10月○○日

リリリン、リリリン、リリリン…


目覚まし時計に呼ばれ、眠気眼をこする。

どうやら寝てしまったらしい。

ゆっくりと身体を起こす。見慣れた布団、見慣れた机、見慣れた目覚まし…


ハッとした私は、慌ててリビングへと走る。

ガチャンッ

大きな音を立てて開いた扉の向こうには、見慣れたはずの女性が驚いた顔でこちらを見ていた。


「おはよう、今日は朝から予定があったの?」


少しの沈黙の後、いや、とだけ残し部屋へ戻る。

仕事部屋として確保した一室、今では自身の寝室でもあるその部屋で、私は頭の整理を試みる。


さっきまでのあれはなんだったのだろうか。

夢?とてもそうは思えない。ではリビングの女性は誰だ?紛れもなく私の妻である。

スマホを確認するが、そこに目当ての着信履歴は残っていない。

疲れているのか?

自分に言い聞かせるように着替えを済ませ、再びリビングへと向かう。

見慣れた部屋に、嗅ぎ慣れたコーヒーの香り。

何も言わずテーブルに着くと、何も言わずにコーヒーが届けられる。テーブルに置かれた新聞を見ながら、コーヒーに口をつける。慣れ親しんだいつもの味。


いつものように向かいに座り、スマホを手にコーヒーを啜る妻に、私は意を決して声をかける。


「あのさ、手を見せてくれないかい?」


不意を突かれたように固まる妻に、私は慌て、やっぱりいいとだけ告げる。新聞に視線を戻し、興味のない記事を必死に読んだ。もちろん、内容など一行も頭に入ってこなかった。



そこからはいつもの日常だった。

特に会話もなく、同じ檻の中でそれぞれの生活をこなす。

違うことと言えば、妻の行動が気になり落ち着かない私がいたことくらいだった。


妻に変わった様子はない。やはり夢なのか?

自分の手に微かに残る冷たさに、僅かな引っ掛かりを感じながら、私はその全てに蓋をした。


テレビからは見飽きた笑いと、世間を騒がすニュースが流れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る