サル
「ちっ。何が
控え室などと言うから茶菓子のひとつでも置いてあるかと思えば、その場所は拘束具をつけられる前の景色と何ら変わり映えしない無機質な牢獄だった─────ただ一つを除いて。
「へぇ、あんたそんな顔してたんか。案外
ただでさえ小さいのに丸まった背、手指は細長くて少し毛深い痩せた男。
顔は小さく、眠そうな黒目が双眸の奥からこちらを覗いている。絶滅危惧種の"アイアイ"によく似ていると思った。
「小狡い盗みとかしてそうな顔だ」思わず口をついた。
「いきなりご挨拶なヤツだな。だがまぁ、当たりだ。俺が教訓めいたものを遺すとしたら"塵も積もれば山となる"ってところだなァ」男は自虐気味に笑った。
「へえ、なんでだ?」
「俺ァ盗みで捕まるのはこれで11回目なんだよ。へへへっ。10回まではこうして拘留されるか、強制労働ぐらいが罰則だったんだが、どうやら遂に更生の見込みなしと判断されたらしいぜ」
その諺は普通、善行に対して使うものだ。どちらかと言うと"身から出た錆"の方がしっくりくる。このレベルの悪人と無銭飲食が同列に語られるこの街はおかしい。
「あんた名前は?」男は俺に訊ねた。
「ショウだ。そっちは?」
「俺のことはサルでいい、みんな俺をそう呼ぶ」
なるほど呼びやすくて助かるし、ちょっとした織田信長気分を味わえる。こいつが草鞋を暖めてくれるとはどうにも思えないが。
─────さて、この先いかに行動するべきか。
牢獄へ入れられてからずっと考えていたのだが、別段ここを脱出するのは時魔法を使えば難しいことでは無い。
それよりも、自分自身がこの国において既に死刑囚になってしまっているということの方が問題だ。お尋ね者の状態だと、俺が第一に考える
ここを脱獄出来たとしても、日陰者として生きていくしか無くなるし、それは明日行われる決闘でシーズを退けたとしても、時魔法を使ってしまえば同じこと。
「サル、もう一ついいか?」
「ン」
「どうして俺とあんたの控え室が同じなんだ?」
「そりゃ一緒に決闘に参加するからに決まってらぁ。ま、なるべく楽に逝けるように工夫しようや、相棒」サルは鼻の下を指で擦った。
「───いや、それは困る。ちょっと耳を貸せ」
*
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翌日の正午、俺とサルはまたぞろ二人の看守に牢から引きずり出された。
看守に引き連れられて控え室から上層へと続く長い階段を登っていくと、やがて遠くから喧騒が耳に届くようになった。
階段を登りきった先にはまた小さな牢獄のような部屋があり、今度は前後が鉄格子になっている。一方は闘技場への扉、もう一方は関係者用の出入口のようだ。
直接陽光を浴びたわけでもないのに目の奥が重たい感じがするし、見物客の喧騒はすぐそこに聞こえていた。
「手錠を外したらすぐに闘技場へ入れ。変な気を起こすなよ、あっちの鉄格子の脇には槍を持った兵が何人も待機している。ここに戻ってくるのは貴様らが勝った時だけだ」闘技場側の鉄格子を開けながら看守は告げた。
「へへっ、地獄の門が開くぞ」サルは言った。
「ならこの歓声は悪霊の呻き声か」
もはや看守も俺たちの私語を咎めはしなかった。
「行け」
看守から背中を押されて前室から闘技場へ出ると、四方八方から阿鼻叫喚の声援が大波のように押し寄せて鼓膜を揺らした。
ふと鉄格子の扉の脇へ目をやると、薄暗い色をした剣が二本地面に刺した状態で置かれている。
「ほれ」サルは二本を拾い上げ、そのうち一本を俺に手渡した。
その見るから手入れがなされていない剣を手に取り、試しに刃の部分に指を滑らせてみたが、切れるどころか指の皮が刃のささくれに引っかかった。
「これはもう
決闘に挑む死刑囚に武器として使わせていたのだろう。最初は美しいロングソードだったに違いない。つまるところ、切れ味に関わらずシーズを相手にする場合は気休めにしかならないということだろうか。
すり鉢の体をとる闘技場と観客席とは半球の鉄格子で隔てられ、格子の向こう側から無数の視線と、声援とも怒号ともとれるような声が降り注ぐ。そしてそれはやがて俺とサルが入場した扉と反対側の方向に注がれる。
「うへえ……」サルは一歩後退りした。
「こ、こいつ
俺は面食らっていた。てっきりあのダイダラボッチみたいな馬鹿でかい人型のやつが出てくるのかと思っていたからだ。ところが前室から放たれたのは漆黒の表皮を持つ四足歩行の四足獣が三体という有様だ。
「ま!失敗したら予定通り死ぬだけだ、大将。さっさとやっちまおう」そう言ってサルは闘技場の中央に向けて歩を進めた。
真後ろで鉄格子の扉が閉まる。
「────よし、作戦開始だ」サルの背中へ向けてそう告げ、か細い首飾りの鎖を俺は手で引きちぎった。
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