それはあなたも聴いてなかったんですよね?

 通っている中学で、クラシックの音楽鑑賞会が行われることになった。

しかし、その前日に午前3時まで趣味に没頭していて、ろくに寝てなかった私はすごく眠かった。

足元がおぼついていないほど眠かった。


 いざ、鑑賞会の会場の椅子に座ったら、まぶたが本当に重い。

演奏が始まると、あ、これはモーツァルトだ、と思いつつ、うとうとしてしまった。

モーツァルトの、睡眠薬の代わりに作られた曲だった。


 これがびっくり箱なハイドンとか勢いが凄いバーンズとかだったら、うとうとしている余裕などなかっただろうが、そこは癒しのモーツァルト。 

私は終始こっくりこっくりとしながら、演奏は終わった。




 演奏会を終えて、クラスメイトと教室に帰る途中、同じ吹奏楽部の美代子が話しかけてきた。

「誰のことなんだろー?」

ん?と思いながら、演奏会前よりはだけど冴えた頭で話を聞いてみる。

「友達から聞いたんだけどー」

なんだか揚々とした様子で話を続ける美代子。


「吹奏楽部のくせにクラシック音楽鑑賞会で寝ていた人がいるんだってー。その子の話によると他にも何人か、他にも寝ている人はいたらしいけどー……」

美代子は私の顔を覗き込むようにすると。

「吹奏楽部のくせにクラシック聴かないなんて、サイテー!」

とか、にやにやしながら言い出した。


 そりゃあまあ、音楽鑑賞会も授業の一種だし、寝ていた私も悪いんだろうけど。

とは思ったが、私の口から出てきた言葉は。


「じゃあ、その人が寝ているのを発見した、美代子さんの友達も音楽聴いてなかったんだね」


 美代子が「え?」って顔をした。

「だって、音楽鑑賞せずに、周囲をキョロキョロと見回してたんでしょ?」

「なっ!」美代子は声を荒らげ、同時にギョッとした顔をした。


 そして、顔を真っ赤にしたかと思うと、無言でドスンドスンと歩きながら、その場を去った。




 「純さん……」

クラスメイトの子がおずおずとした様子で話しかけた。

「よだれ垂らしてた、よね……」

隣の席に座っていたこの子、見ちゃってたか!


「お茶ーーー!!!」

あちゃー(しまった、の意)、とか言いたかった。


 額に手を当て、斜め上を向いてそう言った私を見た、男子の声が聞こえる。


「糸石のやつ、またなんか変なことしてるぞ」

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