イ国編 謝罪の意味

「…という見解です。」


「うむ…解った。ヴォルガの意見を前提として対処しよう。今後のことについてだがお前たちは少し休め。今日…いやここ数日、ろくに寝てもいないだろう?」


王様の言葉に私は副団長の顔を伺い見ると姿勢は堂々としたものだけれど、確かに目の下に疲労が感じられる。


「…解りました。見張りの配置などを話した後に小休止を頂きます。」


いや、ゆっくり休んでっ!と言いたいところだけど立場上、仕方がないのだろう。私も正直いってここに来てどっと疲れが出ていた。いつもならもう寝る頃だし、眠い…


「ナイルもすまぬ。今はこの荘園から人を出すわけにはいかないのだ。それで部屋を準備させてある。ナイルにはそこで休んでもらおう。」


「あ、いえ私は…」


「王のお言葉だ。甘えておけ。」


みんなのところに戻って休もうと思っていたのだけれど副団長に先手をうたれる。私だけが別室で休むのは気が引けるところだけれど王様の言葉では断りにくい。そして何より眠い…


「解りました…」


私が了承すると王様が側仕えの一人に声をかける。そして副団長も私の後ろに視線を向けた。


「レナ、お前がナイルの護衛に付け。」


「はっ!了解しました。」


いつの間にか私の後ろにいたレナさんが返答する。服装は騎士装になっていた。



「こちらです。」


側付きさんに案内されて議堂の中を進む。入り口こそ兵士さんや公人たちがいそいそとする姿が見受けられたが奥に進むと静かなものだった。


「こちらの部屋になります。」


側仕えさんの丁寧な案内と仕草で扉が開けられる。


「え、ここって…」


「アグニン様から『来客室ですまないがここで容赦して欲しい。』と伝言を承っています。」


来客室なんてとんでもない。ここは来賓室だろう。イ国は決して絢爛綺羅びやかな文化じゃない。装飾などはさしてないけれど居室はピカピカに清掃されており調度品も質の高いものが用意されている。


「…案内する部屋、間違ってないですよね?」


「間違っておりません。アグニン様にはこちらへ通すよう承りました。」


正直、屋根と平台があればいいくらいに思っていたのにこれは流石にみんなに気が引ける。お陰で眠気も吹き飛んだ。


「では、何かあればそちらの鈴を鳴らして下さい。すぐにお応えしますので。」


しかも側仕え付き!?これじゃあ、カサイとかと変わらない対応なんじゃ…


「えっとそれじゃあ…すみません、お茶を2人分用意して貰っても宜しいですか?」


なんとか思いながらも早速使ってみる。…いいじゃない側仕えなんて中々体験できるものじゃない。


側付きさんは「畏まりました。」と言って私達から離れる。


「なんだ、私は今は君の護衛だぞ?」


「そう言わずに、正直いきなりここに一人は落ち着かないです。」


家とは全く違う空間に落ち着かない。壁は漆喰だろうか…ベットなんてふわふわで何でできているんだろう。まさかコイルなんてこの世界じゃまだないだろうし…


「おまたせ致しました。」


私がベットの構造を見ようと中を覗こうとしているといつの間にか側仕えさんがお茶を用意していた。早い…私は慌ててベットから離れて何事もなかったように振る舞う。


用意された机に向かうと椅子を引いてくれる。お茶と簡単な食事と菓子が用意されていた。そういえば今日はお昼から何も食べていなかった。至れり尽くせりだ。


「それでは失礼致します。何かあればお呼びください。」


そういうと足音もほとんど立てずに扉から退室していった。うーん…できる人だ。

お茶を一口だけ口に含む。香りが強く高い。ドニエプルさんのところで出されるものにも負けない、もちろんウチの家で飲むものとは段違いだった。


私が飲むのを見てレナさんも口をつける。


「ナイルは凄いな。」


「えっ?」


「今日、あれだけの事をしたというのにもう普段通りだ。」


「いえ、あれだけって私は別に…皆さんたちと同じですよ。ただ自分ができることをしただけです。」


「だが私はあの時何もしなかった。いや、騎士として出来なければいけないことを何もできなかった。」


「そんなことないですよ。実際レナさんは商人や一般客の混乱を抑えて先導してくれたじゃないですか。」


「それは私じゃなくても出来たことだろう。お祖母様やナイルでもできたことだ。」


そういっていつもより暗い表情を表に出すレナさん。騎士装の時は常に騎士然としているレナさんだが今は少し普段着の時に近く感じる。


「それは違います。」


私のはっきりとした口調にレナさんは顔を上げる。


「あのように混乱に陥った人々を一喝で止めることは普通できることじゃありません。レナさんだから…いや、普段のレナさんだったから出来たのですよ。」


「…普段の私?」


「ええ。人には向き不向きがあります。私やドニエプルさんも確かに人を率いる事はできるでしょう。ただ私たちは理論で語り、力や現実を見せて支持を得るやり方です。あのような場では同じ立ち位置に立って感情に語りかける方が効果的なのですよ。レナさんにはその資質があるのです。」


「私の…資質?」


「はい。レナさんの持つ資質…気質も含めて私やドニエプルさんとはまた違ったものです。自然に上にいる者としての品位や意思を持ちつつ、だけど周りの者と肩を並べることができる。その資質は私達にないものです。ですから無理をして私やドニエプルさんと同じ様なことができなくてもいいのですよ。」


「私にしかできないこと…」


「ええ。」


レナさんは強い。だけれどそれを普段見せたりする事はない。私のように人の虚を突いて支持を得るなど計算することもない。彼女の品ある容姿でありながら、どこか民とも並ぶその姿は民に対して説得力がある。騎士姿の彼女は周りから騎士として見られるし彼女も騎士として振る舞うのでそれが薄いけれど、普段の彼女が発言するからこそ効果がある。


今思えば偶にドニエプルさんがレナさんに対して含む言い方をするのは、それを伝えたかったのかもしれない。


「そうなのでしょうか?私はお祖母様とは違う、それは解っているつもりでしたけれど、どこかでお祖母様と同じように振る舞おうとしていた。ナイルは、私自身と向き合うべきと?」


「それはレナさんが決めることですよ。レナさんが自分の資質を活かして自分の道を選ぶのか、あえてドニエプルさんと同じ道を選択するのか…どちらを選んでもレナさんは大丈夫だと思います。」



言葉が止まり、部屋には静けさが流れる。遠くで微かに兵士さんたちの声が聞こえる。



「やはりナイルさんは凄いです。」


レナさんは完全に普段の言葉遣いに戻ってしまっていた。私が「そんなことない」と言葉にしようとした時だった。


「だって王からの謝罪を受けて、しかも断るなど普通できることじゃありません。」


「あれは…謝罪はちゃんと受け入れましたよ?そう言いましたし…でもなかなか頭を上げてくれなくて焦りましたけれどね。」


国の代表者である王様の謝罪なんて恐れ多いにも程がある。しかも公然の場でなんて困って当然。そう思っているとレナさんは私の顔を見ながらキョトンとした顔をしていた。


「…どうしました?」


「ナイルさんもしかしてなのですけれど、あの謝罪の意味を知らないのでは?」


謝罪の意味?頭を深く下げる、そんな文化がこの世界にもあったことには驚いたけれど普通のごめんなさいと違うのだろうか。


「えっと『ごめんなさい』って意味ですよね?」


それを聞いてレナさんはこめかみのところを指で摘んでキューっとする。あ、この仕草、よく副団長がするやつだ。


「ナイルさんって何でも知っているようで変なところで世間知らずですよね…」


なんだか副団長やユーコンさんにも同じことを言われたような気がする。というよりそれは自覚もしていた。

みんな忘れているかも知れないけれど、私はそもそも2年前くらいまで下町で引き篭もりしていたのだ。世間の常識なんて、ここ最近覚えたてだ。


「謝罪の方法にも種類がありまして、あの謝罪はその中でも最上位、行為のそのままを意味し、相手に『首を差し出す』という意味です。受けた者は相手にどんなことでも要求できます。それが『死』であれば自害しなければなりませんし、『服従』であれば生涯服従を誓わねばなりません。」


「…はい?」


「そこまで極端なものでなくても『財産』の要求や何かしらの要求を通すことも出来たでしょう。」


「ちょちょちょ、ちょっとまって…」


それからレナさんに今日の王様のした謝罪について詳しく聞く。簡潔に言うとあっちの世界の『なんでも一つ言うことを聞いてあげる』の本気版だ。作法としては下げた頭に手を置いて謝罪を受け入れ要求を言葉にしなくてはならないらしい。


「そもそも王族があの謝罪をすることはありません。もしあるとしたら国が滅びる時くらいでしょう。」


つまりそれは国が攻め入れられ王の首を差し出す、そんな状況でしか行われない行為だということだろう。


「ということは私の今日の対応は…」


「謝罪を許さなかった…もしくは何も要求のない無欲な者、または要求があってもその権利を行使せず放棄した者のいずれかに映ったでしょうね。」


『君は無欲…いや、高潔なのだな。』


王様の言葉が頭の中に蘇る。

私は選考会のためにこの場に来ていた。つまり要求したいことはある。けれどそれを放棄したと王様は捉えたのだろう。


……


あーっ!「ウチの商会を宜しくお願いします」くらい言っておけば良かった…いや、共和性と言ってもこの国の王様だ。「家族が生活に困らない生活を」くらい言ってもバチは当たらなかったんじゃ…


そんなふうに自分のやらかしに身悶えしている私を尻目にレナさんは話を続ける。


「ナイルさん、たぶん明日からは今までと同じ立場ではいられませんよ?」


「え?」


「だって騎士をも対処できない状況で王族や名のある商人、来客を身を晒して守り戦い抜き、その上『王の謝罪』を受けてそれを放棄、そして豪傑で名の通ったあの軍部長官に認めさせた上に叱りつけ大人しくさせた…それをあの場にいた騎士兵士が全員知ったのですから…」


…ユーコンさんやドニエプルさん、副団長が言いかけた事が今になって理解できた。それにこの待遇の意味も…


「もしナイルさんが今後の立場を拒否したとしても周りの見る目は変わらないでしょう。下手をしたら他国にまで伝わるかも…」


待って!私、どちらかというとついこの前まで『大人しくしておけ』って立場だったよね?なんでこうなったの!?



レナさんと会話をしているうちに夜も更けてきた。流石に明日に差し支えるといけないのでそろそろお開きとなった。私はお布団に入りながら考える。


今日は選考会のためにここに来た。気がつけば襲撃に巻き込まれて生死の立場に置かれて、結局今回の襲撃事件の全貌も解決していない。アーテル=スースだって何をしたかったのか解らないまま。


そもそも私はただの下町の娘だった。しかも引き篭もり。それが突然事件に巻き込まれ、それから何故か見知らぬ世界で人ひとり分の一生を見る羽目になり、また事件に巻き込まれ気がつけば商会の裏主にされて、また気がついたらいつのまにか表舞台に立つようになっていて、今度は他国にまで名前が知れ渡るかも知れないような状況…



どうしてこんなことになったんだろう…



いくら考えても答えが出ることはなかった。


ミーナやお母さんたちはどうしているんだろう。ユーコンさんが別れ際に家族には連絡してくれるとは言っていた。たぶんお父さんは家に帰れていない。心配していないかな…


そんな事を考えながら私はいつの間にか眠りへと落ちたのだった。

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