猫
あけぼの
前半
私が大学の3号館で初めて鋭い目つきをした猫背の大男が猫のコタローに威嚇されているのを見たのは、それで3回目だった。
大男は威嚇されるとなんだかしょぼくれて、何処かへ行ってしまった。私はその後、コタローに近づいて首輪の下あたりを掻いてやった。
大男は三週間くらい前からコタローに威嚇される姿が、たびたび目撃されるようになった。
私と同じゼミ生の三島は彼の事を知っていたようで、彼が言うには彼の名前は山形で歴史学部に所属しているらしく、彼はその高い図体からか、凶悪な顔付きからか、人間からも避けられているようで、さらに、彼自身も内向的な性格らしく、いつもひとりぼっちらしい。
三島からその話を聞いた後に、再び彼の後ろ姿を見かけた時には、初めに見た時よりもその背中が小さく見えた。遠近法というわけではなく。
それから何度か大学で彼を見かけた。彼はいつも猫背で歩いていたし、彼の周辺には人が居なかった。そんな光景を私はなんとなく遠目で眺めていた。
私はコタローの顎に指を移動させて掻いてやりながら
「君も頑固なやつだなぁ」
とコタローに話しかけた。コタローはニャーと鳴くだけだった。
それから数日後、コタローが失踪した。
初日はさほど気にされなかったが、それから三日間一度も顔を見せなかった事で「3号館名物の猫が失踪した」とかなりの話題になった。
かく言う私もコタローが、どこかで車に轢かれでもしたのではないかと漠然とした不安を覚えた。
この事件を面白がった学生達の間では「威嚇されていたらしい大男が怪しい」とかの根拠のない噂まで立った。
私はその噂を聞いて彼はそんな事をしない人だろうと、話したことすら無いけれどそう思った。
コタローが失踪してから一週間ほど経って、一限のみの授業だった日に、私は大学の周囲を見回って見ることにした。
大学の周囲はコンクリートジャングルで、裏路地が多かった。そんな裏路地を見て、こんな所にいたら見つけられないなぁと思っていた時だった。
私は猫背の大男を裏路地で見かけた。噂を信じる訳では無かったが、昼前に路地裏にいるのが何となく怪しいなと思い、私は彼の跡を付けてみることにした。
そうして暫く尾行してみると、どうやら彼は猫を探しているらしい挙動をしていた。耳をすませば「コタロー」と呼ぶ声も聞こえた。
私はそれに気付いて、彼を疑っていた訳では無いが自分が尾行していた事に罪悪感を持った。
私は尾行していた罪悪感を払拭するかのように彼に声をかけた。
「あの!」
私が声を掛けると彼は振り返って私を見て、周囲を確認して
「僕ですか?」
と気弱そうな声で答えてくれた。
「コタローを探してるんですか?」
私は分かりきってた事だけれどそう聞いた。
「は、はい。コタローを探してます。」
彼はそう答えた。彼は体格に似合わず本当に弱そうだった。
「実はコタローの事、私も探してて、せっかくですし一緒に探しませんか?」
私は何を思ったのかそんな事を提案した。
「え?えっと、わ、分かりました…」
何が分かったというのだろう。とにかくその日私は猫背の大男と一緒に猫探しをする事になった。
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