免罪のすゝめ

戦闘開始の合図をすると、サルは素早い身のこなしでジグザグにステップしながら四足獣達へ向かって走り出した。


 それを目で追ってシーズたちは左右に何度か顔を振ったあと、一斉に彼に飛びかかった。サルはそれを見越してか、横に飛び退いて回避した。


「頼むぜ~~、大将!」彼はそう言って、闘技場の外周をシーズから追跡されながらも逃げ回った。


 追いつかれれば壁を蹴って宙へ躱し、宙から襲いかかってくれば足元へ滑り込むようにして間一髪難を逃れている。


 ロングソードを握りしめた俺の右拳が赤色に光を帯びる。魔法の気配を感じてか、三体のシーズはその場に立ち止まって一斉にこちらへ顔を向け踵を返そうとした瞬間、サルがその隙をついて飛び蹴りを食らわせた。


 一体は蹴りを食らって吹っ飛び、一体は死に体になったサルの足首に食らいついた。


「うあ゛あ……ッ」悲痛なサルの叫び声が耳に入る。


 高速でこちらへ向かってくるもう一体に対して薄汚れたロングソードを両手で真っ直ぐ前方にかざして構えをとる。


 ロングソードはシーズの首元に命中。そのまま空中で唐竹割りにシーズを切り裂き、2つの残骸が感性を保って俺の両脇へ転がったのを見て、観衆は一斉に声を上げた。


「ぺっ! ぺっ!」飛んできた臓物の破片の臭いが強烈すぎる。


 横たわったシーズにトドメの一撃を突き立てると、頭部はその部分だけ酸でもかけたようにドロドロに溶けた。


「待っていろよッ──────」


 サルの救出へ向かうために振り返ると、二体目が俺に向かって飛びかかって来ているところだった。


 剣による防御は間に合わず、咄嗟に左腕で顔を覆ったためにシーズが上腕に食らいついた状態で真後ろになぎ倒れた。


「ウアアアアア!!」悲鳴をあげずにはいられない、耐え難い痛みと出血。


 観客席からは溜息が漏れる。


 俺のスペアリブに夢中になっているシーズの腹にすぐさま右の剣をぶち込んでやると、先程と同じように腹はドロドロに溶け、やがて左腕に食らいついていた顎の力は無くなった。


「くそっ……油断した」


 亡骸になった二体目のシーズを退けて顔を上げると、向こう側に太腿の辺りに大きな血溜まりを作って横たわるサルの姿があった。どうやらもう意識はないみたいだ。しかし、傍らには何故か最後の一体の姿はない。


 視界に入った観客たちは一様に同じ方向を指さしている。先程この三体が入場してきた方角、鉄格子にすがるようにそいつは爪を立てていた。


「─────怯えてるのか?」


 とにかくサルを救出してやらねば、と身体を起こしたがこちらの出血とダメージも大きい。毎秒襲ってくる痛みに朦朧として歩みもままならない。


「ウウッ、仕方がない…………リワインド」努めて小声で詠唱した。


 これは巻き戻しの時魔法だ。


 噛み付かれた上腕の傷口を入場前の状態まで巻き戻してしまえばこの最悪な体調とスッキリ決別出来るとも考えたのだが、どうやら今それをしてしまうわけにはいかないらしい。


 巻き戻しによって傷は塞がるが、この紅く染ったワイシャツに付着した血液は俺の体内に戻り、ワイシャツは白くなってしまう。そんなことをしてしまってはせっかく観衆を意味が無い。


 だからこの巻き戻しはシーズに食らいつかれて血の滲みが出来た直後へと極短い時間しか行うことが出来ない。それでもこの出血だ、一秒が死と生を分ける以上やる価値はある。


「ああクソッ、とんだハンディキャップだ」


 なんとか意識を失ったサルの元まで歩いて行き、血溜まりが無くなってしまわぬ程度に時を巻き戻す。幸いにも彼は真っ黒なズボンを履いていたため、ズボンの色味に関して気にする必要はなかった。


 このままここへ倒れてしまいたいが、まだ仕事が残っている。朦朧とする意識でじりじりと最後の敵がいる鉄格子へ向かう。


 そこでじっとしていてくれ。あるいはこちらへ飛向かってきてくれてもいい。頼むから逃げ回るのだけは勘弁して欲しいと願った。


 そしてそれは意外な形で叶えられることになる。


「これは─────」


 最後のシーズは鉄格子の傍らで息絶えていた。


 よく見ると腹の辺りに何かが突き刺さっている。それは穴がなくとも回転させることによって奥へ奥へ打ち込まれていくビス、つまりを何十倍も大きくしたようなもので、頂点部分には取っ手が付いていた。


「あいつ、自力で…どこから……こんな…も」


 俺の記憶はここまでだった。



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