10月10日

プルル、プルル、プルル…


けたたましい音で、スマホが私を檻の中に引き戻す。

どうやら寝てしまったらしい。

夢の中とはいえ、久しぶりに見た妻の笑顔のせいか、心が少し軽い。彼女が帰ったら、ちゃんと目を見て迎えてやろう。


そんなことを考えているうちに、スマホが静まる。

着信履歴には見慣れない番号。誰だろうか。

着信のあった番号をネットで調べながら、ふと辺りを見渡す。

薄暗くなった部屋に妻の姿はなく、テレビからの光がまるでスポットライトのように、私だけを照らしていた。


警察?何の用だろうか…

にわかに騒ぎ出した胸の奥に蓋をして、恐る恐るその番号に電話をかける。

プルル、プルル…

何時間にも感じられる呼び出し音を、切ってしまいたい衝動に駆られながらなんとか耳に当てる。


「駒込警察署です」


電話に応じてくれたのは、若い女性のようだ。

自分の名前と、連絡を取れなかった旨を伝える。確認しますのでお持ちくださいと返答があり、保留の音楽が鳴る。それに合わせ、吹きこぼれる鍋のように、胸の蓋がガタガタと音を立てる。


「折り返しありがとうございます」



そこからの記憶はあまり残っていない。

どうやら妻が交通事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまったらしい。

らしい、というのは不適切な言葉かもしれない。

しかし、私にとってこの10月10日の出来事は、どこかテレビの中の話のように感じられた。



気がつくと私は葬儀場に座っていた。

隣にはピクリとも動かない女性が、華やかな布団に包まれ横たわっている。

事故に遭ったとは思えない、綺麗な顔だった。

親族たちが引き上げた葬儀場に、動かない女と動けない男。静寂の中、回転灯籠が男の影と女の顔を色鮮やかに照らす。


「綺麗だよ」


そういうと、私はおもむろに彼女の頬を撫でた。

冷たくなった彼女の頬を、何度も、何度も。

自分の感情が分からない。悲壮、困惑、憤怒、後悔…

どれも正解であり、どれも不正解だった。

ひとしきり頬を撫でた後、妻に寄り添うように身体を横たえる。そっと布団に手を差し入れ、妻の手を探す。


こんなに細かったっけ…


いつぶりかに繋いだ妻の手は、自分のそれとは全く異なり、細く、か弱く、そして冷たかった。

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