別れ

「よし。これで最後だな」


 アリスは集合場所である海岸線近くの別荘へと来ていた。

 

 ニナは既に帝都ゼロエスへと発っている。

 初めは案内役として連れて行くという案も出たが足手纏いという事ですぐさま却下された。

 かといってシステルが付きっきりになるわけにもいかず、ひとまず帝城から言語理解の魔術が使える者を派遣してこの大陸の言語を習得する事になった。

 その後はニナの希望もあり、どこか働けるところがあれば働いてもらう事にもなっている。

 あとは海の向こうの安全が確保された時、移送するか帝都に留まるかの選択肢を与える手筈になっている。

 

 そして現在、引き継ぎは既に終えて今は馬車に荷物を積み込んでいるところだ。

 ここには当分の食糧が詰まっている。保存状態も気にしなくていい。

 というのもクロノスの【時空皇】の能力で亜空間を作り出してその空間の時間を止めてしまえば、中の物が劣化しない食糧保管庫の完成だ。必要な時にしかくを持つ者が取り出せば良い。

 ちなみにしかくは十皇全員が持っている。


「……アリス様」

「どうしたシステル。引き継ぎは昨日すませただろう?」


 馬車に乗り込み海岸線へと行こうとした所でシステルが屋敷から出てきた。アリスの言葉通り引き継ぎは既に終えており、万が一があった場合はシステルが二代目皇帝になる手筈だ。


「…………私も連れて行ってはくださいませんか?」


 システルが絞り出す様な声で言った。顔は俯き、視線は地面に向けられている。

 システルはアリスの右腕だ。当然腕も立つし、平和になってからも修練を怠ったことはなかった。十皇には劣るとはいえ人類の中ではその次ぐらいには強い。

 しかしその懇願をアリスは一蹴した。

 

「ならぬ」


 システルの肩が震えた。


「システルもわかっているだろう? 世の中は平和になった。バケモノに脅かされる事はなく戦争もない。この平和はかけがえのないモノだ。そしてそれを維持するのは皇たる者の役目。私は外。システルは内。それだけの話だ」

「……ですが!」


 なおも食い下がるシステルにアリスは柔らかな笑顔を浮かべていった。


「システル。の国を頼むぞ」

「っ――!」


 アリスの言葉にシステルの瞳から涙が溢れ、こぼれ落ちる。


「……アリス様はずるいです。こういう時だけ」

「こういう時だからこそよ!」


 アリスは堂々とした態度で言い放った。これはアリスの本心だ。二代目皇帝はシステルにしか務まらない。なんなら執務だけでいうならばシステルはアリス以上に優秀だ。

 それも当然だ。【混沌皇】の右腕なのだから。

 

 システルは溢れ出る涙を拭うと姿勢を正した。


「国は私にお任せください。アリス様は敵だけに集中を。帰りをお待ちしております」

「うむ。では行ってくる!」


 そうしてアリスは海岸へと出発した。




「おうアリス。お前で最後だぜ」


 海岸につくなりラグナが声をかけてきた。

 既にみんな到着していた様だ。見回すと十皇全員とリリーの配下達が揃っていた。

 

「すまない待たせたか?」

「いいや、みんな今来た所だ」

「……アリス。荷物はそれでいい?」


 横からクロノスが顔を出した。

 

「そうだ。頼む」

「……わかった」


 クロノスが手を翳すと瞳に時計盤が浮かび上がり一瞬にして荷物が消えた。


「いつもわるいな」

「……いい。私の役目」


 いつも通りのクロノスの様子にアリスは苦笑する。


 ……もう少し表情が豊かならば可愛げもあるというのに。


 クロノスに対してそう思ったのは何回目だろうか。

 初めて会った時から思っているのでおそらく百回は超えている。

 

 アリスは馬の尻を叩き、屋敷へと戻す。そう遠くないため、馬だけでも戻れるしできるように調教もしている。


「よし。みんな準備はいいか?」


 アリスの言葉に十皇が各々頷く。


「クロノス。どこまで飛べる?」

「……ここから直線。海岸まで終域があるから多分海の上」

「ならラグナ。転移後、結界で地面を作ってくれ」

「りょーかいだ! リーダー!」

「……じゃあ少し上に飛ぶ」

「頼む」

「……じゃあ集まって」


 クロノスの掛け声で全員がなるべく密集する。密集していればクロノスの消耗が少ないからだ。

 クロノスによると人を転移させると言うよりは空間ごと転移させる方が近いらしい。

 なので密集して範囲を狭めれば消耗も少なくなるのだとか。


「……空間転移」


 クロノスが口ずさんだ瞬間、地面に時計盤が浮かび十王達は掻き消えた。


 その様子をシステルは屋敷から見守っていた。


「どうか……ご無事で!」




 転移後、十皇全員が浮遊感に襲われた。

 打ち合わせ通りラグナがすかさず手印を結ぶ。

 すると結界の地面が出来た。


「よっと。全員落ちてねぇな」


 ラグナがみんなを確認した時、アリスが声を漏らした。


「……なんだ。これは……!」


 そこにあったのは紛れもなく終域だった。しかし大きすぎた。最終決戦時の終域より大きい。しかしそれは予想していた事だ。だが状況は予想の遥か上を行っていた。


「おいおいおい。嘘だろ」

「……これは骨が折れるかもしれないね」


 ジンが驚愕を露わにし、ライルが冷や汗をかく。

 他のみんなは言葉が出ない様だ。呆然と終域を見つめている。


「まさか……大陸全土を覆っているのか!?」

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