第3話 めぐまれている

働いていてどうも違和感のある言葉がある。

「仕事なんだから仕方ない」「お金を貰ってるんだから苦労は当たり前」こいつらだ。上司や部長世代の人間が、こぞってこの台詞で鼓舞しようとしてくる。僕はどうしても飲み込みきれずに、年配の人とのコミュニケーションは慣れているはずなのに、これを言われた時だけは苦い頷きを返す。


きっとおかしいのは僕の方だ。分かっている。成果を出せば、対価をもらえる。当たり前。だけど、この言葉を聞く度に、どうも胸の奥がつっかえてならない。偏見を承知で語ると、彼ら上の世代の人間は苦しい世情で趣味も少ない中、仕事ばかりをしてきた。それが生きる上の喜びでもあった。車や時計や出世、ある種凝り固まった一本道のルートが見えていた。


僕らはそうではない。自分の道筋以外に隣やその隣やその隣の人生まで見えてしまう。働くことの幸せという魔法が溶けてしまっている。こんなことを言えるのは恵まれているからだと言われよう。もっともだ。ある程度生を保証された中で、世の中に失望するとこのような生き物が生まれるのだ。


つまるところ、仕事ってしないといけないのだろうか、というヘンテコな呪文が僕の脳内を駆け巡っている。


生きることは働くことだ。いっそそう言ってくれればいい。多様性に締め付けられて、僕は鬱血してしまう。

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