後半

 私達は猫捜索をしながら自己紹介をした。

「私は黒田千尋って言います。3年生のです。」

「僕は山形涼って言います。2年生です。」

 彼の苗字は知っていたが名前は初耳だった。そして2年生だと言うことも初めて知った。

「…あの、失礼な事を聞くようで悪いけど浪人生ですか?」

 私はとんでもなく失礼なこと初対面で聞いた。

「……現役です。」

 彼は抑揚のない声でそう答えた。

「ごめんなさい。失礼な質問でした。」

 私は罪悪感に駆られるように謝った。

「その、謝らなくて大丈夫です。年上に見られるのはよくある事なので。それと、…あの、タメ口で大丈夫です。」

「分かった。…じゃあ、よろしくね。山形くん?私の事は黒田先輩とでも、黒田さんとでも呼びやすいように呼んで?」

 彼が温和で助かった。

「よろしくお願いします。黒田先輩。」


 それから私達は雑談をしつつ猫捜索をした。コタローの話や高校の頃の話、趣味の話など幅広い話をした。

 捜索は難航を極めて、いつのまにか昼過ぎになっていた。

 その頃には割と打ち解けあっていた。

「見つからないですね。」

 彼はそう言うと腰に手をやって伸びをした。

「仕方がないし、一回大学に戻ろ?」

「分かりました。」

「うーん。結構隈なく探したんだけどなあ。猫の姿すら滅多に見かけないね。全く、コタロー奴、どこに行ったんだ?」

「…先輩はコタローに懐かれてるんですか?」

「うん?まぁそこそこじゃないかな?」

「…猫たちが僕を恐れて隠れたのかもしれないです。」

 それは流石に冗談だとは思うが、一瞬同意しかけるものだった。

「あはは、いきなりどうしたの?そんなことは無いと思うけど?」

「…昔から怖がられるんです。猫もそうですし、近所の犬とかにも吠えられました。」

「…確かに、山形くんの姿を見たら吠えたくなる気持ちも分かるかも?」

 私は吠えたくなる気持ちを肯定した。

「やっぱり怖いんですかね。僕の事。コタローも僕と会うとすぐに威嚇するんです。目を合わせないとか工夫してみてるんですけど。」

 彼は肩を落しながらそう言った。この目でも見ているが温和なコタローが威嚇をするのは本当に珍しい。

「…その光景、私3回くらい見たよ?」

 私はその光景を見ていた事を白状した。別に黙っていても良い気がするが、何となくここで言っておかないと罪悪感に苛まれそうだと思ったからだ。

「え、そうなんですか?」

「うん。だから山形くんに今日、コタローを探してるんだろうなって声をかけたんだ。」

「…そうなんですか。…じゃあ、あの噂も知ってますか?…大男が猫を誘拐したって言う。」

 彼は悲しそうな表情を見せてそう言った。

「うん、知ってる。でも、噂は噂だよね。誘拐犯がわざわざ猫探しなんてしないもの。」

 私は思っていた事をそのまま口にした。

「…ありがとうございます。」

 彼が感謝の言葉を述べると沈黙が訪れた。

 気まずいかな?と思っていたら、彼が口を開いた。

「…あの、実は僕が今日、コタローを探していたのは噂が理由なんです。」

「ふむ?」

 私は沈黙を破った彼の言葉に咄嗟に相槌を打った。

「自分が猫を誘拐したって、思われているのなんて、嫌じゃないですか。だから、どうにかしてコタローに帰ってきて欲しかったんです。でも、よく考えたら僕がコタローを連れて帰ったらむしろ噂通りだと思われますよね。……だから、その、僕は純粋にコタローが心配だからコタローを探していた訳じゃなくて、…自分のために探してたんです。その、ごめんなさい。」

 どうやら彼は噂に嫌気が差していたようだ。そして、どうやら何か罪悪感を抱えているらしい。それにしても、何故謝るんだ。

「うーん。でも、コタローが心配じゃなかった訳じゃないんでしょ?」

 彼は私の言葉に少し頷いた。

「なら自分を悪者みたいに言う必要ないんじゃない?…そもそも自分のためでも、行方不明の猫を探す事は良いことじゃない?」

 彼は黙っていた。

「あと、噂の事だけど、最低でも私は山形くんの無実を証明できる訳だし、もしも、山形くんがその噂で不利益を被る事があったなら、先輩である私を頼りなさい」

 私は胸に手を置いて自信満々にそう言った。

 彼は黙っていた。それからずっと沈黙が続いたが大学目前で彼が口を開いて、ポツリと言った。

「先輩、ありがとうございます」

と。


 大学に着いて山形くんと、3号館に行ってみると、なんとコタローの奴が何食わぬ顔でいつも居る机に座ってやがった。私はなんだか拍子抜けした。

 私はコタローの頭を撫で回し、

「全く、君は人騒がせだな。」

と、話しかけたがコタローは目を瞑って、ゴロゴロと喉を鳴らすだけだった。

「今だったら触れるかもよ?」

 私が手招きしながら山形くんにそう言うと、いつのまにか遠くにいた山形くんはおっかなびっくり近づいてきた。まるで猫である。

「そっとだよ?」

 私がそういうと彼はそっとコタローの頭を撫でた。

 コタローは撫でている人間が変わったことに気づいていないのか、変わらずゴロゴロ喉を鳴らしていた。

 山形くんはそれを見て笑った。

 穏やかな笑顔だった。

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あけぼの @akadaidai

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