10月8日
昨日は頭が回らず、何をして過ごしたか覚えていない。
今日が10月8日であると、スマホが、新聞が、私に現実を突きつける
いつものようにコーヒーを口にしながら、今一度状況を整理した。
妻が帰らぬ人となり、私はタイムスリップした。おそらくここまでは疑いようがない。
それから数日はほぼ今まで通り過ごし、日付も進んだ。
1回目の10月7日に妻と外食をしたが、2回目の、いや、正確には2回目に外食をして、3回目の10月7日が…
なんて馬鹿馬鹿しい。しかしこれが現実だ。
おそらくではあるが、このままでは明後日10月10日に、妻は帰らぬ人となるだろう。
神様は、やり直しのチャンスではなく、違う何かを私に求めているのか、妻の死という人質をとって。
「時間、大丈夫?」
妻が心配そうにこちらを見ている。
時計に目をやると、いつもの出発時刻が迫っている。
あぁ、と返し、また考え込む。
何が正解なのか。何をすれば妻のいる未来を掴めるのか。
リスクはあるが、やってみるしかない。
確かめたいこともあるが、時間は限られている。
「今晩、久々に外食しないか?」
え?という返事と共に、妻の表情が曇っていく。
何かまずい選択をしてしまったのか?
「今日は高校の友達との約束があるって言ったじゃない」
そうか、確かに友達との約束の話は聞いた気がする。しかしそれが今日だったとは。
「そうだったね、日程ってずらせない?」
理不尽なことを言っている自覚はある。
しかし、こっちだって時間がないんだ。引き下がれない。
君を死なせるわけにはいかないんだ。
そんな思いなぞつゆ知らず、妻の表情は見る見る険しくなっていく。
「いきなり何なの?」
冷静な口調で、それでいて怒りに満ちた表情で、彼女は私にそう問いただした。
本当のことを言って、信じてくれるだろうか。まさか、当事者ですらも未だに馬鹿馬鹿しいと思っているのに、そんな簡単に受け入れてもらえるはずがない。ましてや自分が死ぬなどと言われて、いい気がするはずない。
考え込む私に痺れを切らしたのか、妻はハァ、とため息をつき、キッチンへと向かった。
その空気に耐えきれず、私も自室へと逃げ込んだ。
仕事をする気になんてなれず、会社へ体調不良とだけ連絡を入れ、人生初の仮病休暇を手に入れる。
これではダメだ。このままでは妻がいなくなってしまう。このままでは…
閃くとはこのことなのだろう。パズルのピースがハマるように、シャツのボタンを締めるように、私の頭の中が整理されていく。
貴重な1日を無駄にするかもしれない。でも、何もしないよりはマシだ。決意を固め、リビングに置き忘れたスマホに気づき、慌てて部屋を出る。
ちょうど支度を終えた妻が、チラリとこちらを見ている。その視線を躱し、真っ直ぐにテーブルを目指す。
「あなたが心配するようなことは絶対起こらないから」
そういうと、妻は玄関へと向かった。
絶対起こらない?何を呑気なことを。妻は何も分かっていない。
込み上げてくる思いを抑え込み、私は玄関へ向かう。靴を履く妻に、精一杯の平静を装い、気をつけてと声を掛ける。
妻は一瞬固まった後、懐かしい笑顔をこちらに向けた。
「行ってきます」
1人リビングに戻り、再びスマホを手にとる。
必死になってネットの海を泳ぎ、やっとの思いで見つけ出した番号に電話をかける。
「もしもし」
人生最大の賭けが始まった。
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