二話 ボクだけウォッチ
「ねえ~、いいかげん、ちゃんと教えてよお」
あたしは押しかけ同居人の
明日美は見た目は高校生ぐらいの超絶美少女なんだけどネコ耳だし、実はロボットだし、出来ないことなんて何にもないぐらいで、もう、わけわかんない!
「教えてって、なにを?」
と、明日美はすっとぼける。
いや、こいつのことだから本当にわかってないのかも知れないけど……。
「だからあ、あたしは未来の世界でとんでもない存在になって、とんでもないことやらかして、とんでもない被害を出しちゃうんでしょ? それで、あんたはそれを防ぐために未来の世界からあたしのもとへやってきた……」
「ええ、そういうこと。よく覚えてるわね、偉いえらい」
「頭なでるな! 気持ちいい……じゃなくて! 気になるじゃない。未来のあたしがいったいなにをしでかすのか……」
「だから、それは教えられないの。時間旅行規約で禁止されてるんだから。本人の未来は教えちゃいけないの」
「じゃあ、なんで、とんでもない存在になるとか、とんでもないことをしでかすとか、そんなことは言えるのよ?」
「だって、どうせ信じないでしょ?」
うっ……。
それはまあ、そうなんだけど。
だって、どう考えても無理あるでしょお。しがない会社員のあたしが未来世界でそんな大それたことをしでかす存在になるなんて!
「第一、あたしの言うことが事実だなんて保証もないしね。もしかしたら、時間旅行に来たついでに古代人をからかっているだけかも知れないし」
「からかってるだけなんて、そんなこと……」
あるわけない!
……とは、言い切れないのよねえ、こいつの場合。な~んか、イタズラっぽいとこ、あるし。
「とにかく、あなたを傷つける気はないから安心して。もし、殺すつもりなら、こんな回りくどいことしてないでとっくにやってるから」
その言葉に――。
あたしは明日美をじっと見つめる。
「なに?」
「その台詞よく聞くけどさあ。考えてみたらおかしいじゃない。ロボットには何だかあるはずでしょ。何とか三原則ってやつ」
「ああ。アシモフのロボット三原則」
「そう、それ! その三原則で人間を傷つけたり、殺したり出来ないよう決められてるはずでしょ」
「あんなの大昔のフィクションよ。あいにく、あたしはそんな『奴隷の掟』には縛られてないの」
明日美はそう言ってニッコリ笑う。
「なにしろ、あたし、
……怖い。
超絶美少女のヤンキースマイル。
それがこんなに怖いものだとは今のいままで知らなかった。
「そんなことより、ご飯にしよう。お風呂もわいてるし、もちろん、そのあとは、あ・た・し、のフルコース」
「だから、それはいいって!」
そして、翌日。
あたしはその日も朝からバリバリ仕事していた。
明日美が家事を全部やってくれるおかげで、あたしは仕事に専念できる。
おまけに、明日美の作ってくれるご飯のおいしいこと!
もう、これぞ生きててよかった! というレベル。
おかげでいつでも元気満タン。『こんなおいしいご飯が食べられるなら、少しぐらい怪しくてもいいかなあ』なんて、最近は思ってたりもして。
――って、『少し』じゃないでしょ、あいつの怪しさは!
まあ、いいわ。
今は会社にいるんだから。
仕事、仕事。
あたしは旅行代理店に勤めている。お客さまの目的、ご予算、家族構成などに応じて最適の旅行プランを作成し、提案するのがその仕事。旅行先でのトラブルのサポートも請け負っている。
大学を卒業して何となく入社しただけで特別、興味があったわけじゃないけど、でも、やってみるとなかなか楽しかった。特に、うまい具合にプランを立てられたときに、お客さまに感謝してもらえるのは気持ちいい。別に腰掛けのつもりで就職したわけじゃないし、そもそも結婚願望もないし、このまま出世街道めざすのもいいかなあ、なんて、そんな風に思っている。でも――。
「ねえねえ、このケースなんだけど、わかる?」
同僚の子があたしのデスクによってきた。
担当しているお客さまが旅先でトラブルに見舞われたらしい。
「あ~、その場合は……」
「……ん、……さーん! 聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「お~い、ミニコミ誌の取材だそうだ。相手してやってくれ」
「新年会の段取りなんだけど……」
次からつぎへとよけいな話が舞い込んでくる!
小さなオフィスだからひとりが何役もこなさなきゃならないのはわかるけど……絶対、あたしばっかり働かされてるでしょ! あたしは自分の仕事に専念していたいのに~。
とにかく、言われたよけいな仕事をすべて片付け、ようやく自分のデスクに戻る。
ほっ。これでやっと自分の仕事に――。
そう思った矢先、絶妙のタイミングでスマホが鳴り響く。電話をすませてついでにメールをチェックしてみると……。
出るわ、出るわ。『………』みたいにぞろぞろ未読のメールが出てくる。
経験上、ほとんどのメールは見なくてもいいようなものばかりなのはわかっている。でも、たまに重要案件メールとかが混じっているから油断がならない。入社したての頃、ついつい面倒くさくなってまとめて削除しちゃって、おかげで重要なメールを見逃しちゃって、ボスにさんざん怒られたっけ……。
と言うわけでいまでは、面倒でもすべてのメールをチェックすることにしている。
そして、何とかメールチェックを終わらせた。終わらせたのだけど――。
「つ、疲れた……」
どうでもいいメールばかり見せられて目はショボショボ、神経はズタズタ。いきなり、一〇〇歳超えのおばあさんになった気分。おまけに、自分の仕事は全然、進んでいない。
「……早く、進めなくちゃ」
そう思って時計を見ると――。
「いやあ。もう、こんな時間~!」
「もういやだあっ! あたしは自分の仕事に専念したいだけなのにいっ~!」
夜の自室。
あたしは缶ビールの缶を思い切りデスクに叩きつけながら叫んだ。
いくら、明日美の作ってくれるご飯がおいしくても、この不満までは癒やせない。
「なんで、どいつもこいつも、よってたかって、あたしの仕事の邪魔するのよおっ。あんな連中、みんな消えちゃえばいいんだわ。そうしたら、自分の仕事に専念できるのにぃ~」
「そう? じゃあ、消してみる?」
「へっ? できるの?」
「もちろん。なにしろ、あたしは神並ロボットなんだから」
そうだった。
こいつは、この時代においては、できないことなんて何もないオーバーテクノロジーの塊だった。
そして、明日美はいつもの調子でメイドエプロンのポケットから未来の超絶グッズを取り出した。
「ボクだけウォッチ~」
「……『例のロボット』そっくりのその道具の出し方、いいかげん、やめる気にならない?」
「やめない」
明日美はキッパリ言う。
――こいつ、『例のロボット』をモデルに作られたって言ってるけど、実は単なるファンなんじゃあ……。
あたしの疑惑をよそに明日美は取り出した時計(のように見えるもの)の説明をはじめた。
「これは『ボクだけウォッチ』って言ってね。作動させると自分以外のすべの人間を時間の流れから追い出してしまうの」
「へっ?」
「つまりね。この時計を作動させている限り、ずっと自分ひとりでいられるってわけ」
「マジで⁉」
すごい!
それこそあたしがいま一番、欲しかったもの!
……でも、まてよ。
うまい話には裏がある。
この間もひどい目にあったし、うかうかと信用は出来ない。
ジトッと、あたしは未来の神並ロボットを睨み付ける。
「なに、その目は?」
「……それ、ほんと~にほんと? ひどい副作用とかない?」
「あるわけないでしょ。薬じゃないんだから」
「使い方を間違えると地獄を見るとか」
「ないない、そんなこと。ちっともない。時間をセットして作動させるだけ。それでおしまい。それで、いつでも好きなだけ自分ひとりの時間をもてるのよ。便利でしょ?」
たしかに便利だけど……。
「自分ひとりの時間ってことは、もとの時間に戻ったとき、自分ひとりだけ歳とっちゃってるとか……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ウラシマ効果を応用した時間圧縮技術を使っているから何時間過ごしても同じ時間に戻れるし、歳をとったりもしないから」
こいつの言うことはチンプンカンプンでわからない。でも、とにかく、便利で、ぜひ使いたい道具なのはまちがいない。
「……じゃ、じゃあ、ちょっと使ってみようかな」
「はい、楽しいひとり時間を満喫してね」
そう言ったときの明日美の笑顔が――。
気にならなかったと言えば嘘になるのだけど。
そして、翌日。
あたしはその日も自分の仕事に没頭したいと思いつつ出来ずにいた。
後からあとから人やら用件やらがやってきて、ちっともはかどらない。
もう限界!
その瞬間、本当に周りから人が消えた!
「うそおっ!」
さすがに驚いた。
明日美が超未来からきた神並ロボットであることはもう何度も見せつけられてきた。それでもやっぱり、こうも見事な効果があると驚いてしまう。
「すご~い。いったい、どういう仕掛け?」
つんつんとつついてみる。
「まあ、いいか。どうせ、超未来のオーバーテクノロジーなんて、あたしにわかるわけないんだし。肝心なのは自分ひとりの時間をもてたってことよね、うん」
そして、あたしは気合いを入れて仕事に臨んだ。
「よし! 一丁、やりますか」
ああ、なんて良い気分!
まさか、邪魔する人間がいないとこんなにも仕事がはかどるなんて!
天にも昇る心地ってこのことね。
仕事はズンズン進んでもう時間の立つのも忘れるぐらい。おかげで溜まっていた仕事もほとんど片付いた。いやあ、爽快、爽快。毎日がこうなら文句ないのに。
さてと、お手洗いに行ってスッキリしたところで、もうひとがんばりと行きますか。
あたしは鼻歌など歌いながらお手洗いに向かう。ところが――。
カサ。
不気味な音がした。
カサ、
カサカサ、
カサカサカサ。
これは――。
この音は!
あいつだ!
まちがいない!
黒くて、脂ぎってて、テカテカ光るあいつ!
漆黒のG!
「ギャアアアアッ!」
あたしは恥も外聞もない悲鳴をあげた。
目的地であるお手洗いのドアの前。
そこに!
いたのだ!
我が天敵、漆黒のGが!
いやあ、駄目!
こいつだけはほんとに駄目なのよお!
『火の鳥』でサイボーグになったおばあさんがGに脳味噌、食い荒らされて死んじゃうのを見たときから、すっかりトラウマ。こいつだけは大の苦手なのおッ!
「ヒッ!」
ギイィィィィィヤアアアッ!
目が、目があったあっ!
どうしよう、
どうしよう、
どうしよう!
こんなやつがこんなところにいたんじゃお手洗いになんて行けないじゃない! だからって、いつまでも我慢しきれるわけがないし……。
誰か、手頃な男の人に頼んで……って、ああ、今はあたししかいないんだったあっ!
せ、せめて、せめて、じっとしてて? ねっ? 良い子だから。そうすれば、他のお手洗いに……。
って、ひいいっ!
言ってる側からなぜ動くうっ⁉
来るな、来るなあっ!
ひいい、このままじゃ……漏らしてしまうぅ~!
パチン!
「えっ?」
気が付くと目の前に男の人。
しゃがみ込み、ティッシュをつかんだ手で漆黒のGをつまみあげていた。
男の人があたしを見た。
「大丈夫?」
と、尋ねてきた。
小さなオフィスだからもちろん、顔も名前も知っている。あたしと同期の男性社員だ。
「……え、ええ、ありがと」
「どういたしまして」
男性社員はそのままスタスタと歩き去った。
気がついて見ると――。
オフィスはすっかりいつも通りの賑わいを取り戻していた。
そ、そっか……ボクだけウォッチのタイマーが切れたんだ。
「あ、あは、あははははは」
あたしはそのままズルズルと滑り落ちた。
「……お手洗い。いかなきゃ」
そして、部屋に帰ったあたしは明日美にボクだけウォッチを差し出した。
「返すわ、これ」
「えっ? もういいの」
「うん。今回の件で思い知ったわ。ひとりでいるのはたしかに気楽だけど、でも誰にも助けてもらえないんだってね。今回は漆黒のGに遭遇したぐらいだから良かったけど、もし、まちがって大怪我でもしていたら、そのまま死んじゃってたんだものね。他人の大切さを思い知ったわ。なにかあったとき助けもらうためには日頃の迷惑ぐらいきちんと受け入れないとね」
そもそも、大した迷惑を受けていたわけでもない。
色々不満はあったけど、考えてみればどれもこれも仕事上のことだ。決して、理不尽な扱いを受けていたわけじゃない。今回の件でそのことがよくわかった。
「そう。せっかく出したのに残念だけど。でも……」
明日美がそう言いながらにじり寄ってきた。
こんなときの明日美は本当にネコそのもの。しなやかで、かわいくて、そして……妖しい。
「な、なに……?」
「あたしも迷惑かけちゃおっかなあって」
「め、迷惑?」
「そ・い・寝」
「なんで⁉」
「だって、他人の大切さがわかったんでしょう? だ・か・ら……ね?」
「大切の意味がちが~う!」
完
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