第9話 休憩するはずがディープキスです。
気持ちを切り替えて女子会を楽しもうと思ったばかりだったが、気づいたら合コンになっていた。
アイドルが私相手に、頬へのキスを迫ってきている。
何から何までわけがわからない状況だ。――しかし、一流のゲーマーを目指すものとしてどんな突発的な出来事にし対しても冷静に対処すべきである。
「わ、わかった。するよ。でも王様ゲームはこれくらいにしよ。まだ私達、初対面なんだからあんまり過激なことはよくないし……それに命令とかじゃなくて、もっと他の方法で仲良くなりたいかな」
「ええー!! まだ始まったばっかじゃん! ほっぺチューなんて全然過激じゃないし!!」
「文句があるならしないけど」
「……今日のところは、ほっぺのチューで満足するかぁ」
今日のところはってなんだ。と思ったが、ツッコんではいけない気がした。
落とし所としては問題ないだろう。ただリップクリームくらいしか塗っていない唇で、ノノの頬にキスしていいんだろうか。あの国民的人気アイドル
いや、考えても仕方ない。――向こうがやれと言うのだから。
私は勢いに任せて、だけどそっと優しくノノの頬に触れた。
白い張りのある肌に、唇が吸い付くような気さえした。しっとりとしたうるおいに、張り付くような感覚とみずみずしさがあって――離れるその瞬間には名残惜しさを感じた。
――これがアイドルの肌っ!?
気が動転しそうになるのをこらえて、私はさも慣れた風を装った。
「はい、これで終わりね」
「ユズありがとっ、すっごい幸せーっな気分になっちゃった。お礼にアタシからもしてあげよっか」
「えええぇ!? いや、大丈夫……遠慮しとく」
「遠慮しなくていいのにー」
やめてね。今クールを装っているけど、心臓とかえらいことになっているんで。
私はすっとノノから離れて、バレないように深呼吸する。
「次は何しましょうか?」
「あれやろ、目をつぶったままユズの指をなめて、どの指だったから当てるゲーム!」
「……え? なにそれ? 何が楽しいの?」
ノノの提案を却下して、適当に雑談を振るのだが、いかんせん盛り上がらない。
ヴァンダルシア・ヴァファエリスを始めた理由や、普段他にゲームをするのか、みたいな当たり障りのない話題を振っているつもりなのだが、どうにも三人の回答が弾まないのだ。
あと事あるごとに「ユズ、前もその話してた」「ユズは、ビターチョコ好きだよね。毎日、三つは食べる」「その遊園地、ユズの思い出の場所だよね」とアズキが私の話に解説を付け加えてくるのが怖い。
全部事実なのが怖い!! そして私がどんどん話しにくくなる!!
――これだから普段チャット勢の連中は。もっとトークを盛り上げるように心がけてほしいよ!
と思いつつも、なんとか私一人盛り上げ役に徹して回してみる。
だが一時間もすれば限界が来た。
喉の疲れをウーロン茶で癒やしたが、精神的になにか疲弊している。
「ごめん、ちょっと休憩……」
お店は二時間の予約で取っていた。あと三十分ほどで終わるけれど、残りの時間をどう過ごすかお手洗いに行きながら考える。
基本的にいつもヴァヴァをしながら話しているので、間に困ることもなかったのだが、会話だけというのはまた別の大変さがある。
何より今まで顔の見えないおっさん相手と思って気軽に気安く話せていたのが、今回は顔の見える美少女相手だ。
――どうしよ、またなにかゲームしようかな。えっと古今東西ゲームとか?
どうしても合コン感が拭えない。ただ女子会だとしたら、女子会ってなにをするんだろうか。恋バナ――はあの面々として盛り上がるイメージが浮かばないし、オフ会である以上あんまりプライベートなことは聞けない。
「どうしたらいいんだ……」
お手洗いを出てすぐのドア横で、私はうなだれてしまう。
おっさん相手だったら私が気を遣われる側だったのに。オフ会でも身の危険はあれど、適当にしてればおっさん達が勝手に盛り上げてくれたような気がする。
それなのに現実の私は、美少女相手に気ばかり遣って疲れ果ててしまっていた。
あと一分だけここで休憩しよう。私はぼーっと壁に背を預けて、照明を眺めていた。どこかの部屋からアニソンが聞こえる。楽しそうだ。――そうだ、あと三十分は歌って終わらそう。
ノノは歌わないとして、あとの二人はどうだ? この際、私だけで歌ってもいいくらいだ。それで時間を過ごして――。
「ユズさん、大丈夫ですか?」
「え? ああ……ルルさん」
気づかぬ間に、ルルが私の前にいた。可愛らしい顔が心配そうに私をのぞき込んでいる。
「私は大丈夫。ちょっと気疲れかな。初めてのオフ会だったし。ルルさんはどうしたの? お手洗いなら私を気にせず――」
「ユズさんが心配で見に来ました」
どこか意思のある言葉を返され、私は一瞬あっけにとられた。
「あ、ありがとう。……でも大丈夫だよ。部屋戻ろっか?」
「無理しないでください! ユズさん、顔色悪いですよ。……だってずっとノノさんにはベタベタされてますし、アズキさんもぼそぼそ怖いこと言って」
「あはは」
よかった。端から見てもあの光景はおかしかったようだ。
そして、なにより私のことを心配してくれている人もいた。
おっさんではなく美少女だったギルドメンバー達。顔がよくても問題の多い二人と比べて、ルルは違う。
元々性格的なところでは何一つ問題視していなかった、優良おっさんだったのが、実際には美少女だったのだ。
文句一つつけようのない、完璧な美少女ということではないか。
――ああ、癒やされる。その不安げな顔、憂いを帯びた瞳が、なんだか天使のように慈悲深さを感じさせる。
「ルルさん……」
思わず、彼女の頬に手が伸びた。一度うっかり触ってしまったあの感触をもう一度――。
そう思ったとき、逆にルルが私の腕をつかんで引いた。
「え?」
「ユズさん、大丈夫ですよ」
そのか細い体に抱き寄せられるよう、私の体が引かれた。両腕で優しく包み込まれて、背をなでられる。
「る、ルルさん……?」
「わたしが、消毒してあげますからね」
「え……? 消毒?」
ルルがにっこりと笑う。
さっきまでの顔からの変化に戸惑っていると、薄い桃色の唇が私に迫ってきた。すべてがゆっくりと――私の口をそのまま覆うようにして、ルルの唇がすっぽりと被さった。唇と唇が、交差するように、向かい合うように、密着するようにぶつかり合う。
「えむっ!? むぅむっ!?」
慌てて声を出そうにも、完全に口が塞がれている。それだけでなく、声を出そうとして開いた隙間から何かが入り込んできた。生温かい何かがそのまま私の口内を
「うぐっ!! んんっ」
どれだけたったのかわからない。口の中も外もべたべたになって、ようやくルルが離れた。
私は息を吸うのに必死で、まだなにも考えられない。
「あんな汚らしいアイドル女の頬なんかにキスさせられて、本当可哀想でしたね。でも、しっかり消毒しましたから、これで安心ですよユズさん」
蠱惑的にルルが笑うのを見て、私は床にへたり落ちるのだった。
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