一歩目

「─────おい、あんたたちもしかして、死刑執行の生き残りじゃないか?」カウンターの向こう側から店主が訊ねてきた。


「ああ」


「やっぱりそうか。今どこの酒場もあんたらの話でもちきりさ。死刑執行の決闘でシーズを退けて、異例の自警団入りだからな。こいつは就任祝いだ、やってくれ」店主はカウンターに麦酒の入ったジョッキを乱暴に置いた。


 元死刑囚への対応とは思えない口ぶりに面食らってしまう。自警団は経歴を払拭するほどのシンボルなのかもしれない。


「こりゃありがてぇ! ショウ、どうやら俺たち有名人みてぇだな」今飲んでいた麦酒を一気に飲み干し、次のジョッキに手を掛けながらサルは言った。


「もっとも、あんたの方は元々有名だったがね」店主は警戒の眼差しをサルへ向けている。


「それもそうか、へははははっ!」サルは下品に笑った。


 11回も盗みで捕まる奴が居れば、商売をやっている人間は嫌でも顔を覚えているだろう。


「そんなことより、見せちゃくんねえかな? シーズを腐らせちまう猛毒の魔法を!」店主の目は爛々と輝いていた。


 店主の言葉と表情で俺はなんとなく察した。


 この街は娯楽としての決闘が行われ、それを容認している街。つまり市井に生きる者がフットボールやベースボールを観戦して楽しむのと同じ感覚で殺し合いを観ている。さしずめ俺たちはその競技に現れたスター選手として扱われているんだろう。


 前世の某国における"刑務所あがりのボクシングチャンピオン"が熱狂的な人気を獲得するような、ある種の掌返し。


 これは好機と思い、俺はサルに何か手頃な金属を用意するようにと求めた。


「よーし、コイツでどうだ?」俺の意図を理解したサルは帯刀していたナイフをカウンターの上に載せた。


「マスター、皿と果実をもらえないか?」


 店主は良い返事と共に、すぐに奥へ引っ込んで行った。


「あいよっ。これでいいかい?」店主はガラス製の皿とオレンジを持ってきた。


 ポケットに忍ばせておいた発光石を握り込み、俺はナイフの柄に手を掛けた。


「じゃあまずはこのナイフに猛毒の魔法をかける」ナイフを握りしめた手が紅い光を放った。


「おおぉっ!」


「この通りナイフは腐らない。これを生き物に近づけると───」


 皿の上に置かれたオレンジにナイフを近づけ、切っ先が触れるか触れないかのところでオレンジの一部だけが薄茶色に変質し始める。


「う、この臭いは…!」店主は刺激臭に思わず鼻を摘んだ。


 そのまま上から下へゆっくりナイフを下ろすと、一度もオレンジへ刃が触れることなく両断され、左右にころんと倒れた。


「切れ味は要らない」


 目の前で見ていた店主はあんぐりと口を開けたまま目を丸くしていたし、後ろの方のボックス席で盗み見していた連中からはどよめきが起こった。


 決闘場でシーズを切り裂いた時に使った手法がこれだ。この視覚効果なら時魔法ではなく、"触れると肉が腐る猛毒の魔法"かあるいは"強酸の魔法"というような受け取り方をして貰えるかもしれないと思い至った。


「ひえ~~~っ、不思議なもんだ……こんな魔法は初めて見た」顎に手を当てて店主は唸り声を上げた。



 魔法を使用するとその人間特有の色味を持つ"魔力放射光"と呼ばれる光が発生するそうだ。


 アイラの村でローゼばあさんの魔法を見せてもらっていたからこそ、獄中でサルからこの一般常識を引き出すことが出来た。だがどういうわけだか時魔法を使った時にこの光は発生しない。


 この魔力放射光をあたかも放っているかのように、発光石で偽装することを思いついたのだ。


 アイラで村人に譲ってもらった発光石の光は黄色に近い白色だったが、拳に握り込んで自らの血潮を透かすことで、外見上それは赤やオレンジの光に見えたはずだ。


 やっていることは、掌の内側で発光石に魔法力を込め、剣の切っ先辺りの細くて薄い僅かな空間に限定して、時を加速させる魔法を使用していただけ。


 サルの話だと赤色は放射光としては珍しい色で、その点も腐敗という珍しい魔法効果と符合し、偽装に対して有利に働いたと思う。










「─────なあ、サル」ひとしきり酒場の連中の相手を終えてから隣の男に俺は切り出した。


「ン」


「俺はひとつ目標にしてる事があるんだが、聞いてくれるか?」


「なんでぇ」


「俺は近い将来、酒を造りたいんだ」


「は? 麦酒をか?」


「いいや違う、麦酒じゃないんだ。という俺の母国に伝わる酒だよ」


「ウイスキー……聞いたことねえな」


「もう今は国も造り手も途絶えてしまった酒だからな。それをこの土地で造りたい、そのためにお前の力を貸してくれないか?」努めて真剣な顔で俺はサルの目を見た。


 クレイグが俺に課した使命なんぞ果たしてやる必要はない。あのいけ好かない全知全能が自分でやればいいことだ。


「あんたがやりてぇならやりゃいい、俺ァもう決めてんだ。あんたに着いてくってな。あんたと同じ牢にぶち込まれてから俺の世界は変わった、だから恩返しがしたい。自警団のこともよォ、俺ァあんたが加入することを条件に受諾したんだ」サルは照れくさそうに頭を掻きむしった。


 いくら酒が好きでも人間には限界がある。内臓が限界を迎えてしまえば嗜好品としての酒を楽しむことはどうしても出来なくなってしまう。だが、もうその心配はない。何故なら俺の肝臓は時魔法によってこれから先、永遠に健康であり続けるからだ。



「────案外、義理堅いんだな」


「お~~っと、待て。やっぱりひとつだけ条件がある」


「なんだよ急に」


「ここの飲み代はあんた持ちだ」意地悪そうにサルは笑った。


 照れ隠しにひとつ大きな舌打ちをして、俺は店主に麦酒をふたつ注文した。


 ウイスキーはあったが、健康を無くしてしまった前世。約束された健康はあるが、ウイスキーが無いのが今世だ。ならば作ればいい。


 この世界に産み落とされてからずっと考えていたことだったが、言葉にしたのはこれが初めてだった。

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