明日美ちゃん
藍条森也
一話 世間の孤島セット
「骨休めが……した~い!」
あたしは中身を飲み干した缶ビールの缶を、思い切りテーブルに叩きつけながら叫んだ。
「あたし、旅行代理店勤務だからさあ。年末年始とちょ~忙しかったわけ。正月が終わってやっと休みが取れるようになったのはいいんだけど、結局、スマホやネットに追われるわけじゃない? どっかの山奥とかに行ったっていまや世界中、スマホ用の電磁波が飛び交ってるわけだし。一度でいいから世間から完全に離れてとことん、休んでみたい!」
「だったら、良いものがあるけど?」
そう言ったのはあたしの同居人、自称『未来世界からやってきたネコ耳ロボット』の
なんでも、未来のあたしはとんでもない存在になって、とんでもないことをやらかして、とんでもない被害を与えるらしい。それを防ぐためにやってきた……なんてことを言いながら、ある日突然、あたしのアパートにやってきて同居しはじめた。
あたしだって最初は抵抗したのよ。あの手この手で追い出そうとしたわよ。警察にだって連絡したわよ。でも――。
超未来のオーバーテクノロジーの塊相手に現代人がどうにか出来るわけないじゃない? 結局、どうにもできないまま居座られてるってわけ。
……そりゃあね。あたしだって信じてるわけじゃないわよ。
しがない会社員のあたしがそんな大それた存在になれるわけないし、こんな
その明日美がメイドエプロンのポケットに手を突っ込み、例によって例のごとく、不可思議なものを取り出した。
「世間の孤島セット~」
「……前から思ってたんだけど、なんであなた、道具の出し方が『あのロボット』そっくりなわけ?」
「だって、あたし、『そのロボット』をモデルに作られたんだもの」
そう言われると『未来世界からやってきた』っていう言葉が急に説得力をもつから不思議。
「で、この世間の孤島セットなんだけどね」
明日美が言いながら道具を使った。たちまち、目の前に大きなシャボン玉(みたいなもの)が現れた。
「わっ、なにこれ⁉」
「このシャボン玉のなかに入ると外界からのあらゆる刺激から完全にシャットアウトされるの。音や光はもちろん、電磁波からもね。文字通り、完全な『孤島』となってくつろげるわけ。さあ、入って、入って」
あたしは、その大きなシャボン玉(みたいなもの)のなかに押し込められた。そこは本当に何の刺激もない空間だった。音もなければ光もない。ただ、シャボン玉のなかに入って浮かんでいるような、そんなフワフワした感覚だけがあった。
「うわ、すごい。これ、本当に世間の孤島だわ」
これならたしかに世間から完全に離れて骨休めできる。
あたしはいつの間にか、そのなかで眠りに落ちて……。
「あ、あれ? あたしいったい……?」
目が覚めると、途端に不安が襲ってきた。
音もない。
光もない。
時間の経過すらわからない。
あたしはいったい、どれだけの間、このなかにいたの?
数分?
数十分?
それとも、もっと?
もしかして……数年とか?
あの神並ロボットならそれぐらい、やるかも知れない。
「こ、このまま、世間から切り離されちゃったらやっぱりちょっとまずいよね? も、もう出よおっ~と」
ところが――。
「出られない⁉」
あたしは外に出ようとしたけどだめだった。どうやっても弾力のある壁に阻まれるばかり。
もしかして、騙された?
あいつは未来のあたしがとんでもないことをやらかすのを防ぐためにやってきたって言ってたし。このまま、あたしを殺しちゃえば……。
「いやあ、助けてえ!」
パチン!
突然、世間に戻っていた。
アパートの自分の部屋の床に大の字になって寝転がっていた。
「お帰り、どうだった?」
「な、なんで⁉ なんで、あたし、戻ってきてるの⁉」
「なんでって……タイマーをセットしておいたからだけど?」
あたしは恐怖の体験を話した。
「そんなこと思ったの? 殺すつもりならとっくにやってるわよ。この時代の人間には絶対にわからないように消しちゃう方法なんていくらでもあるんだから」
「で、でも、あなた、未来のあたしがとんでもないことをやらかすのを防ぎに来たんでしょう⁉」
「そうだけど……殺したりしないわよ。あなた、まだ何にもやってないんだもの。何かやる前に殺しちゃうわけに行かないでしょう?」
「は、ははは……」
「さ、それより、ご飯にしよ。骨休みしてもらおうと、腕によりをかけて作ったんだから。それとも……あ・た・し?」
「そういうの、いいから!」
そして、あたしは今日も元気に出勤している。
やっぱり、忙しいし、まわりは騒がしい。だけど――。
「あ~、世間とつながってるって安心!」
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます