ヘッドハント



 目を覚ました時、最初に視界に入ったのは木製の天井だった。


「うう」


 その次は清潔なシーツとベッド。どうやら牢獄では無いらしい。自分しかいない小さな部屋はヨードの匂いがした。


 さて、これから俺はどうなるのだろう。確か昔日本では、死刑執行後に蘇生した場合それ以上の執行は行わなかったという例があったはずだ。


 今生かされているということは、それと同じような状態かあるいは再執行を待つ身か、どちらにせよまだ市民権を得たと解釈するのには早い。


 そんなことをぼんやりと考えていた折、不意に扉が開いた。


「ショウ!目が覚めたのか!」そこに立っていたのは共に死闘を演じた男だった。


 この瞬間、施錠されていない部屋に寝かされている俺を訪ねてきたサルの姿によって希望的観測が次々と思考を占拠した。


「サル、あんたその脚……」


 サルの左脚には植物ののような形状のものが螺旋状に巻き付き、それは金属で出来ていた。足元へ目を移すと、は欠損した足首から下へ伸びた小さな靴べらに似た形の義足へ繋がっていて、それがしなることで彼の体重を半分支えていた。


「ああ、これかい? 俺ァ魔法の才能はないと思ってたんだけどよォ、人間死ぬ気になると案外わからねえもんだなァ」


「あのネジみたいな武器は剣の形状を魔法で変化させて作ったのか。助けに入るのが遅くてすまない」


「へへ、気にする事はねェ。足のひとつやふたつ安いもんさ。命に比べりゃな」


「すぐに───」


「おっと。ここは誰に聞かれてるかわからねえから、あんまり滅多なこと言うもんじゃねえぜ、ショウ」俺の言葉を遮るようにサルは言った。


「………そうか。それで俺たちはどうなる」辺りを見回しつつサルに訊ねる。


「釈放だってよォ」とサルはにやりと笑った。


「となると無罪放免か?」


「────残念ながら無償とはいかんな」男の声はドアの向こう側からだった。


 サルへ目配せすると、彼に動揺した様子はなく、声の主を知っている様だった。


「フ……猛毒の魔法など使うからどんな風貌をしているかと思えば、近くで見ると意外なほどあどけないな」背の高い男は部屋に入ってきて言った。


「多分だけど、はじめましてだな?」


 色素の薄い金色の短い頭髪、分厚くて広い胸板が印象的な男だった。


「そうだ。私の方は一方的に見て知っているがね。あの決闘場にいた、と言った方がいいかな」


「あまりいい趣向とは言えないな」男を睨みつける。


「ハハハハ! もっともだが君の想像とは少し違う。私があの場に居たのはだからだよ」男は高らかに笑った。


「仕事だって?」


「そう、多くの場合シーズを殲滅するためにね」


「は。なるほどね。確かにどうしているのか気になってはいたよ。あんたは俺たちみたいな死刑囚が見世物になってシーズに惨殺された後、今度は奴らに死刑執行をする役割ってことか」


「聡明だな。我々コットペル自警団はシーズを殲滅する力を持つ。そしてその役割のひとつに死刑執行の後片付けも含まれる」


自警団とやらは、シーズを殺さずに捕獲することも出来るようだ。アイラの村で見た殺戮を思い返すと、興行のためとは言えあまり気持ちの良いものではない。


「もう一度言うが、いい趣向じゃないな」精一杯の軽蔑を込めて俺は言った。


「………そうだな、私も娯楽としての決闘場に対してはそう思う。しかし副次的ではあるが我々にとって一定の成果は挙がるのかもしれない。例えば────見事な魔法剣でシーズを退ける有望な人材を見つけられる、とかな」


「何が言いたい」


「我々の自警団へ加入したまえ。残念だが、君にはそれ以外選択肢はない」


「拒否すればどうなる」


「私がこの場で執行する」男は腰にぶら下げた剣に手を掛けた。


「──────ふぅ。給料は出るのか?」


「出るとも、この街で最も高給な仕事だ」男は口角を上げた。


「あんた名前は?」


「おっと。申し遅れてすまない、私はフィディック。自警団長を勤めている者だ」


「フィディック団長、ふたつ条件がある」


「言ってみたまえ」


「こいつは自由にしてやって欲しい。この間の執行で左足首から下を失ってるんだ、自警団の仕事は難しいだろ」俺はサルを顎で指した。


「なるほど、その点は問題ない。にしよう。さて、もうひとつの方を聞かせてもらおうか」


「もうひとつは、ひと月分の給金を今すぐ支給することだ」


「ははは!そんなことか。加入を予定しているとは言え、確かに無一文ではな。いいだろう」フィディックは目を伏して笑った。



 *

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 病室で医者にしばらく安静にするよう説明を受けてから、愚かにも俺とサルは酒場へ向かった。


 もちろん、俺が無銭飲食を働いてしまった酒場へは気まずくてとてもじゃないが行けやしない。








「────なんでわざわざ」ため息混じりに俺は言った。


「なんでって、あんたと同じさ。このまま野へ放たれても定職があるわけじゃねえんだ、俺ァきっとまたコソ泥みたいなことに手を出すに決まってら」麦酒を一口飲んでからサルは答えた。


「それはそうだが……脚はどうする」


「脚はこのままでいいさ。今こいつを巻き戻しちまうと、例のアレを使えるんだと宣伝するようなもんだぜ。だからこのままで構わねェ、それにもっと便利なものが手に入ったからな」


「金属の形を変化させる魔法のことか」


「ああ、そうよっ。世間的に言うところの"彫金魔法"ってやつだ。別に珍しいモンでもねェけどな」


「彫金かあ。確かに手に職がついたのなら、もう小狡い盗みに頼って生きていく必要は無くなるかもな」嫌味っぽく俺は笑って見せた。



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