きゃぴきゃぴとアイドルらしい顔を作って『内緒ね! 絶対ね!』なんて目の前でやられてしまうと心臓も耐えられそうになかった。


 ただとりあえずは。


「……えっと、ユズです。よろしくね」

「わたしはルルです。よろしくお願いします」

「豆食べる小豆あずき。よろしく」


 という挨拶を済ませる。「みんなよろしくねー」と乃々花ちゃん――ノノは相変わらずの笑顔だ。


 あのお金で手に入れたアイテムを餌にして女子にエッチな要求をしていたノノが、美少女だった。それもただの美少女じゃない。アイドルの九条乃々花だったのだ。


 とうていあり得ないことが続いている。


 だが――たしかに、国民的人気アイドルともなれば、ゲームにあれだけ課金できても不思議ではないのかもしれない。アイドルは薄給なんて話も聞くが、乃々花ちゃんはグループアイドルではなく、デビューからソロでのみ活動していてCMや映画なんかにも頻繁に出ている。


 そこらへんのサラリーマンなんかとは比べものにならないほどお金を持っているだろう。


 それはそうとして、私、アイドルに貢がれてたの!? 逆じゃない!? 逆だよね!? あとあのいろいろな要求はなんだったの!?


 言いたいことはたくさんあったが、こうしておっさん不在のまま打鍵音だけんおんシンフォニアムのギルド設立記念オフ会は始まった。

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