入団式
「────両名を、コットペル自警団訓練生に任命する」
いつぞやとは違い、鎧と深緑のマントを羽織ったフィディックはそう言って俺とサルに小さな桐箱を手渡した。
「入団式なんつうから、大勢居るのかと思ったらあんたらだけか」とサルは鼻で笑った。
入団式はコットペル中央区画にある自警団舎で行われると告知されていたため、俺とサルは団員を集めて行われるとばかり思っていたが、現実は団長室で団長とその副官、自分たちを含めた四人で行われた。
「無礼者ッ!!団長に向かっ─────」団長の隣に立っているウェーブがかった赤い髪の女がサルを怒鳴りつけたが、団長がそれを手で静止した。
「いい、こいつらはならず者だ。この際、少々の言葉遣いは許そう。きっちり仕事をこなしてくれればな」矢のように鋭い眼光がこちらへ向けられた。
「フィディック団長、
「だぁから───」副官が俺を怒鳴りつけようとする所をまたぞろ団長が静止。
「訓練生というのは新入団の人員を識別しやすいように設けてある便宜上の階級だ。面倒な訓練をしようって訳じゃないから安心しろ」と団長は説明した。
「なるほどね。最初の勤務はいつになる?」
「さっそく警戒巡視の交代勤務に加わってもらう、と言いたい所だが、その前に君たちには特別な任に就いてもらう」
「なんだいそりゃ」しかめっ面でサルが言った。
「調査任務だ。このところ街へ流入する水の量が減少傾向にあってな。君たちにはその原因を調べて欲しい」とフィディックは話した。
「コットペルは麦酒で栄えた街。そして、その営みの全てがベンネ・ヴィルス山脈から注ぐ清流の恵み。あなたにとっても他人事ではないでしょう?」副官は虫でも見るような目で俺を見つめた。
「そうかもな」
水というのは酒を仕込む上で非常に重要なものだ。水源を調査することはいい肥やしになるかもしれない。
「───というわけで、任務は明朝だ。君達にはベンネ・ヴィルス山脈へ向かってもらうが、装備はこちらで用意するから心配ない。それと引率としてもう二名着いていってもらうことになっているが、一人は彼女だ」隣に立っている副官をフィディックは一瞥した。
「副官のデールと申します。正直に言って私はあなた方を全く信用していません。少しでもおかしな挙動を見せたり、命令に従わなかった時は容赦なくまた牢獄へ戻ってもらいますからそのつもりで」と彼女は冷たく言い放った。
サルはやれやれとでも言いたげに目を伏していた。
肯定的だった酒場の連中とは違い、ついこの間まで死刑囚だった者など危険因子にしか感じない人間もいるという側面を早速味わうことになった。そもそも執行を打ち破った例がこれまでになかった以上、意見が割れるのは仕方がない。
「先ほど手渡した箱を開けたまえ」
桐の箱を開けると、中には小指ほどの大きさをした円柱状の物体が入っていた。日本人にはとても馴染みがあるものに見える。
「それは自警団への加入契約を行う魔道具だ。魔法力を込めて手の甲にその判を押し付けることで契約は完了する。契約後は手の甲へ魔法力を集中させることで団の紋章が浮き上がる仕組みになっている、身分証代わりに使いたまえ」とフィディック。
まさかこの世界でも契約に
言われるがまま俺とサルは判へ魔法力を込めると判が淡い翠色に光出した。
「それを手の甲へ」とフィディックは促した。
俺とサルが指示に従い判を左手の甲へ押印すると、それは光を失った。
「入団おめでとう。コットペル自警団へようこそ」とフィディックは二人に歓迎の意を示した。
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「───気が強そうな女だったなァ」隣で湯に浸かっている男は言った。
「今はまだ警戒しているんだろう。今回の任務をきっちりこなして信頼を勝ち取るしかない」デールの吊り上がり気味の目尻を思い出して俺は答えた。
「随分とまた生真面目じゃねェか」
「ウイスキーを造るためには信用が要る。一人ではとてもじゃないけれど造れやしないからだ。後にあんたみたいな協力者を募るためにも今は市民権を得ることに精を出すべきだよ」
「へっ、大した情熱だぜ。ところでこの風呂屋は店主のねェちゃんが観光客相手に色仕掛けで狡い商売してるってんでこのあたりじゃ評判なんだが、もしかしてテメー騙されたクチか?」
「うっ………うるせえよ」
「くくく、あんたああいうのが好みかい」嘲り笑うような流し目が俺を見た。
前世の後遺症だ、頼むから放っておいてくれ。
「なあ、ベンネ・ヴィルス山脈って遠いのか?」旗色が悪いので俺は無理やり話題を元に戻した。
「麓までなら馬で半日も走りゃつくだろ。ただ、俺たちが用があるのは河川の上流にある水源だからそこから先は多分登山だぜ」
「はあ……」口から空気が抜けた。
俺は水源や河川の流量というのが何の学問に類するのかすらわからない門外漢だが、原因などそうそう見つかるはずがないことは何となくわかるし、難航しそうな予感がする。
「───そういやァここによく出入りしてるバアさんに会ったことあるか?」とサル。
「クレアさんのことか?」
「おうそいつだ。そのバアさん、多分
「国選魔導士とかいうのに選ばれたこともあるって聞いたな。なんなんだ国選魔導士って」
「お国が厳選した十人の魔法のスペシャリストよ。あのバアさんが名を連ねていた頃はかなり高名だったって噂だ。任命されると一から十までの数字が割り当てられるんで、
「あのばあさん、国内で十指に入る実力者だったってことか…」
盛者必衰、時とはやはり残酷なものだ。
こんな能力を授かった俺が時に抗わずに生涯を終えることは果たして出来るのだろうかと案じたが、決着がつかないとわかりきっている問題を俺は思考から追放した。
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