王都

 アリスは絶えず迫り来るバケモノを薙ぎ倒しながら進んでいた。

 剣腕のようなじみた強さを持つ個体も数多くいた。

 その都度、足を止めることになったが、アリスは傷一つ付かなかった。

 そうして走り続けること数時間、バケモノの襲撃がパタリと止んだ。

 訝しみながら進んでいると都市が見えてきた。


 そこは巨大な都市だった。分厚い城壁に囲まれ、壁面には魔導具と思しき物が顔を出している。

 正面にはこれまた巨大な門がありその前には跳ね橋があった。

 今は有事のはずだが、なぜか跳ね橋は降りていた。


 アリスは警戒しつつ、進んでいく。門の前には普通に門番が立っていた。


「お! 久しぶりの客だな! 嬢ちゃんは冒険者かい?」


 その顔には悲観的なものは一切感じられない。そこに居たのはいつも通り日常生活を送っている人間だった。


「その様なものだ」

「王都にはなんのようで?」

「観光だ」


 ひとまず中に入ろうとでまかせを言う。門番は疑うこともせずに信じた様ですぐに通してくれた。

 巨大な門を開門するのではなく、アリスは傍に備え付けられていた人一人が入れるような大きさの扉を潜った。


「……なんだこれは?」


 アリスの声音に不快感が宿る。それに気付いた様子もなく門番は陽気に説明を始めた。


「祭りだよ! 今日は何の祭りだったかな? 忘れちまったがとにかく嬢ちゃんはいいときにきたな!」


 門番はそんなことを宣った。

 中央通りには数多くの出店が並び、多くの人々で賑わっている。肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。

 そこにはまるで終域の内部だとは思えないほど笑顔が溢れていた。

 それがアリスの心をざわつかせる。


 ……こんな事はありえない。


 アリスはこれまで様々なものを見てきた。もちろん終域に取り込まれた都市も見たことがある。

 彼らの様子はここの住人とはかけ離れていた。

 バケモノから姿を隠し怯えながら日々を生きていた。

 希望もなく助けも来ない。滅びを待つだけの人々だ。

 

 アリスが助けると言っても希望を持たせるなと怒鳴ってくる者も居たくらいだ。


 実際に終域を滅ぼしてみせた時には、涙を流しながら謝罪し、感謝してきた。


 だからこの様な光景は嬉しさよりも違和感の方が強く出てしまう。


「おねえちゃんはぼうけんしゃさん?」


 トテトテと走ってきた少女がアリスに聞く。

 少女は串肉を頬張りながらアリスを見ていた。アリスはしゃがんで視線を合わせると無理やり作った笑顔を向ける。


「そんなものだ。キミはいつからここに住んでいるのかな?」

「うまれたときだから、えーっと……」


 少女が指を折りながら数える。片手の指を全て折りたたんだところで再びアリスに顔を向けてひまわりのような笑顔を浮かべた。


「ごねん!」


 五年というと丁度アリスたち十皇が大陸の終域を滅ぼした時期だ。


「キミは王様を見たことがあるか?」


 アリスが城を指さすと、少女は首を傾げた。


「おうさま……?」

「そうだ。王様だ」

「うん! あるよ! とってもおっきいの!」


 少女は体全体を使ってを現していた。


「王様はいい王様か?」

「もちろん!」


 そう言った少女はとびきりの笑顔を浮かべていた。そして満足したのか少女は走っていってしまった。


「おねえちゃんまたね!」

 

 アリスはそんな少女を目で追った。走っていった先には人混みがあり、すぐに見えなくなってしまった。


 ……ニナに聞いていた印象とはずいぶんと違うな。


 民は王族の奴隷。ニナはそう言っていた。皇帝であるアリスに対してのあの怯えようからとても嘘を言っていたようには思えない。


 しかし現にアリスの目の前では人々は笑顔を浮かべ祭りに興じている。


 ……それに子供にまで慕われているとはますますわからんな。

 

 子供は純粋だ。思ったことをそのまま口にする。そんな少女が王をいい王様だと言った。

 その事になんともいえない気持ち悪さを覚えた。

 

 アリスは城を見る。ずっと感じていた邪悪な魔力反応は今もなお城にある。


 ……やはり当事者に聞くのが一番か?


 そうしてアリスは城へと歩き出した。




 人混みを掻き分け前へと進む。だいぶ時間がかかったがアリスは城門へと辿り着いた。

 城門にも門番がいてその責務を立派に果たしていた。

 城に近づくアリスに槍を向ける。


「何者だ! 今日は謁見の予定はないぞ!」

「闇よ。意識を奪え」


 アリスが呟く様に言うと影が揺らめき、次の瞬間には門番が倒れた。

 この場には人の気配はなく門番が倒れても騒がれることはなかった。

 アリスは城門を飛び越えると城へと侵入を果たした。


 アリスの足取りに迷いはない。なにせ向かう先は一つだ。階段を使い上へ上へと歩を進める。


 ……おかしいな。人の気配が無さすぎる。


 城には多くの人々がいる。王族、貴族は当然として城の管理を行う為、メイドや執事もいる。謁見に来る商人や、陳情に来る平民もいる。

 なのにも関わらずこの城には極端に人が少ない。

 決していないわけではないが気配がするだけでいまだにアリスとは遭遇していない。


 ……ありがたい事だがな。


 よって特に邪魔されることもなく、その場へ到着した。

 他より華美に飾り付けられた扉はそこが最重要な部屋であることを示す。

 即ち――王の間。


 アリスは無遠慮に扉を開く。

 そこは邪悪な魔力が満ちた巨大な空間だった。血の様に赤いカーペットが引かれ、左右には無数の彫刻が置かれている。

 その先の一段高くなった場所には巨大な玉座があった。

 そこに座るのは巨大な人間。

 少女がと言っていた理由がよくわかる。

 文字通り大きい。大きすぎる。それは縦にも横にもだ。

 まるで巨大な球体。そんな身体で動けるのかと疑問に思う程、この国の王は肥え太っていた。


「余に客か? たしか謁見の予定はなかったが……」


 王が醜悪に顔を歪めて首を傾げる。

 アリスは一歩前に出ると胸を張って名乗りをあげる。


「ゼロエス帝国皇帝。アリス=ゼロエスだ」

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