忌まわしき歴史


 俺とサルが自警団へ正式に加入する日の三日前のことだ。


「お、戻ったかい相棒。自警団から馬鹿でかい荷物が届いてたぜ」机の上で金属をこねくり回しながらサルは言った。


「この木箱か?」


「おう」


 床に置かれた長方形の木箱には、確かに自警団の鶴に似た鳥を模した紋章の焼印が押されていた。


「─────おおっ、武器だ!剣が入っているぞ」緩衝材の雑紙の中から、鞘に収まった剣をすくい上げた。


「そりゃ、あんだけ大衆の面前で腕前を披露すりゃ当然あんたの配給武器は剣だろうなァ」


「は?人によって違うのか?」


「本当は模擬試合みたいな形で適性試験をやるんだとよ。そンで、団長自らどんな武器種に適性があるかを判断してから配給される。俺たちはその適性試験とやらをもう終わらせちまってるからなァ……」


「何が適性試験だ、趣味の悪い殺し合いじゃないか。じゃあサル、あんたの武器はなんなんだよ?」


「俺のか、入ってねえか? 箱に」


「─────なんか、つるっとした球が入ってるが、これか?」


 木箱から取り上げられたその球体は翠掛かった独特の金属光沢が見られ、その重量は林檎ほどの大きさなのにも関わらず片手で保持出来るほど軽かった。


「ショウ、そいつをよこしな」


 俺は金属球を机の端から、サルが座っている辺りへ転がした。それは彼の手元へ収まる直前に、命を吹き込まれた様にうねって別の形状へ変化した。


「どうでい」


「これは鳥か……?」


 金属球が姿を変えたその造形物は、羽毛がびっしりと生えた翼を左右に広げていて、小さな顔には可愛らしい嘴もあった。そして、脚部はフラミンゴの様に長く細い。


「自警団の紋章のモチーフになってる鳥さァ」


「案外、人のセンスというのはわからないな。あんたみたいな人間にこんな美しいものが造れるとは」


「ぬかせ。こう見えて俺ァ結構絵も上手いんだぜ」


「それで、その金属の塊がサルに配給された武器なのか?」サルの台詞を全く無視して俺は話を元に戻した。


「おうよ。これはアコタイト合金のインゴット。鋼鉄に硬度は劣るンだが、その代わりに軽くて魔法の影響をよく受ける金属さァ」


「なるほど、彫金魔法用の武器か。なんだか、お前の方が見栄えがいいのが気に食わんな」


「へ。時魔法にはかなわんよォ」


「────なぁ。ずっと考えていたんだが、何故俺が時魔法の術者だと知ってもそんなに平静でいられる? 前に別の人間に話した時は怯えていたぞ」


「確かに時魔法は大昔の戦争で大災害を引き起こした禁術だけどよォ、別にあんたはそんなことしねえだろ」


「その大災害ってのは?」


「大昔は今と違ってトラッドは南北に分かれててよォ、北側をハイランド、南側をローランドって呼んで別々に統治されててなァ」


「悪い、まずトラッドがわからない」


「あんた自分が住んでる国のことすら知らねえのかい、全く今までどうやって生きてきたんだか」


 サルが戸惑うのも当然で、俺が素性を明かしたのは時魔法を使えるということだけで、別の世界からやってきたということを彼は知らない。


「そうか。今はトラッドというひとつの国として統合されているけれど、昔は南北で争っていた、そういうことだな?」


「ああ。ちなみにコットペルは旧ローランド領の西側にあたる。ここからずっと北へ行くと東西に走っていた国境線にぶちあたるんだが、大災害はそこで起きたのさ」


「戦時中ってことは、そのあたりは交戦地帯になっていそうだな」


「あんたが察しのとおりでよォ、大規模な魔法戦が繰り広げられてたらしい。占領しては奪われ、占領しては奪われ、数年経っても国境線はほとんど動かないまま、やり合って居るうち互いに疲弊していったんだ。物資も人材も不足し、魔法が使える一般人を徴用することもザラだった。両国とも食料生産もままならなくなってきた頃、突然戦争は終結したのさ」


「何故急に戦争が終わる?」


「そこで起きたのが大災害さァ。まずは国境線で戦っている兵士たち全員が突如年老いてしまう奇妙なことが起こった。しかもそれはローランド軍もハイランド軍も区別なく無差別だったと聞く」


「それが時魔法ということか……確かに可能なことだ。でも誰が?」


「それは今になってもわからねえ。そもそもその時までは時魔法なんてものが存在していることすら知られていなかった。初日は兵士全員が年寄りに、次の日はみな赤子に、戦端が開かれるたびにそんなことが起こった。けども大災害も悪いことばかりじゃねぇ。ここで両国は一旦停戦協定を結び、時魔法という未知の脅威を排除するために協力することになる」


「さらなる脅威を持った第三勢力の登場、共通の敵が現れることでやっと手を結ぶ、か。どこの世も似たようなことをやっているなあ人間は……」


「そンで、ジジイになっちまった兵士から色々と情報を集めるんだが、黒いローブを着た怪しい人影を見たってこと以外何も情報は集まらず、両国は連携して領土をつぶさに調べたンだが、結局術者は見つからないまま、警戒を続けるしかないローランドとハイランドはなし崩しに併合したってわけさァ。」


「怪我の功名ってところか。それを聞くと俺はますます世間に見つかるわけにはいかないな……」




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