第四章 情報収集

 それから約一時間後、榊原たち三人は現場となった高円寺の「ホテル・ミラージュ」の前に立っていた。

「三年ぶり……だな。ここに来るのは」

 榊原はホテルを見上げながら感慨深げにつぶやいた。前回、火災のどさくさに紛れて発生した殺人事件の捜査の時に、榊原と瑞穂は火災鎮火からわずか数日後のこのホテルを訪れている。あの時はまだホテル内に関係者がたくさんいて、上層階も焼け焦げた臭いがくすぶっていたはずだが、三年経って廃墟と化したホテルはあの時とはまた別の不気味さを醸し出していた。

「あの時も嫌な雰囲気が漂っていましたけど……今はそれ以上ですね」

 瑞穂も少し真剣な声でそんな感想を漏らす。

「あの火災絡みの事件で合計九人死亡。そして今回は四人。合計十三人。なるほど、『呪われたホテル』の異名も的外れとは言い難いが……できるなら、それも今回限りで終わらせたいものだ」

 その言葉と共に、榊原たちはホテルの敷地内に足を踏み入れた。

 遅ればせながら、このホテルの構造は非常にシンプルである。メインロビーやフロントのある一階こそ上から見ると長方形の構造をしているが、二階以上は上から見るとカタカナの「エ」のような形をしており、上下二本の横棒部分にそれぞれ十室ずつ客室(つまり一階ごとに二十の客室がある構図となる)、真ん中の縦棒の場所にエレベーターや非常階段が集中するエレベーターホールとでも言うべき場所がある。もちろん、廃墟となった今ではエレベーターは使用不可能で、上に行くには階段を使うしかない。また、この中央に階段やエレベーターなどが集まっている構造であったがゆえに、三年前には九階エレベーターホールのすぐ近くの部屋(九〇五号室)で火災が発生した事からそれ以外の部屋の人間が避難できなくなり、何人もがそれで火災の犠牲者となっていた。今回問題となっている九一〇号室に宿泊していた小堀秋奈も、それで避難できずに死亡した犠牲者の一人である。

「しかもこのホテル、火災時に手抜き工事が発覚したんですよね」

 一階ロビーに入って各々が懐中電灯を点ける中、瑞穂が三年前の事を思い出す。

「あぁ。その手抜き工事も火災の延焼が広がる原因の一つになっていた。おかげで普通の火災ならまず崩れないはずの客室の天井の一部が崩壊していたんだったな」

「……ちょっと怖くなってきたんですけど、そんな違法建築のホテルを三年間も放置しておいて、建物の強度とか大丈夫なんですか?」

 瑞穂が周囲を見ながら尋ねるが、榊原は当然のように答えた。

「大丈夫なわけがないだろう。そもそも何のためにこのホテルが立入禁止になっていたと思っているんだ? 不法侵入を防ぐためとかそういう事以前に、違法建築で建物の強度自体に問題があるからに決まっているじゃないか。しかもこの建物は火災で普通以上にダメージが蓄積されている。今回解体が決まった理由の一つには、これ以上この建物を放置しておくと倒壊の危険があったからという事もあるんだろうな」

「……こんな建物で肝試しをしようとした被害者たちの気が知れません。無謀というか何というか……」

「安心しなさい。私も同感だ」

「一応言っておきますが、階段は何とかまだ登れるくらいの強度を保っています。その点はご安心ください。ただ、瓦礫が散乱しているので足元には気を付けて」

 新庄が注釈を加える。

「……そんないつ崩れるかわからない階段を夜中に懐中電灯の明かり一つで楽しげに登るなんて……私、もう何も言えません」

 瑞穂はもう呆れを通り越して呆然としているようだった。

「ま、映像を見る限り崩落で怪我をする事はなかったようだが……彼らはその代償をきっちり受ける事になったようだがね。もっとも……それは『死』という重すぎる代償だったわけだが」

「……襲撃された後、被害者たちがすぐに逃げなかったのもそれが原因って事ですか?」

 瑞穂の問いに榊原は頷く。

「だろうね。映像の音声を聞く限り、彼らは犯人に気づかれるのを恐れて懐中電灯を点ける事もできなかったようだからね。明かりのない暗闇でこの建物の階段を下りるのはかなり難しい話だろうな」

「でも、じゃあ犯人の方はどうやって動き回っていたんでしょうか?」

「被害者たちと違って事前に準備ができるんだ。サバゲーショップにでも行けば暗視ゴーグルが手に入るし、最悪堂々と懐中電灯をつける事もできただろう。被害者たちが逃げられなかった以上、犯人側の居場所がわかった所でどうにもならないだろうからね。それに……万が一見つからなくても問題はなかったはずだ?」

「え?」

「まぁ、その話は現場を見ながらにしようか」

 そんな事を言いながら、まず三人は竹倉未可子の見つかった薄暗いフロントの前に到着した。

「ここで竹倉未可子が見つかったか」

「彼女も含めてすべての遺体に動かした形跡はなく、映像Dの音声からもそうした音は確認できませんでした。ここで殺されたとみて間違いないと思います」

「つまり、彼女は暗闇の中で何とか一階まで逃げてきたが、ホテルを出る前にここへ追い詰められて殺された……という事か」

「でも、どうして外へ逃げなかったんでしょうか? 階段を降りたら出口はすぐそこなのに」

 瑞穂の疑問に榊原が答える。

「多分、犯人が先回りしてその玄関の前に立っていたんだろうな。明確な出入口がここにしかない以上、見つからなくても被害者たちがいずれここに来るのはわかりきっているんだからね」

「あ、見つからなくても問題なかったって、そういう事ですか」

「ビデオの描写と発見場所を見るに、二階堂亮馬と椎木好次郎は上階で逃げているところを犯人に見つかって殺され、残る竹倉未可子は見つける事ができなかったから、ここに先回りして殺したってところか。ただ、ビデオの描写から見るに、二階堂亮馬は映像Bの直後に殺された可能性が高いが」

 榊原の指摘に、新庄は肯定の意味を込めて頷く。

「えぇ。捜査本部でも、最初に殺されたのは二階堂亮馬だったとされています。彼の遺体は映像Bが撮影された九階で発見されており、死因は背後からの一撃。遺体に抵抗した痕跡はなく、ほぼ無抵抗の状況で殺されたとみられています。その殺害状況から考えて、少なくとも二階堂亮馬は自分が殺害されるその瞬間まで無警戒だったのは確実です」

「つまり、最初に二階堂亮馬が殺害され、それを見て残る二人は逃亡。そこで例の不自然な携帯の通話を繰り返しながらも合流し、その直後に映像Cが記録される事になった」

「で、それからしばらくして逃走中に椎木好次郎が殺害され、最後に残った竹倉未可子は何とか一階までたどり着いたものの、そこで待ち構えていた犯人に殺された……と言ったところですかね」

 新庄が榊原の後を受けて現段階での推測を語る。

「最初に殺されていたなら、二階堂に関しては事件当時に携帯電話を使わなかった事もある程度説明がつく。使う必要性ができた時にはすでに死んでいたわけだからな」

 そう言いながら、不意に榊原は持ち込んできたいつもの黒いアタッシュケースから何かを取り出す仕草を見せた。瑞穂が不思議そうな顔をする。

「何をするつもりですか?」

「いや、少し実験をね」

「実験?」

 榊原が取り出したのは、真新しいトートバッグとハンディカメラだった。

「さっき買っておいた。竹倉未可子の所持品にあったカメラとバッグと同じ商品だ。実際の所、事件当時の状況でどのくらいの音が入るのか知っておきたくてね」

「そう言えばさっき百貨店に寄っていましたけど……先生、カメラはともかく、そのトートバッグも先生が買ったんですか?」

 瑞穂が女物のトートバッグを見ながら言う。

「そうだが」

「……先生って、時々勇者ですよね」

「よくわからんが、褒め言葉ではなさそうだ。まぁ、いい」

 そう言うと、榊原はカメラの録画ボタンを押した上でバッグの中に入れ、それを床に放置して色々な音を立て始めた。わざと大声を出したり小声で喋ったり、靴音を立てながらその辺を歩き回ったり、小さなナイフを落としてみたりと色々やった末に、バッグの中に入っていたカメラに録音されていた音を確認する。傍から見ているとおかしな人と思われても不思議ではない光景だが、本人はいたって真剣である。

「……やはり、録音されているのは大きめの音だけだな。大声やナイフの金属音……と言ったところか」

 ひとまず、確認作業は済んだようである。瑞穂が声をかける。

「気は済みましたか?」

「あぁ。それじゃあ、次の現場に行く事にしようか」

「じゃあ、一番近い二階の谷藤殺害現場へ……」

 新庄がそう言うが、榊原は首を振った。

「いや、まずは九階から見ておきたい。二階堂亮馬の殺害現場でもあるし、何より幽霊騒動の現場でもあるわけだからな」

「そうですね……。わかりました」

 その後、三人は中央にある階段から上階を目指す。階段もあちこちに瓦礫やゴミなどが散乱しており、窓がない事もあって昼間の今でも非常に上りにくい。ましてこれが夜中だったとしたら……

「想像したくもないなぁ」

 瑞穂がポツリと独り言を呟いた。結局、一行は十二、三分程度の時間をかけて九階まで到達し、そこで一息ついた。

「やっと着いたか……」

 そう言って、榊原は改めて九階を見渡す。約三年前、ここで発生した火災が何人もの命を飲み込み、同時にこの場所で一つの殺人事件が起こった。そして榊原と瑞穂も、現場検証のために火災直後のこの場所を実際に訪れている。この場所を訪れるのは榊原たちにとっても実に約三年ぶりの話であるが、あの時と同様に壁や天井は焼け焦げ、凄惨な火災の爪痕を今に至るまで伝え続けていた。

「正直、またこの場所に来る事になるとは思っていませんでした」

「あぁ、私も同感だ」

 榊原と瑞穂は一瞬感慨深げに現場を見やるが、すぐに気持ちを切り替える。

「新庄、二階堂亮馬の遺体は?」

「そこです。九〇五号室のすぐ前でした」

 九〇五号室は階段やエレベーターが集中するホールの北側のすぐ前にある部屋で、先述したよう約三年前のあの火災で出火元と断定された部屋でもある。あの火事の原因はこの九〇五号室に宿泊していた客の寝タバコの不始末であり、この件について事件性はなく、あくまで過失による出火であるというのが当時の東京消防庁の判断であった。これも先述した話ではあるが、階段やエレベーターの前にあるこの場所で火災が発生したため北側の客室の客は逃げる事ができなくなり、実際、九階における北側の生存者はたった一人しかいなかったはずである。

「もう一度確認するが、二階堂は背後から刺されていたんだったな」

「えぇ。さっきも言ったように、ほぼ即死だったと推測されています。遺体にも抵抗の痕跡はなく、完全に不意打ちだったと考えられています」

「そして……あっちが問題の幽霊がいたという九一〇号室か」

 榊原が九〇五号室の前から右奥の廊下の端を見やる。焼け焦げたドアは開けっ放しになっており、何というか未だに空気が澱んでいるように瑞穂は感じた。

「確か、三年前の火災の際、宿泊していた小堀秋奈はあの部屋のドアの辺りで黒焦げになって倒れているのが見つかったと記憶しているが」

「はい。東京消防庁の報告書によるとパニックになってドアを開けて部屋から飛び出し、そこで煙に巻かれて一酸化炭素中毒に陥り、その場で倒れて死亡したと考えられています」

「で、今になってその場所で女性の幽霊が出た、か」

 そう言いながら、榊原は部屋に近づいていく。中を覗くが、室内もそのほとんどが焼け焦げた状態で、何とも言えない空気が漂っていた。一応中を確認してみるが、すでに鑑識作業後である事もあってか、特に新しい発見はなかった。

「次は五階……椎木好次郎殺害現場ですね」

 そのまま一行は五階まで移動する。こちらは直接火災の被害を受けていない事もあって焦げ跡などはなかったが、内装はかなり痛んでおり、侵入者によるものと思しき落書きなども散見された。

「椎木はそこ……南側の五一六号室の前辺りに倒れていました」

 新庄が遺体発見場所を示しながら言う。薄汚れた床のカーペットがその辺りだけ切り取られており、新庄の話では血痕がしみ込んだ部分を鑑識が切り取って持ち帰ったのだという。

「周囲の壁などからも細かい飛沫血痕が見つかっていますので、殺害現場はここで間違いなさそうですね。逃げきれずにここで仕留められたのか、あるいは隠れているところを見つかったのか……詳しい状況まではわかりかねますが、概ねその辺りではないかと思われます」

「被害者の体の向きは?」

「奥の方を向いていました。なので、廊下の奥の方へ逃げようとしているところを殺されたと思われます」

「そうか……」

 ここでは榊原の調査時間もそこまで長くはなかった。最後に、三人は二階まで降り、ホームレスの谷藤がねぐらにしていた二一一号室にやってきた。もちろんこの場所も火災の被害は受けていないが、かつてあったであろう家具やベッドなどの内装は撤去されて殺風景な部屋になっており、さらにこの部屋に置かれていた谷藤の所持品も事件後に全て警察が証拠として押収しているため今は部屋の中には何もない。ただ、部屋の真ん中には警察が引いたおなじみの人型のテープが残されており、それがこの部屋が谷藤殺害の現場である事を否応なく示していた。

「住んでいたという事は、遺留品はかなり多かったはずだな」

「えぇ。押収するのが大変だったと圷さんも言っていました」

「後でその押収品のリストを見られるか?」

「できますが、何か疑問でも?」

「情報は多い方がいい。それだけだ」

 榊原はそう言いつつも油断なく現場を見回している。

「居座っていたホームレスは谷藤だけだったのか?」

「えぇ。ホームレス仲間に聞いたところ、このホテルが近々解体されるかもしれないという話が広まっていて、ねぐらを変える者が多かったらしいです」

「しかし、谷藤はここに居座り続けた。その理由については?」

「さぁ……。ホームレス仲間もその辺りはわからなかったそうです。『他に行き場所がなかったからじゃないか』とは言っていましたが。ホームレスにも縄張りはありますからね」

「そうか……」

 それからしばらく榊原は室内を観察し続けていたが、十分ほどして作業を切り上げて部屋から出てきた。

「さて、ひとまず現場の調査はこの程度でいいだろう」

「次はどうしますか?」

 新庄の問いに対し、榊原はさらっとこう答えた。

「そうだな……区役所にでも行ってみるか」

「区役所?」

「この廃墟の管理が実際の所どうなっているのかを知りたい。まぁ、念のためだがね」

 そう言いながら歩き始める榊原に、新庄と瑞穂も慌てて続いたのだった。


 現場を出た後、三人は榊原の言葉通り、廃ホテルの管理を行っている杉並区役所を訪れた。受付で来訪の旨を告げると、あの遺体発見当日、管理役として同行して図らずも遺体の第一発見者になってしまった若い職員が姿を見せた。

「担当の青田雄二です」

 メタルフレームの眼鏡をかけたその小柄な職員は短くそう挨拶すると、無表情のまま三人を来客用の部屋に案内した。まずは、新庄が表向き申し訳なさそうに言う。

「今日は、先日の事件についてもういくつかお話を聞かせてもらいたくてお邪魔しました」

「知っている事はあの日の事情聴取で話したはずですが」

「もちろんそうなんですが、追加で聞きたい事ができましてね。お願いできますか?」

「……警察の要請なら僕は構いません。ですが、仕事がありますので手短にお願いします」

 青田は自身の感情を示す事無くあくまで事務的にそう言う。その態度といい、融通の利かない典型的な地方公務員と言うのが瑞穂の第一印象だった。

「ではそうしましょう。早速ですが、あなたがあの廃墟ホテルの管理責任者という事で間違いありませんね?」

 質問したのは榊原だった。新庄もこの場は榊原に任せるつもりのようである。

「はい。三年前の火災の後、あの廃墟は区が管理する事になって、一年くらい前から僕が担当という事になりました」

 榊原の問いに対し、青田は相変わらず事務的かつ無感情に話を進めていく。これがこの青田という男のスタンスのようだった。榊原の質問は続く。

「管理というと、具体的にはどのような事を?」

「大したことではありません。一ヶ月に二、三回ほど様子を見に行って、浮浪者とかがいたら警察を呼んで追い出してもらったりするくらいで、正直、名ばかりの管理者というのが正解ですね。ですから、あまり参考になる事は聞けないと思いますよ」

 丁寧な物腰だが、「迷惑」という感情があからさまに見て取れていた。

「参考になるかどうかはこちらが判断します。ところで、時々様子を見に行くと言いましたが、最後に様子を見に行ったのはいつですか?」

「そうですね……記録だと三週間ほど前という事になっていますね」

 青田は手元の書類を見ながら答える。どうやら、見回りの際にも記録を残す必要があるようだが、自分が行ったにもかかわらずどこか他人事のような言い方で、この男にとってあの廃墟の管理は単なる業務の一環に過ぎないのだろうと瑞穂は感じた。

「その時はあなた一人で?」

「えぇ。こんな事のために人手を割くほど、この役所は暇ではありませんから」

「その時何か変わった事は?」

「……建物すべてを見回るわけではありませんが、気になる事はなかったと思いますよ。この時は別に浮浪者も不審者もいませんでしたし」

「この時は、という事はそれ以外では浮浪者や不審者に遭遇した事があるんですか?」

 その問いに、青田は表情を一切変える事無く頷いた。

「そうなりますね」

「では、彼の事は知っていますか?」

 そう言って、榊原は被害者の一人であるホームレスの谷藤松蔵の写真を示した。それに対し、青田はその写真をチラッと見て簡潔に応えた。

「……えぇ、知っています。何度かあの廃墟に侵入していて、追い出した事がありましたから」

「何度も、と言うと何回くらいですか?」

「だから何度も、ですよ。いちいち数えてなんかいません」

「では、最後に追い出したのは?」

「そうですね……二ヶ月ほど前だったと思います」

 青田は少し考えて答えた。だが、実際は追い出された後も、谷藤は性懲りなくホテルに戻ってきていたようだった。そして、そのまま事件に巻き込まれてしまったようである。

「結構です。では、この三人の顔に心当たりは?」

 榊原はそう言って、他の被害者三人の写真を示した。が、青田は一瞥しただけで首を振った。

「知りませんね」

「全くですか」

「全くです。この方があの時ロビーで倒れていた方だという事はわかりますので、他の二人も被害者の方ではないかという事は理解できますが」

 青田はそう言いながら竹倉未可子を示すが、遺体発見時、青田もあの場にいたのだから、それを知っているのは当然といえば当然だった。だが、それでも榊原はこう続ける。

「本当に誰も知らないんですか?」

「……どういう意味でしょうか?」

「いえ、気になっただけですよ。例えばこの男の事とか、あなたなら知っているかと思いましてね」

 そう言って、榊原は三枚の中から二階堂の写真を示した。そして訝しげな表情でそれを見やる青田にこう告げる。

「あなたなら彼の事を知っていてもおかしくないんですがね。……数年前、甲子園球場を沸かせた元川崎創学館高校のエースピッチャー・青田雄二さんならね」

「えっ」

 榊原のその言葉に瑞穂は小さく声をあげ、反射的に青田の方を見やった。一方の青田は無感情にその言葉を受け止めると、やがてぼそりと返す。

「……どうしてそれを?」

「あなたの名前を聞いた時に見覚えがありました。確か何年か前に夏の甲子園の神奈川代表校で力投していた投手の名前がそんな名前だったと思ったんです。私、出身は神奈川県の横浜でしてね。なので、毎年神奈川県代表の事は気にかけたりしているんですよ。まさか野球を辞めて、こんな所で公務員をしているとは思いませんでしたがね」

「……」

「そして、あなたが出場した三年前の夏の甲子園準々決勝で戦い、敗北した相手が埼玉県の熊谷第一高校。そして、その熊谷第一高校の当時のエースピッチャーだったのがこの男……二階堂亮馬なんですが、それでも覚えがないと?」

 そこまで言われて、ようやく青田はわずかに眉をひそめてこう呟いた。

「あぁ、なるほど……そう言われてみれば、確かに」

「やはり知っていましたか」

「えぇ。ただ、知っているだけです。僕からすれば三年前に一試合だけ戦った対戦相手に過ぎません。何より、ここまで風貌が変わってしまっては、気付けと言う方に無理がありますよ」

 確かに、写真に写る二階堂は髪を茶色に染めて軽薄な笑みを浮かべたチャラいタイプで、高校球児だった頃の彼を知る人間からすれば一目見てもわからないのは無理もない話だった。

「えっと、じゃあ……青田さんって、二階堂さんたちと同じ年代の人ってことですか?」

 瑞穂が驚いたように尋ねる。が、それには榊原が答えた。

「別に驚く事じゃないだろう。国家公務員ならともかく、地方公務員は試験さえ突破すれば高校卒業後に就職する事も充分可能だ。大学生と同い年の公務員がいたところで何ら不思議ではない」

 確かに理屈の上ではその年齢で公務員であっても不思議でない事はわかる。わかるのだが、それでも彼と大学三年生の被害者たちが同い年というのはかなり違和感のある話だった。

「確かあの当時は、『リトルエース』とかなんとか呼ばれていたはずですね」

「……昔の話です。御覧の通り背がそこまで高くないのでそう呼ばれていただけですよ。実際、そのせいであの甲子園の後で体を壊して、こうして野球から足を洗うことになったわけですが」

 青田は無表情にそう言った。

「確か……覚えている限りだと、最後の甲子園準々決勝では九回ツーアウト三塁の場面であなたが突然大きく外れるワイルドピッチをしてサヨナラ負けという結末に終わったはずですね」

「えぇ。今思えば、あの時に肘をやったわけですけどね。でも、そんな終わり方をしたせいで地元ではしばらく戦犯扱いされたのを覚えています。野球の道と同時に信用も失ってしまった、というわけですね。もっとも、二階堂君の方も次の準決勝で肘をやって途中交代したみたいですし、皮肉にも二人そろって同じような結末で終わってしまったようですけどね」

「なぜ進学せずに公務員に?」

「特に理由はありません。ただ、愚かにもずっとプロを目指していましたからね。いざ行けないとなると大学に進学する気もなくて、就職するんだったら安定した職業がいいと思っただけです。それ以上でも以下でもありませんよ」

 青田の冷めた答えに、瑞穂はどう反応していいのかわからず絶句している。

「失礼ですが、その歳で随分人生を達観しているようですね」

「……あなたにはそう見えますか?」

「気を悪くしたなら謝罪しますが」

「……別に。僕自身は何とも思っていませんが、謝罪したいというならお好きにどうぞ」

 どこか他人事のように青田はそんな事を言う。ここまで事務的・無感情を徹底していると逆に印象に残るものだと瑞穂は思った。

「最後に参考までにお聞きしますが、あなたの事件発生時のアリバイを聞かせて頂いても?」

「それは、以前に事情聴取で警察にも話したはずですが」

「あくまで確認です。直接聞かないと納得できないものでして」

「……自宅で寝ていました。一人暮らしですので証明できる人はいません。ですが、世間一般にはそれが普通だと思います」

 最後まで、青田はそのスタイルを変える事はなかったのだった。


 次に榊原たちが訪れたのは、あの日青田同様に遺体を発見した、解体業者の「村田組」だった。話を聞きたいというと代表の村田藤作が自ら面会に応じ、応接室で話をしてくれた。

「いやぁ、あの時はびっくりしましたよ。こういう仕事柄、廃墟なんかにはよく行きますし、大きな声では言えませんが自殺者の御遺体を見つけてしまった事もありますが……あんな明確な他殺体を見つけてしまったのは初めての経験でした」

 村田は大柄な体を揺らして苦笑いしながらそんな事を言う。

「やっぱり廃墟というのはそういう事が多いんですか」

「えぇ。まぁ、この仕事をしているとどうしてもね。今まで自殺者の御遺体なら三、四回ほど見つけて通報していますよ。もっとも、御遺体ならまだいいんです。一番怖いのはホームレスとか不審者が住み着いているというケースでしてね。今回のホテル、事前に市役所の方からその手の浮浪者が多いと聞いていたので警察の方にも立ち会ってもらったんですが……まさかこんな事になるとは」

 何とも嫌な業界話だった。

「確か、発見の二日前に入札が決定したんですよね」

 榊原の質問に、村田は頷いた。

「えぇ。区役所からあのホテルの解体の入札があったので、うちも参加しました。大きい仕事だったのでとれたのはよかったんですが……その矢先にこの事件でしょ。今後どうなるか不透明で、ちょっと困っているところです」

 そう言いながらチラリと新庄の方を見やる。

「申し訳ありませんが、一通りの捜査がすむまで、解体は延期という事になりますね」

「ですよねぇ。あぁ、どうしたもんかな。他に大口の契約もないし……」

 村田は本気で困っているようだった。そんな村田に、新庄は懐から被害者たちの写真を取り出して机の上に置く。

「すみませんが、もう一度確認してください。この四人に心当たりはありませんか?」

「……被害者たちの写真ですか?」

「えぇ。よくご存じで」

「この女の子の御遺体は実際にこの目で見ましたからね。そうじゃないかと」

 村田は少しつらそうな表情で言う。

「それで、どうでしょうか?」

 村田は少し真剣な表情で写真を見ていたが、やがて申し訳なさそうに首を振った。

「申し訳ありませんが、全く心当たりはないですなぁ。仕事柄、あまりこういう若い人たちと会う事もありませんし、会っていたら覚えているはずなんですが……」

 確かに、解体業者と大学生ではあまり繋がりはなさそうだった。

「では、一応こっちも見てもらえますか?」

 そう言って新庄が取り出したのは、残る探検サークルのメンバーの写真だった。村田は訝しげな表情を浮かべる。

「これは?」

「事件の関係者の写真です。見覚えのある人はいますか?」

「はぁ」

 そう言いながら再び写真を見やった村田だったが、不意にその視線がある一点で止まった。

「ん? この子……」

 その視線の先にあったのは、メンバーの中で一番地味だった大室貴政の写真だった。

「彼が何か?」

「いえ、うちの取引先に『大室建設』っていう中堅の建築会社があるんですけど、そこの社長の息子さんが確かこの子だったかと。前に会った事があるので知っているんですが……まさかこんな所で顔を見るとは。いやぁ、驚きました」

 どうやら偶然の知り合いだったらしい。とはいえ、この関係だと大室の方が村田を知っているかどうかは微妙だった。

「あと、事件当時のアリバイをお聞きしても? あくまで念のためですが」

「警察も大変ですなぁ。まぁ、以前の事情聴取でも言っていますが、事務所に残って一人残業をしていました。証人はいませんが、それは仕方がない事ですな」

 村田はそう言って苦笑する。とはいえ、事件があったのは発見の四日ほど前で、この会社が入札を勝ち取ったのが発見の二日前。つまり事件発生時にこの会社があのホテルを解体するかどうかは決まっていなかったわけで、関係性という意味ではかなり浅いと瑞穂は感じていた。

「では最後に、この事件に関して何か他に思いつく事はありますか? 何でもいいんですが」

「思いつく事、ですか。何とも漠然とした質問ですね」

 そう言いつつも、村田は何かないかと思いだそうとしてくれているようだった。

「うーん、そうですね。……今思うと、あのホテル、昔から色々悪い噂はあったんです」

「噂、ですか?」

「そう。幽霊が出るとか、不気味な音が聞こえるとか……その手の話は多かったらしいです」

「それって、やっぱり例の火災のせいですか?」

 瑞穂が尋ねるが、意外にも村田は首を振った。

「いやいや、そうじゃなくって、それこそ火災が起こる前からその手の噂はあったんですよ」

「つまり……まだホテルが開業していた頃からという事ですか?」

 それはまた意外な話だった。

「実は、以前ある縁であのホテルで実際に働いていた男と飲んだ事がありましてね。まぁ、そいつは期間限定のアルバイトだったらしいですが、とにかく当時の従業員の中でも、このホテルには何かいわくがあるんじゃないかって噂があったんだとか。誰もいないはずの場所に人が立っているのを見たとか、誰も泊まっていないはずの部屋から物音が聞こえてきたとか……そういう経験をしたホテルマンが実際にいたという話です。ま、又聞きの上にあくまで噂ですけどね。本当の所はよくわかりません」

 そこまで言って、村田は少し真剣な声でこう言った。

「ただ、今回の事があって思うんですよ。あのホテル、元々何か呪われていたんじゃないかって。これだけ事件が続くとどうしてもそう思えてしまいましてね。廃墟を相手にする事が多いですから、意外とうちの業界っていうのはそういう話に敏感なんですよ」

「……」

「願わくば、これ以上何事も起こらないでほしい。今はそれだけですよ」

 村田の言葉に、榊原は何も言わず黙って何かを考え込んでいたのだった……。


 一通り調べた後、一行は一度捜査本部が置かれている高円寺署に戻る事になった。そこで、榊原はホテルで新庄に頼んでおいた谷藤を含む被害者たちの所持品のリストを目にする事となった。

「こちらです。着ていた衣服等を除けば、現場から発見された遺留品は以下のようになっていました」

 早速リストを確認すると、そこには次のように書かれていた。

 

『二階堂亮馬の遺留品』

・懐中電灯

・携帯電話

・財布(所持金二万三千八百円)

・タバコ一箱(十二本パックで、七本残り)

・ライター一本

・腕時計


『椎木好次郎の遺留品』

・懐中電灯

・携帯電話

・財布(所持金一万九千五百円)

・腕時計


『竹倉未可子の遺留品』

・懐中電灯

・ハンディカメラ

・携帯電話(ポケットの中から発見)

・財布(所持金二万五百十五円)

・腕時計

・コンパクト化粧品ケース

・ハンカチ一枚

・トートバッグ


『谷藤松蔵の遺留品』

・布団、掛布団、毛布一式

・新聞紙数十枚

・段ボール数枚

・古雑誌六冊(漫画雑誌三冊、成人雑誌二冊、ナンプレ雑誌一冊)

・未使用のカップラーメン五個

・食後のカップラーメンの容器三個

・水のペットボトル三本(五〇〇ミリリットル)

・空のペットボトル七本

・缶ビール四本

・缶ビールの空き缶五本

・キャンプ用ランプ

・ヤカン一つ

・ガスコンロ一つ

・ライター一本

・クリップ式ボールペン一本

・使い捨てカイロ二個

・飴玉三個


「さ、さすがにあそこに住んでいた谷藤さんの所持品は多いですね……」

 瑞穂はリストに書かれた遺留品の数々に唖然としている様子だった。そんな中、榊原はある遺留品に目を止めていた。

「……この谷藤の遺留品にある『ナンプレ雑誌』というのは?」

「あぁ、仲間のホームレスの話だと、谷藤の趣味だったようですよ。雑誌の回収場所かどこかで拾ったらしくって、興味を持ったのか暇があったら解いていたようです。『こうやって頭を使うのは新鮮だ』とか何とか言っていたとか」

「ふむ……」

 説明するまでもないかもしれないが、ナンプレとは九×九のマスを使った一種の数字パズルであり、縦・横・斜めすべてで1~9の数字を過不足なく配置するというルールが基本である。ルール自体は単純で気軽に取り込めることから関連書籍も多く、今回見つかったようなナンプレ専門の雑誌というのも発売されているようだった。

「ただ、このナンプレ雑誌については我々も頭を悩ませていましてね」

 そう言うと、新庄は一枚の写真を見せた。それは谷藤殺害の現場写真で、先程訪れた部屋の真ん中で血を流しながらうつぶせに倒れている谷藤の姿が確認できる。

「ん?」

 と、榊原の視線が写真のある一点で止まった。というのも、倒れている谷藤が右手で何か雑誌のようなものを掴んでいるようなのである。

「気付かれましたか?」

「あぁ。谷藤は何かを握りしめて死んでいたのか」

「えぇ。そしてその握りしめていた物というのが、問題のナンプレ雑誌なんです」

「な、ナンプレの雑誌ですか?」

 思わぬ話に瑞穂は目を白黒させた。

「かなり強く握りしめていて、犯人が細工したような形跡は確認できませんでした。犯行時に被害者が握りしめたと考えて間違いないというのが鑑識の見解です」

「ナンプレの雑誌、ねぇ……」

「もちろん我々も雑誌の中を確認はしましたが、事件の手懸りになりそうな事はどこにも書かれていませんでした。正直、何でこんなものを握りしめていたのか、理解に苦しみます」

 だが、死の間際だった以上、このナンプレ雑誌には何か意味があるはずである。

「問題のホームレスの谷藤に関してより詳細な情報はあるか?」

 榊原の問いかけに、新庄はすぐに答えた。

「谷藤松蔵は元々岩手県一関市の出身で、高校卒業後に上京して都内の印刷工場で働いていました。しかし、その工場で同僚と喧嘩をして相手を殴りつけてしまった事から解雇となり、以後もいくつか職を転々としますが長続きせず、八年ほど前からホームレス生活を送るようになっていたという事です」

「谷藤には前科があるんだったな」

「えぇ。ほとんどがコンビニなどでの万引きで、それでも不起訴か執行猶予付きの判決が多いです。ただ、三年ほど前にコンビニで菓子パンを万引きした際には、執行猶予期間中だった事もあって懲役一年の実刑判決を受けて服役しています。その際に指紋もとられていて、それが警視庁のデータベースに残っていた事が奴の身元確認に役立ちました。これがその時に本人が書いた供述調書の写しです」

 そう言って、新庄は谷藤直筆の供述調書を示す。アル中か何かなのか全体的に文字が震えており、元々字も汚い上に、大半の文字にこすれたような跡があって非常に読みにくい。が、それでも何度か解読を試みると、概ね以下のような事が横書きで書かれていた。

『私は二〇〇八年一月十一日金曜日午後十時頃、高円寺駅近くの『セブンスマート高円寺店』に万引き目的で入店し、清算前のカップラーメン三個を所持していた鞄に隠して店を出ようとしました。しかし、店を出たところで店員に気付かれ、盗んだカップラーメンを見つけられて逮捕された次第です。以上の供述が、間違いない事を宣誓します。 谷藤松蔵』

 榊原は難しい表情でそれを読んでいる。と、それを横から読んでいた瑞穂が困惑気味に新庄に尋ねた。

「あの、新庄警部。この日付って確か……」

「言うまでもなく、あの『ホテル・ミラージュ』の大火災があったまさに当日です。万引きがあった時間も火災発生時刻とほぼ一致しています」

「あの火事があった時、谷藤は現場近くにいたんですね……」

 と、不意に榊原はふっと息を吐いた。

「なるほど……そういう事か」

「先生、何かわかったんですか」

「まぁね。一つ、手掛かりは手に入れた」

 榊原はそう言いながら供述調書を新庄に返し、念押しするようにこう尋ねた。

「確認のためにもう一度聞く。谷藤と例の早応大探検サークルのメンバーに繋がりは確認できなかったんだな?」

「えぇ。そこは念入りに何度も確認しましたが、こちらが調べた限りこの両者に繋がりは確認できませんでした。谷藤については完全に巻き添えで殺害されたと考えるのが妥当でしょう」

「つまり、狙われたのは谷藤でたまたま肝試しに来ていた三人組が口封じで殺害された、という線は考慮しなくてもいいわけか」

「我々はそう考えています。仮にそうだったとしても、一人ならともかく三人もの人間を口封じ目的で殺すというのは難しい。普通の犯人なら逃亡を選択するはずです」

「なるほど。では、もう一つ。これら遺留品は当然鑑識が調べているはずだが、その鑑識結果で何か特筆すべきことは?」

 その問いに新庄はこう答えた。

「圷さんの話では、各遺留品からはそれぞれの持ち主以外の痕跡は見つかっていないそうです。ただ一つだけ。被害者四人のうち竹倉未可子のトートバッグですが、この中から正体不明の繊維が何本か発見されています」

「繊維……というと、竹倉未可子自身の毛髪じゃないのか?」

「それももちろんバッグ内から見つかっていますが、それとは別物です。というより、人間の毛髪の類ではありません。鑑識の圷さんの話だと、おそらくはポリエチレン製の人工繊維ではないかと」

「人工繊維?」

「正直、何の繊維なのか詳細はわかっていません。現在も圷さんが正体を突き止めようとしていますが、目星がつかない以上解明まである程度の時間がかかるかもしれないと言っていました。ただ……実は現場の鑑識調査で、あのホテルの九階の二階堂亮馬の遺体があった近くからも同じ繊維が数本発見されていて、その辺の関連も調べているところです」

「そうか……」

 そう言いながら少し考え込むと、不意に榊原は一呼吸おいて、こんな事を言った。


「いいだろう。ひとまず、これまでの情報である程度犯人の目星はついたと思う。後は……具体的な証拠と、どうやって追い詰めるか、だな」


 その言葉に、その場が一瞬静まり返った。

「えっと、それって……犯人がわかったって事ですか!」

「だからそう言っている」

 瑞穂の叫びに、榊原は何でもない風に答えた。

「ただし、言ったようにまだ証拠は不足している。あくまで理論の上で犯人の目星がついただけで、だからまだ具体的にこの場で『誰』と言う事はできない。追い詰めるための仕込みはこれからだ」

 そう言うと、榊原は新庄に向き直った。

「そこで、警察にはいくつかやってもらいたい事がある。頼めるか?」

「もちろんです」

 新庄は真剣な表情で頷いた。

「さて、ここからが本番だ。少々難しいが、どうやって追い詰めたものか……」

 そう言う榊原の眼に一際鋭いものが含まれているのを瑞穂は感じ取り、思わず息を飲んだのだった……。

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