大空洞


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「────ぷはぁっ、ついたァ」サルはそのまま地面に大の字になった。


 登山を開始してからおよそ二時間ほどで四人は六合目の詰め所へ到達した。


「ふう、調査に取り掛かる前に少し休憩しましょう。確か詰め所の裏手に水が綺麗な井戸があったはずです」とデール。


 水筒の水を飲み干してしまった俺とサルは一目散に建物の裏手に回った。


 ─────しかし、期待していたものは得られなかった。手押しポンプをいくら押しても水は出てこなかったからだ。


「おい、枯れてるぞ」


「枯れてるな」


「枯れてるですって!?」


「枯れてるの~?」


 四名は互いの顔を見合わせていると、デールがある事に気がついた。


「あ!!あなた達、呼び水は注ぎましたか?」


「へはははっ!俺としたことが忘れてた」サルは手で目を覆った。


「こうして手押しポンプに水を入れてやらないと気密性が良くならないから、井戸水が汲み上がらないんです」そう言いながらデールは自分の水筒に残った水をポンプ内へ注いだ。


「お~、僕も水筒の水飲みきっちゃってたから危ないところだったね~」


「これでどうです?」


 俺は力いっぱい手押しポンプのレバーを下へ押し込んだが───全く手応えがなかった。


「やっぱり枯れてるじゃねェか」


 そんなはずは無いと、デールは何度も何度もポンプのレバーを操作していたが水筒が水で満たされることは無く、疲れだけが彼女に溜まっていった。


 井戸水を汲み上げるのは一旦諦め、詰め所の中で座って休憩することになった。



「水筒の水、飲んどきゃ良かったな」意地悪そうにサルは言った。


 デールは恨めしそうにサルを睨みつけた。


「でも、なんとなく河川流量減少の理由がわかった気がします。ここの井戸が枯れているということは、地下水脈に保持されている水が少なくなったということ」とデールは説明した。


「確かに山に蓄えられた雨水が染み出したのが川だからなァ。この高度で昔は井戸水が採れたンなら、そういうことか」と珍しくサルは生真面目に反応した。


「だったら原因は何だろう。どこか別の場所へ水が逃げてしまっているとか……」


「有り得るね~」とダフト。


「もう少し休憩したら調査ポイントまで移動して、実際に調べてみればわかるはずです」


 それからしばらくして四人で詰め所からほど近い位置にある、平たい地形の場所へ赴いた。


「何にもないように見えるけれど?」とデールに訊ねた。


「少し待っていなさい」そう言うと、彼女はうずくまって両掌を地面に押し当て始めた。


「デールは音の反射で地中の様子がわかるんだ~」とダフト。


 サルは理解に苦しんでいる様だったが、俺にはわかる。これは超音波による非破壊検査と全く同じだ。動物で言うなら、蝙蝠が暗い洞穴の中で目が見えるかのように振る舞うことを可能にしている"エコーロケーション"という機能。今まさにそれを魔法の力で彼女は行っている。


 もし前世で彼女のような存在が現れたとしたら建築業界に引っ張りだこだろう。


「─────わかりました」しばらくしてデールは立ち上がった。


「どうだ?」


「一箇所だけ音が不規則に乱反響する地点が観測できました。つまり、この下に大きな空洞があると思われます。恐らくそれが水脈のひとつで、それがほとんどに空になってしまったから流量にも影響が」とデール。


「おーーーい、こっちに崩落の後があるぞ」少し遠くからサルの声が聞こえた。


「あの莫迦者……単独行動するなとあれほど……はあ、二人とも、彼の所へ行きましょう」とデールはうんざりした様子で言った。


 サルが立っている地点まで移動し、山肌を見下ろすと、すぐ眼下に大きくぽっかりと口を開けた小さな横穴が見て取れた。


「洞窟か」


「かなり高い確率で先程話した空の水脈へ繋がっているでしょうね……」デールは表情を強ばらせた。


「入るか?」とサル。


「絶対に入ってはいけません、帰って来られないかもしれない。今日は現状把握が出来ただけでも調査結果としては十分です」デールは真剣な目で訴えた。


 地球にも存在すると聞いたことがある。入ったが最期、細い洞穴を滑り降りるようにして遥か地下へ運ばれて戻ることもかなわない地底湖の話を思い出し、背筋に冷たいものが走った。


「おい、ショウ。てめえはどっちだ?」突然サルが耳打ちをしてきた。


「なにがだよ」


「恐怖心か、好奇心か、だ」悪魔が囁くように彼は言った。


「……実を言うと、後者の方だ」


 困ったことに好奇心というのは時々、恐怖心を凌駕することがある。


「よし、決まりだ」


 この男はこちらの世界でできた初めての友かもしれなかったが、間違いなく悪友に類するだろうし、それを否定する言葉を俺は持ち合わせていない。


「なあ、副官さんよ。少しいいか───」とサルは切り出した。

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