シャボン・コトダマ

佐楽

第1話

空に向かってふうと息を吹き込むと先端からぷくりとつやつやした玉が現れる。

何色とも言えないそれは表面をもよもよさせながら宙に浮かんで、すーっと風に乗り海へと繰り出していった。

数十分後、同じようなシャボン玉が海の向こうからやってきた。

シャボン玉はふわふわと陸地に降りてくると、手を伸ばした私に捕らえられる。不思議と多少力を込めてもシャボン玉はびくともせず震えるように両手の中に収まっていた。

それを勢いよく、パンと両手を合わせて潰す。するとまるで幻のようにか細い声が耳に届いた。


「ミイチャン、アシタアソビニイクノヲタノシミニシテイマス」


私はそれを聞くと嬉しくなって家へと急いで帰った。

家につくと祖母が何やら薬草を煎じながら縁側で日向ぼっこをしていたので、私は祖母のもとに駆け寄り耳の遠くなった彼女のために耳元に口をあてて話した。


「トオルくんが明日遊びに来るって」


すると彼女は何言も発さないかわりにゆっくりと頷いて微笑んだ。

トオルというのは私の友人の兄にあたる人で、数年前本土の学校に行くため島を出ている。

私の生まれ育った島はとても寂れていて、若い人はある程度の年齢になると進学のためにと外に出てしまいそのまま居着いてしまうため島は衰退の一途を辿っている。

私もゆくゆくは外に、と言いたいところだがそれはできないのであった。

この島は一種の神域であり、司祭である一族は島を出ることが許されないのである。

私はその司祭の一族の直系であり、このまま死ぬまでいや死んでもこの島から出ることは叶わないのだった。

ならばさぞ孤独な人生を強いられるだろうと思われるだろうが案外そうでもない。島民はきさくな人が多いし、たまに観光客もやってきて話をしたりするのでそこまで孤独に苛まれているわけでは無かった。

それに私には司祭一族の直系の証として不思議な力を持っていた。

いくつかあるその一つがこのシャボン言霊の力であった。

薬草を煎じて作る特殊な液体でできたシャボン玉に想いをこめて吹くと、声がシャボン玉にくるまれて相手に確実に届くのだ。

島には郵便もちゃんと届くが、私はこの方法が好きだった。

返信は私の力を込めたシャボン液を、島を出て本土にいる友人が吹いて寄越してくれたものだ。


さて、それより今は明日のことだ。何を着ようかとか何でもてなそうか、考えなくてはいけないことはたくさんある。私は明日を楽しみに待った。


しかし、翌朝残念な知らせが届いたのであった。


「スマナイ、トオルイケナクナッタ」


それだけ言って霧散する言葉を呆然と眺めていたが、段々目元が潤んでくるのを感じるとすぐに腕で拭って返信した。


「ワカッタ、マタコンド」


いろいろあるのだろう、仕方ないと自分を納得させてシャボン玉を飛ばす。その返信は無かった。


その夜、私は浜辺に小さな灯り一つを携えて一人佇んでいた。ここからは見えない本土の方向を眺めつつ暗い海の音を聞く。

納得したつもりだったが、頭ではわかっても体はそうはいかなかったらしくいてもたっても居られず来てしまったのだ。来ないのが分かっているのに、本土から来る船の灯りを探してしまうだなんて馬鹿らしいと思いながら。


「ん?」


ふと暗闇に煌めくものがあり、幻かと目を凝らすがやはり何かがこちらに飛んで向かってきている。

小さくて視認しづらいが、本能的にそれがシャボン玉だと気付いて腰を上げた。

ふわふわと漂うシャボン玉は、腕を伸ばすとすっとその両腕に収まった。私は胸をばくばくさせながらシャボン玉を潰した。すると、いつものように声が立ち上るのではなく初めて見る現象が起きた。

霧のようなものが集まったかと思うとそれは人形になり、あっという間にトオルの姿になった。

驚きのあまり私が口をパクパクさせているとトオルの影はふっと微笑んだようだった。そして小さく


「ゴメン」


と呟いた。


「い、いいよ。謝らないで。私トオルくんに会えただけで」


それでも気付けば足が砂浜を蹴っていた。

私は彼を抱き締めようと腕を広げたが腕に収めた途端に影は霧散してしまった。

穏やかな細波の音だけが、私のすすり泣く声を消してくれるようだった。


翌日、家に電報が届いた。

それはトオルが事故にあい昏睡状態だったのが昨晩息を引き取ったというものだった。




私は砂浜に出てシャボン玉を吹いた。

ぷくりと浮かんだそれは真っ直ぐに、ゆっくりと天に向かって飛んでいった。

返信は不要。ただ届いてくれれば嬉しいと思う。

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シャボン・コトダマ 佐楽 @sarasara554

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