イ国編 そして彼女はまた巻き込まれる


…ここは見知らぬ天井…じゃない、昨日は議堂の来賓室で寝たんだっけ。


私の目に映るのはベットの天蓋。天蓋の付いたベットなんてあっちの世界でも見たことなかった。少し日が高い。思ったより疲れていたみたいだ…


「おはようございます。」


どきっ!気がつくと側仕えさんが私の隣に立っていた。え、いつからいたの?


尋ねると「今です。お目覚めになる気配がしましたので…」と返された。すごいね、側仕えさんって…


それから身支度を手伝ってくれる。適温のお湯に石鹸、…さすがにシャンプーはないか…髪を洗い流してくれて、ふわふわの布で体を拭いてくれる。ウチで扱う生地より遥かに良質なものだ。


髪を乾かし、身支度を終えると流石に代わりの服は用意できなかったのだろう、自分の服が用意されている。当然といえば当然だろう。私のようなお子様体型にあった服装など急に用意できるはずもない。


と思いつつ服に袖を通すと、昨日の戦闘などで付いていた汚れや綻び、シワすら一切無くなっていた…恐るべし側仕えさん…


そして気がつくと朝食とお茶が用意されていた。朝食を済ませ、少し間を置いて今度は髪を結ってくれるらしい。お母さんやミーナにもよく結ってもらうけれど人に髪を触られるというのは存外気持ちが良い。


至れり尽くせりだぁ…


…ってそんな場合じゃなかったんじゃないだろうか。外では今も厳重警戒が続いているはずだし、副団長やドンノラさんも寝ずに対応をしているはず。私はこんな事をしていていいのだろうか。


「レナさーん!」


「おはようナイル。どうした?」


私が名前を呼ぶとスグに扉が開いてレナさんが姿を表す。昨日までの少し暗い雰囲気はなく、騎士然としたものになっていた。それよりも…


「えっ、レナさんずっと扉の外に居たんですか?」


「護衛付きだからな。当然、何回か部屋の中も伺っていたぞ。」


私は思っていたより熟睡していたらしい。それよりレナさんに寝ずの番をさせて自分だけぐっすり休むだなんて流石に気が引ける。その事をレナさんに伝えると


「大丈夫だ。これから君がすることはそれに見合うものだからな。」


どういうことだろう…昨日の時点では王様や他の人たちに今日することなど指示されていない。


外の様子を見に行こうとすると側仕えさんに呼び止められる。なんでも「王様からお呼びがかかるまでは待機していて欲しい」とのこと。仕方がないので部屋で待つことにする。



時間の流れがゆっくりだ…外の騒がしいはずの声も今は聞こえない。どうやらここは人の通り道からも外れているのだろう。もうすぐ日が最も高くなる頃だ。


工員たちはどうなったかな…流石に野外にそのままと言うことはないだろう。でもあの人数なら個室は用意できないから議堂の公堂とか入り口の大広間とかかもしれない。いずれだったとしても寛げる環境ではなかったと思う。


昨日のレナさんの言葉を思い出す。『今までと同じ立場ではいられませんよ』


最初こそ面倒な事に巻き込まれたと思っていたけれど私は今の生活が存外気に入っている。ホシノ商会も今更離れる気に離れない。…よし、もし何か王様に勧誘されることがあっても断ろう。


「ナイル様、アグニン様のご準備が整いました。公堂までご案内します。」


側仕えさんが私を呼びに来る。私は承諾して部屋を出る。前方には側仕えさん、右後ろにはレナさんが護衛として追従する。


廊下を抜け少し歩くと先ほどまではなかった人気が少しづつ出てくる。そこでよく知った顔を見つける。


「シノさん、おはよう。ここで何をしているの?」


「おはようございますナイルさん。そこが治療室になっているので…」


よくみると彼女の目の下には隈ができている。自分を庇って怪我をしたクザに一晩中付いていたのだろう。いつも冷静でどこか淡白な対応の彼女にしては珍しい。


「ナイルさんはどこへ?」


「王様に呼ばれて公堂にいまから行くところなのです。」


そう言って私は既に見える距離にある公堂の扉に目を向ける。


「公堂…ですか。そういえば朝から大勢の人があそこに出入りしていました。」


大勢の人…公堂は議会の場でもある。確かに人が出入りしていても不思議ではないけれど、そこで王様が待っていると…


私はシノに「あまり無理しないように」と伝え彼女と別れ公堂に足を向ける。


扉の前に着くと側仕えさんは扉の横に立ち位置をかえ頭を伏せる。そして扉の前で立哨についていた2人の兵士さんが扉を開いた。


「…っ!」


公堂の中には人々が待ち構えていた。議員席はほぼ埋まっているしその前には騎士さんや兵士さんが立ち並んでいる。奥に座する王様のその横には副団長、ウィリュイさん、イスモイルさんという顔ぶれが並ぶ。その目線が一斉に私を見るのだから流石に肩が縮こまる。


中央の最奥には玉座が用意されており、王様が座している。以前、聴取で議会に来た時は玉座はなく、王様も議員席に座っていた。つまり今日の王様は一議員としてではなく『インラカスイ国王』としての立場で対応するということなのだろう。


一歩公堂に入ると扉の横の壁際にパラナが立っていた。私以上にガチガチになっているのがすぐに解る。どうやら私と一緒に呼ばれたらしい。いつからわからないけど、この公然の面前に立っていたなんてどれだけ緊張しているか…


なるべく冷静を装って中央を進むと一段高くなっている手前で膝をつく。


「ナイル=ホシノ、アグニン様の召喚に応じ参上いたしました。」

「あ、パラナ=エトナです…」


「表を上げなさいナイル、パラナ。今日の君たちは今回の襲撃事案における最功労者だ。膝をつく必要はない。」


そう言って王様は手でこちらに来いと示す。

最功労者…さっそく変な肩書きが付いてることに戸惑いつつ私は立ち上がり段を越える。すると立っていたウィリュイさんが二つの椅子を用意してくれた。わざわざ私の身体にあった大きさの物を探して用意してくれたのだろう。貼ってある生地や材質も上等な物だ。私は礼の言葉を述べてその椅子に座った。パラナも私を真似て同じ様に座る。


「まずナイル=ホシノ、パラナ=エトナ、今回の君たちの行為を称えたい。私やあの場にいた者、民たちが空に還らずこの地に足をつけているのは君たちのお陰だ。インラカスイ国王アグニン=リカ=ヴォウクの名を持って、身を賭して我々を守り戦った君等のその勇敢さと高潔を称える。」


そして起こる盛大な拍手。…うぁ恥ずかしい…

パラナの様子を横目で伺うとめっちゃくちゃガチガチになって目はぐるぐるだった。


「ありがとうございます。光栄です。しかし、今回の件では多くの衛兵が殉じていると聞いております。本来、称えられるべきなのは彼らなのでは?」


「む、栄誉を称えられるのは不満か?」


「いえ、むしろ光栄過ぎるくらいです。国と任務に殉じた者たちを差し置いて私どもが受けるには少々、過大かと思いました。」


「ああ、空に還った者たちについてもその玉と剣は家族の元へ帰す。恩賞もしよう。しかし今回は中々難しいのだ。」


あ、そうか…死んだ時の状況がはっきりとしている者なら良い。ただ任務に殉じた者か、賊として討伐された者なのかはっきりしていない。


「そうですか…失礼しました。」


「いや、ナイルのその衛兵騎士に対する敬意、国を表す者として感謝こそして非難するものではない。ただ君たちはそういった立場でも無いにも関わらず、それらと同等以上の働きをした。それを称えたものだと思ってもらえば良い。」


「…はい、それでは有り難く頂戴いたします。」


逃げられなかった。栄誉なんて貰っても悪目立ちするだけだ。それなら王様個人に『貸しひとつ』とかの方が良かったのに…などと打算的なことを考える。


「うむ。それでだ…ここからは商談だ。ナイルにとってはこちらが本題となるのではないか。」


えっ…まだあるの?それに商談って…


王様はそこまで言うと説明をウィリュイさんとイスモイルさんに代わった。


「まず先ほど評議会の決議において『ジュウ』と『デンシン』がイ国にて正式採用されることが決定しました。おめでとうございます。」


不意な朗報に喜びたくなるがちょっと冷静に考える。


「でも選考会での結果はまだ出てないのでは?」


「ええ、先の件において選考会の結果については現在でも有耶無耶になっています。審査役だった者たちも今回の件の収集のために動いていますので…今回の判断はイスモイル軍部長と我々の協議ののち議会の判断で可決されたためです。ただ彼らがいても同じ判断をしたでしょう。」


「いずれも今までにない素晴らしいものだったが『ジュウ』と『デンシン』この二つは確定だ。これらの生産の配分は早急に行うべきだとワシが判断したのだ。」


「はぁ…」


「でもそれでいいのでしょうか?今までと同じなら採用されれば軍部の調達品は全てウチの生産になるのですよね。ドサクサ紛れにその地位を取ったとあれば不信感を抱く商会が出てきてもおかしくないかと思うのですが…」


「ホシノ商会と対になりそうだったのは修道処くらいだった。しかし修道処は今回の選考会についてその立場を辞退した。」


え、辞退って…そういえば昨日シャムスが陣営で王様やイスモイルさんと話していたのはそれか。あれだけウチに競争心を持っていたのになんだなんだろう…


「その点に関してなのですがホシノ商会に依頼したいことがありまして、どちらかというとこちらが本題です。」


採用の件を差し置いてウィリュイさんが言う本題とはなんだろう…私は質問はせず、そのまま話の続きを聞くことにする。


「一つはホシノ商会で今後の軍部品の調達品の推薦、精査をして欲しいのです。」


「どういうことでしょう?」


「今回の選考会は修道処だけでなく他の不採用になった商会も惜しいものが多かったと聞いています。そこで今後は選考会で採用された商会が一任するのではなく、取りまとめ役として提案してきた品に対して採用、不採用の審査、不採用なら助言をして欲しいのです。そして採用に値するのであれば軍部と議会の決議後採用とします。もちろんホシノ商会の品を推薦するのも構いません。」


つまり、軍部で調達する品の提案権をホシノ商会に与えるってことか。確かに少し改良したら良いものになるという提案品はいくつかあった。確かにそれなら他の商会も今後採用される可能性があるということだから不満は抑えられるだろうし、今後のイ国の工業や経済の活発化にも繋がる。


「二つ目が採用された品の指南役をホシノ商会にお願いしたいのです。特に『ジュウ』や『デンシン』は性質が特殊ですし、その運用方法も軍部ならず今のイ国では全く想定できません。」


指南役…教官を派遣して欲しいということだろう。確かに銃は魔法の資質が必要だし、それを選定した後も訓練が必要になる。しかも扱いを間違えば危険な武器だ。電信は『電気』という概念から取り扱いまで教える必要があるし『もーるす』も覚えなくてはならない。


どちらも実戦で使うには熟練が必要だ。教官派遣…売った物の『あふたーけあ』については納得だ。だが問題もある。


「どちらも無料と言うわけではありません。どちらも購入する製品とは別にその報酬をお支払いします。…ちなみに金額はこのあたりで…」


ウィリュイさんが手の平で隠しながら、こっそり金額が書かれた木札を見せる。そこには銃と電信の単価、審査役と指南役の派遣について年額がそれぞれ金額がかかれていた。


…想定より単位が二つほど大きくなるね…


「…宜しいでしょう。契約は今までの通り次の選考会までですか?」


「はい。ただ今までは4年程度ごとに行っていましたが今後はこの方針であれば選考会自体が必要なくなるため、また違った方法になるかもしれません。」


確かに都度、審査、採用を行うのであれば選考会は必要なくなる。取りまとめ役の交代を行うだけだ。今後、方針を決めていくというのであれば1、2年で契約を破棄と言うこともないだろう。


「条件が一つ。指南役として工員を派遣するのは構いませんがその者たちは軍属ではありません。彼らの安全を保証すること。戦などには参加しないこと。これが条件です。」


「了解した。それはこのイスモイル=キファルが保証しよう。」


「わかりました。それではその話、ホシノ商会主、ナイル=ホシノとして了承します。」


「うむ、今後とも宜しく頼むっ!」


イスモイルさんが大声と満面の笑みで応える。こんなに近いんだからそんな大声じゃなくても聞こえるよ…


先ほどから一切、言葉を発していない副団長に目を移す。目を瞑っているけれど寝ているわけじゃないだろう。なんだろう、若干すまし顔のようにも見える…


すると王様が立ち上がり公堂全体を見渡すかのようにして発言する。


「商談は成立したようだな。それでは今を持ってナイル=ホシノをイ国軍部の特別派遣顧問及び審査役として任命する。賛同する者は起立し拍手で応えよ!」


議会席にいる議員たちが一斉に立ち上がり公堂中に拍手が起こる。



…ん…えっ?…あれぇ?



商会が受ける話だったはずだけど、どういうこと?


私が戸惑っていると副団長が目を開いて私の方を向き、その問いに答えた。


「今しがた自分で商会の主と言っただろう。つまりはその商会の決定権を持つお前が顧問役に拝命される。当然だろう?」


……


騙された?


たぶんコレ副団長の入れ知恵だ。

私は個人として言われても断る気満々だった。でも商会としての立場だったら…しかも商談という形だったら…それを見越して副団長が王様に伝えたのだろう。下手をしたら朝から行われていた議会というのも既に根回しが済んでいたのかもしれない。


そんな私の性格を理解しているのはこの中に副団長くらいしかいない。油断した。ぐぬぬぬぅ…


「ほれナイル、皆に応えぬか。」


王様がそういって私に立ち上がって皆の方を向くように即す。


パラナは何が起こっているのかまったく理解できていないようでポカーンとした顔だ。


拍手が続く中、私は椅子から立ち上がり引きつりながらも笑顔で議会の方へ身体を向ける。


やられた…これでまた仕事が増えてしまう…


私の安心安全で家族との悠々自適な生活はいつになるのだろうか。





……


それから数日間が経ち今回の襲撃事件の被害の全貌が少しづつ明らかになる。入り込んだ賊の人数71名、味方の死者56名、うち騎士が5名。捉えた賊1名についてもその後、全く何も吐かないまま3日後に空へ還った。ただ、その賊のうち、半数がロ国と繋がりのある衛兵や文官などの公人だった。


イ国城都の中心である議堂荘園への襲撃事件とその内容はすぐさま国内の他の町、他国にも伝わる。ロ国へ使者を遣わすが回答はなく、その使者が帰ってくることもなかった。


そして半年が経った頃、逆にロ国から各国に使者が遣わされる。内容は、『ロジェパ王国はその名をロジェパ皇国と改め、現国王であるインジギルカ=マモ=サジャは教皇王となった。従うものには恩恵を、抵うものには死を与える。』だった。イ国とハ国はこれを拒否し三国同盟は実質的に消滅した。


ハクツイスラ王国はロジェパ皇国を敵性国と認定し厳警戒。大国のボグレー皇国と二ーサクラット王国は回答せず東3ヶ国の動きを静観。トゥトリビユ国とヘルゼ国は元よりこちらからは辿り着けないため不明。


イ国内ではロ国との戦が始まるのかと噂され緊張が高まったけれど結局は音沙汰なく、そしてさらに1年と半年の月日が流れた。


私、ナイル=ホシノは13歳になった。

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