草薙の剣


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 翌朝早く、調査任務に編成された四名は自警団が所有する馬車に乗り込んで出立した。


「ごあーッ…………ごあーッ…………」


「ねぇちょっとあなた。この豚みたいな鳴き声を何とかしなさいよ!!耳障りで仕方がないです」とデールは不快感を顕にした。


 悪いけれどそいつは豚じゃなくてサルだ。会った時から図太い奴だとは思ったが、まさかこの状況で居眠り出来る程とは恐れ入る。


「喧しいのはわかるが、どうせ着くまではすることがないんだし寝かしてやってくれよ」と俺はデールを宥めた。


「ショウ、とか言いましたね。最初に言っておくけれど私はあなた達の上官なのだからきちんと敬意を持った言葉遣いをしなさい。私は団長みたいに寛大ではないですよ」


 わかりきっていたが、やはり彼女は部下の言葉遣いには厳しいタイプらしい。嫌われてしまっては信用を得るのも難しい。あまり刺激しないようにしよう。


「そうカッカするなよデール、皺が増えるぞ~」御者席に座っている割腹の良い男は言った。


「────あなた、今『また』って言った?」デールは眉間に深い皺を作って御者席の方へ上半身を乗り出した。


 今、御者席でデールから鉄拳制裁を受けている男はダフトという名で、彼女と同じく俺たちの引率・監視役として編成された人員だ。


 激情型のデール副官に対し、ダフトは物腰が柔らかくのんびりとした雰囲気が漂っていて、いわゆる"癒し系"なタイプだと予想される。


 こんな調子で快適な旅とは言えなかったが、馬車はコットペルから東に向けて進路をとり、正午過ぎにはベンネ・ヴィルス山脈の麓へ到着した。





「サル、起きろ。おい!」正面に座るサルの脛をつま先で軽く蹴り飛ばした。


「痛っ……てェな。お、着いたか?」


 隣に座るデールが舌打ちをして彼を睨みつけた。


「どうしたら人間からあんな下品な音が出るんですか。とにかく帰りはきちんと起きていてください!!」とデールは釘を刺して馬車を降りていった。


「────なんであいつ怒ってんだァ?」


「豚みたいな鳴き声をどうにかしろとさ」


「は?」


「おーい、君らも早く降りなよ~」とダフトの声が外から聞こえた。


 招きに応じて俺とサルが馬車を降りるとすぐにブリーフィングが始まった。


「ここから先は馬車で進行出来ないので私達の足で進みます。いくつか要点があるから、覚えておいてください」とデールは三人に向けて話し始めた。


「ひとつ目は野生動物についてです。この山には大型のイノシシやクマなどの猛獣が自生しているから、勝手に行動しないこと。これに関しては私から離れない限りは心配ありません」


「なんだァ、あんたが倒してくれるってわけかい?」不遜の輩が言った。


「違います、私の魔法による効果です」デールの右手が淡い白に光し、それをサルへ向けてかざした。


「ううぐッ……なんだこの音っ」すぐに頭を抱えてサルは地面にうずくまった。


「音?俺には何も聞こえないぞ?」


「人間が不快に感じる指向性の超低周波です。次に言葉遣いを間違えたらもっとますよ?」とデール。


「わ、わかった、いやッ、わかりました!!だから早く止めてくれえッ!!」とサルは懇願した。


 デールの右手が光を失うと、サルは平静を取り戻し、びっしょりと濡れた額を登山服の袖で拭いながら立ち上がった。


「はぁッ……はぁッ……おっかねえ」


 まるで頭の輪を締め付けられる最遊記の孫悟空を見ているような気分だった。


「やりすぎだよ~、デール」優しいダフトは眉毛で八を描いていた。


「ご覧いただけたように私の魔法は"音"です。これで野生動物が苦手とする音を定期的に周囲へ振り撒いて先へ進みます」と三蔵法師は説明した。


『耳障りで仕方がない音対決』は意外にもデールに軍配が上がったようだ。


「副官、目的地みたいなものはあるんですか?」緊箍児きんこじの刑はまっぴら御免なので、当然俺も言葉遣いには気を付ける。


「平素は無人ですが、六合目あたりに自警団が立てた詰め所があるのでそこを目指すことになります。標高はそこまで高くないから時間はかからないけれど油断しないでください」


 彼女の言葉を聞いて、俺とサルは従順にも履いている登山ブーツの紐をきつく結び直していた。




 その後、四名はけもの道のように険しくなってしまった山道を辿って山岳地特有のしっとり涼しい空気を肌で感じながら歩みを進めた。


「流石に使われなくなって久しいから、草がすごいね~」|最後尾を行くダフトは言った。


「もうこの道を使って山脈の向こう側へ渡ることもないでしょうしね」とデール。


 その時先頭を行くサルが歩みを止めた。


「おうおう、こりゃ土砂崩れか」


 上の山肌から滑り落ちてきたと思しき立派な樹木が何本も折り重なって行く手を塞いでいた。


「うわ~、これは通れないね」とダフト。


 地形は右側方は岩石に囲まれていて、左側は谷になっている細い通路だった。


「これはなんとか迂回路を探さなきゃいけませんね……」


「いや、ショウ。いけるか?」


「やってみよう」腰にぶら下げた剣を引き抜き、俺はサルの前へ出た。


 両手で剣を上段に構え、ゆっくりと巨木たちの前に歩み出る。


「巻き添えを食いたくなかったら後ろへ」と後方の三人に促す。


 再び前を向き『アクセラ』の詠唱をして、そのまま真下に剣を振り抜いた格好をとった。すると前方の巨木いくつかはメキメキとと音を立てて朽ちて真っ二つに分かたれた。


「よし、進もう」


 俺がくるりと後ろへ振り返ると、デールとダフトばかりでなく手品のタネを知っているサルすらも口を開けたまま硬直していた。どうやら少しやりすぎてしまったらしい。


「────団長から話は聞いていたけれど、これがあなたの腐敗の魔法剣ですか…………魔法剣単体でも高等技術なのに、これほど完成度の高いものは初めて見ます」デールは驚愕を隠せないようだった。


 ダフトの方はと言うと、またぞろ眉毛を八にしていた。


「おいっ!派手にやりすぎだぜ。もっと一本、一本ゆっくり切断できねェのかよ」駆け寄ってきてサルが囁くような声で言った。


「す、すまん」


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