導入 見慣れた天井
夢を見ていた。
誰かが…いや、そこにあるなにもかもが私を起こそうとしている。
男の人、女の人、優しい声、怖い声、茶目っ気のある声、厳しい声、面倒そうな声、気を遣う声、心配する声、色気のある声、焦るような声、すがるように泣く声、安堵する声、哀れみの声、機械的な声、アラーム、鳥の囀り、銃声…
「……」
懐かしい声。あの声は誰のものだろう。
そうだ…この声は1度も会話したことがない、でも私はよく知っている。『彼』のものだ。
私は確か門に昼食を届けに行ったはずだった。
目を覚ますと見知った天井と家の匂い。頭はもう痛くなかった。身体を起こすとお母さんが私の手を握って突っ伏していた。どうやら私はまた寝込んでいたらしい。お母さんに声をかけようとしたけど喉が引っ付いて声が出ない。私は身体を捻って、棚の上にあった水差しを手に取り口へ運ぶ。
色々と変な夢だったな。。夢と現実がわからなくなるくらい深く眠っていたように思う。
とりあえず自分の手を見て、黒くて長い髪を見て自分であることを確認する。ちょっと頭の中が混乱しているようなので整理してみる。
私の名前はナイル、9歳、女の子、住居はインラカスイ国の城都コルトーの下町。家族構成は父母姉ともに健康。父はゲイル、母はエミタ、姉はミーナ。父は街の門を守る衛士、母は内職で織物職、姉は学校へ通いながらも機織りを手伝っている。
私は特異体質で他の皆と少し体が違う。この世界は尻尾や耳に毛が生えているのが普通で、人によっては腕や身体にも毛だったり鱗で覆われていたりする。
それに比べ私は尻尾はないし耳も腕もつんつるてんだ。私のような特異体質の子供は病弱で長く生きる者は珍しいらしい。勿論、力や体力も皆より劣る。
国でも数年に一人生まれるかどうかくらいの確率。私たちのような者をレタルゥと呼び、国によっては差別対象になることもあるらしい。おかげで私は去年までは殆ど家から出たことがなかったけれど、最近は少しづつ体力もついてきて寝込む回数も減ってきた。外も少しくらいなら歩いて回れるようになってきていた。
…はずだったのだけれど。また寝込んでしまっていたようだ。
こんなところかな。やっと目が覚めてきたのか意識がはっきりしてきた。固まった身体をしっかりと伸ばす。
「うぅーんん…お母さんお母さん。また寝込んじゃったみたい、ごめんね。」
看病してくれていたのだろう。私に触れたまま突っ伏して寝てしまったようだ。
私はお母さんの肩を少し揺らして起こす。
「ぇ…あ、〜〜!やっと目を覚ましたの?!」
私の身体を抱きしめて泣きながら「無事でよかった」と何度も反芻するお母さん。その声が隣の部屋まで聞こえたのか寝室にお父さんとミーナも入ってくる。
「目が覚めたのかっ!?」
「ナイル目が覚めたのっ!?」
「ごめんね、また心配かけちゃって。」
「良かった。本当に良かった…」
また家族に心配かけてしまったようで申し訳なく思う。でも、おかしいな…私が寝込むことなんていつものことなのに。いつもより何だか深刻な雰囲気だ。皆、涙ぐんでる?
「本当に心配したんだからっ!」
ミーナも抱きついてくる。お父さんもその上から…ちょっと重い…
「もう起きないんじゃないかって、あいつらの術か何かに当たってしまったんじゃないかと思って気が気でなかったんだぞ。なんであんな所にいたんだ。」
ん??あいつらって…
もしかして、アレは夢じゃなかったってことだろうか…確か街の外で争いが始まって、門が壊されて人も死んじゃって、それでお父さんも死んじゃうと思って必死に…あれ?私は必死に何したんだっけ。何かした?私が?どうやって?
急にまた少し頭がズキズキっとする。その様子を心配そうに家族が見つめる。それを私は大丈夫だと諌めて尋ねた。
「ねぇお父さん。私って、あの時どうしてたの?」
お父さんは、事の後を話してくれた。私は街の外で気を失っていて、騒動が収まったあと騎士の人に発見されて介抱されていたらしい。
お父さんは門が破壊されて控室に取り残されているかもしれないと必死に瓦礫をどかして探してくれていたらしかった。同僚の人が騎士団に保護されている私を偶然見かけて、それを知らされたお父さんはすぐに駆けつけて引き取り家まで運んでベットに寝かせた。
しかし、騒動からまる2日目が経っても私は目覚めることはなく、いつもと違って発熱もしていないし、原因が解らず今度こそ意識が戻ることはないのではと家族皆が心配していたらしい。
言われてみれば、あの争いの結末を見届けた後、再び頭痛に見舞われてたことを思い出す。その後は、何かの夢を見ていたような気がするのだけれど、今は全然思い出せない。お父さんは無理に思い出す必要はないと言って、その後はイモ粥を少し食べて念には念をとまた寝かされた。
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