無尽ノ紫

 アリスがムラサキに斬り掛かる。

 先ほどと同じようにムラサキは素手で受け止めた。


「ハァアアアア!!!」


 しかしアリスは力付くでムラサキを吹き飛ばした。

 城で戦うとこの国の民達を巻き込みかねないという判断だ。

 窓から空へと吹き飛んだムラサキをアリスは追う。


 割れた窓に足をかけ、空中へと体を躍らせる。


「深淵ノ翼、至天ノ翼」


 アリスの背から漆黒の翼と純白の翼が二対出現した。

 翼を羽ばたかせ飛翔する。瞬く間にムラサキへと追いつくと開闢終焉かいびゃくしゅうえんの剣を振るう。

 

 その一撃はムラサキを地面へと叩き落とした。

 大地に衝撃が走り、砂煙が舞う。

 しかし、ムラサキの気配は微塵も弱まっていない。

 砂煙が晴れるとそこには無傷のムラサキが立っていた。


「意外だな。逃げに徹すると思ったぞ」


 ムラサキが地面から飛び上がり、アリスと同じ高さまで到達し浮遊した。


「逃げるのはやめました。予想より脅威度が高い。出来るだけ削っておきます」


 その瞬間、アリスの背後に邪悪な気配が現れた。

 アリスは反射的に身を捻って躱す。するとムラサキの拳が真横を通り過ぎた。

 回避と同時に斬撃を見舞うが難なく避けられる。


「「やはり避けますか」」


 二人のムラサキが言う。


「どういうカラクリだ?」

「「いったでしょう? 【無尽むじん】だって」」


 二人のムラサキが嗜虐的な笑みを浮かべる。すると三人目が上空から襲いかかって来た。


闇黒ノ魔導書ダークネス・グリモワール光明ノ魔導書ライト・グリモワール


 アリスの声に応じ、背後に二冊の本が出現した。

 光さえ飲み込むような漆黒の魔導書と本自体が輝きを放つ純白の魔導書だ。

 それらはパラパラと自動でページをめくり、一つのページで止まった。


 ――至天雷槍してんらいそう

 ――至淵炎槍しえんえんそう


 魔導書グリモワールに魔法陣が浮かびを発動した。

 帯電する光の槍と燃え盛る闇の槍が三人目のムラサキを消滅させる。

 その様子を見た、ムラサキは絶句し表情を引き攣らせる。先程までの余裕がある態度とは大違いだ。


「……まさか。これは想定外です。貴女。本当に人間ですか?」

「失礼だな。人間だ」


 魔導書が二人目のムラサキに照準を合わせ、魔法を放つ。

 二人目のムラサキはなす術もなく消滅した。


「自力で魔法使いに至れる人間など!」

「それが私だ」


 最後のムラサキへと魔導書が照準を定める。


「クッ!」


 ムラサキの背中から新たなムラサキが生まれ、囮となる。魔導書から魔法が放たれ囮となったムラサキが消滅する。その間にムラサキは再度分裂して二手に分かれる。


「三回目だ。……逃すと思うか?」

「チッ!」


 ムラサキが舌打ちをした。

 二人のムラサキに魔法が放たれる。だが消滅寸前でまた新たなムラサキが生まれた。


「【無尽】か。厄介だな」


 新たに生まれたムラサキは逃げることをやめた。


「わかりました。逃げるのはやめです。この生命活動を掛けて貴女を殺す!」


 ムラサキが分裂する。分裂し分裂し分裂を繰り返す。その数は視界を埋め尽くすほどに膨れ上がった。


「それで最後か?」


 無数のムラサキが一斉に魔術を発動する。

 それを見て、アリスは翼を羽ばたかせた。舞い散るは漆黒と純白の羽根。それら全てが魔法陣へと変化する。


「貫け」


 アリスの一言で魔法陣から無数の槍が生まれてムラサキを消滅させていく。

 ものの数秒でほとんどのムラサキが消え去った。

 しかし、アリスの胸にあるのは違和感だ。


 ……弱すぎる。


 初めに感じたあの死の気配。それが今では微塵も感じられない。


 ……いつからだ?


 いきなり消えたのではない。アリスが気付かない程度に徐々に消えていったのだ。

 そこから考えられる答えは――。


「本体はどこだ?」


 アリスが残ったムラサキに聞く。しかしムラサキは答えずに笑みを見せた。

 アリスは瞬時に距離を詰めムラサキの首を掴む。再び翼をはためかせ目の前の一体以外を消滅させる。


「答えぬならば探し出すのみ」


 焦ったように表情を歪めたムラサキを無視してアリスは手刀を顔面に突き入れる。

 いかに【無尽】といえど本体はいるはずだ。そして分裂するからにはどの個体にも因果がある。だから辿れる。


「そこか」


 アリスは魔法を使い、分身を燃やし尽くすと遥か彼方を見据えた。

 こんな厄介な能力を持つ敵を生かしては置けない。




 【無尽ノ紫】は山の中にひっそりと隠れていた。結論から言うと人ではなかった。手のひらほどの紫色をした丸い球体だ。そこに歪な口がついている。

 そんな見た目なのにも関わらず濃密な死の気配を放っている。


「まさか。ここまで辿り着くとは」

「お前が本体だな」

「ええ。この姿を見られたからには生かしては置けません」

「お前は何者だ?」

「問答は不要でしょう。お互いがお互いを排除する。それだけです」

「今度は本気のようだな」


 アリスの言葉を裏付けるかのように気配が膨らんでいく。

 球体が増幅し分裂し変形していく。剣に槍に弓に斧にメイスにフレイルに。ありとあらゆる武器に。

 それを大人しく見ているアリスではない。


 翼をはためかせ羽を舞散らす。魔導書が槍を放ち、アリスが終極を放つ。

 対する【無尽ノ紫】も武器をアリスに向けて放つ。

 

 それは地形が変わるほどの攻防。

 アリスは絶えず魔法を放ち続け、【無尽ノ紫】はその名の如く絶えず武器を生成する。

 一進一退の攻防。しかし【無尽ノ紫】は【無尽】。先に限界が来るのはアリスだ。

 それをアリスは理解していた。


 ……短期決戦だ。


 無数の魔法を放ちながら【無尽ノ紫】を観察する。

 無数の武器を生成しながらも全く魔力が減っていない。それは自然の摂理に反する。


 ……なにかカラクリがあるはずだ。


 攻防の余波で山が吹き飛び、空が割れる。

 一撃だけでも攻撃を受ければ即死だ。

 そんな中、冷静に観察を続ける。そして気付いた。


 ……武器の総量が変わっていない?


「魔眼起動、黒失こくしつ


 アリスの右目に魔法陣が浮かぶ。この魔眼は副次的な効果がある。魔力の流れが視えるようになるのだ。

 すると生成された武器は消滅する度に魔力の塊となり【無尽ノ紫】へと還っていく。

 循環しているのだ。


 ……ならばその循環を断つ。


 魔眼、黒失こくしつならばそれが可能だ。

 アリスは魔力を魔眼に集める。

 そして魔法を放ち武器を消し飛ばす。すると先ほどと同じように魔力になり、【無尽ノ紫】へと戻ろうとする。

 そこを魔眼が捉えた。


 ……消えろ


 【無尽ノ紫】へ還ろうとしていた魔力が無に帰した。

 変化は劇的だった。【無尽の紫】が激昂したのだ。


「貴様! 一体幾つの魔法を持っている!!!」


 これで【無尽】は崩れた。

 焦ってか【無尽ノ紫】は距離を取る。


「止めだ。次の一撃で終わらせてやる」

「奇遇だな。私もそうしようと思っていたところだ」


 【無尽ノ紫】は自身の形を変えていく。やがて出来上がったのは邪悪な魔力を放つ大剣だ。表面には無数の目がついており、その全てがアリスに憎悪の視線を向けている。


 対するアリスは羽根を周囲に撒き散らした。

 先程までと同じだが、魔法が違う。全ての羽根が光と闇の球に変わる。その一つ一つが膨大な魔力を内包していた。

 それらの魔力球がそれぞれの属性で融合していく。

 出来上がったのは巨大な光球と闇球。


「終わらせよう」


 アリスは呟いた――。


 ――黒天零こくてんれい


 光球と闇球が衝突し手のひらほどの小さな混沌が顕現した。それは終極よりも、規模の小さい混沌。しかしながら一切の無駄がない。

 零は【無尽ノ紫】に触れると、一瞬にして全体を飲み込んだ。

 次の瞬間、【無尽ノ紫】は跡形もなく消滅していた。

 ただそれだけ。破壊も何もなく、触れた対象を跡形もなく消滅させるのが零だ。


 アリスは周囲に邪悪な気配がないことを確認すると一息ついた。

 わからないことは山積みだ。しかしやるべき事は決まっている。


 ……バケモノを滅ぼさなくては。


 一体でも多く。そうしてアリスは再び歩き出そうとした。その時――。


 ――心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。


 息が詰まる。【無尽ノ紫】の比ではない。それは死の気配というには重すぎた。まるで死そのもの。


「なん……だ?」


 掠れる声で呟き、気配の方へと視線を向ける。


「な……に!?」


 アリスは我が目を疑った。

 終域が気配へ向けて縮小していく。空が晴れ月光が大地を照らす。それは幻想的な光景だったが、邪悪過ぎる気配のせいで不吉なもののように思えた。

 気配が増大していく。


 その時、アリスの足元に時計盤が浮かんだ。


 ……強制転移!?


 クロノスに何かがあったのは明白だ。だからアリスは転移に身を任せた。

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