10月10日②
リリリン、リリリン、リリリン…
いつものアラームで目を覚ます。
見慣れた部屋を後にし、妻の待つリビングへと向かう。
「おはよう」
リビングに、私の声が通り抜ける。
おはよう、と返す妻を確認し、テーブルに着く。出されたコーヒーに口をつけかけて、手が止まる。
何だろう、見慣れたはずの景色が、どこか違う。
その違和感に気付くのに、時間はかからなかった。
向かいに腰掛ける妻を見て、息が止まる。
正確には、息はしているが、意識していないと維持できない。
全身の毛穴が広がるのを感じる。
なぜその服を着ているんだ…
「昨日は言いすぎた、ごめん」
なぜ謝る?昨日?昨日って何だ?何が起こっている?
知りたくもない現実を確かめるため、新聞に目をやる。
『10月10日』
妻の顔が霞む。頭が働かない。
来てしまった。迎えてしまった。止められなかった。
やっと掴んだ平穏、やっと掴んだ正解。
掴んだはずのそれは、音も立てずにすり抜けていく。
無力感。虚無感。絶望感。
「ごめん…」
絞り出した言葉は、声になっていただろうか。
君にはどう届いただろうか。
私は今、どんな顔をしていて、君は今、どんな顔をしている?
そんな私を見て、妻は慌てて話しかけてくる。
しかし、何を言っているのか、耳に入ってこない。
ダメなんだ、何を話しても、もう意味がないんだ。
多分私は泣いていた。
妻が泣かないで、と言った。
その声は震えていた。
最後に妻を泣かせたのか…
自分がつくづく情けない。
相変わらず話は入ってこないが、できるだけの笑顔で、うん、うん、とだけ答える。
それしかできなかった。それが正解かどうか分からない。今更正解に意味があるのかも分からない。
それでも、妻の記憶の最後は、笑顔の夫でいたかった。
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