第19話


 アールさんが何か叫ぼうとして、それを言い切る前に倒れていく。

 僕はアールさんが地面に倒れない様に支えようと駆け出し、僕の手がまさにアールさんに触れた瞬間、アールさんの姿が霧散する。


「えっ⁉」


 みんながダンジョンの奥に目を凝らす中、僕だけがアールさんの元へ走っていた。

 そんな僕をあざ笑うかの様に倒れていくアールさんの姿が霧散すると肩をつかまれる。


「プレイさん安心してください。私は無事です」


 僕の肩をつかんだのは、僕が地面に倒れてはいけないと駆け寄ったアールさん本人。

 僕は混乱するままに再び間抜けな声をあげる。


「えっ……アールさんが二人⁉」

「プレイさんが今助けてくれようとした私は、私が魔法で作り出した幻影です。この通り私は無傷なので安心してください」


 アールさんが危ないと思わず走り出した僕の頭の中はまだ混乱していて、アールさんの言葉の意味が理解できない。


「あっ、アールさんが倒れそうで、あれ? アールさんはここにいて……」

「大分混乱しているようですね……失礼しますプレイさん」


 パーン!


 アールさんに頬を叩かれ、僕は頭を振って落ち着きを取り戻す。


「……すいません混乱していたみたいです」

「はじめてのダンジョンなんです、仕方ありませんと言いたいところですがそうも言ってられない状況です」


 そう言ってアールさんがダンジョンの奥の方に視線を向けると、二人組があらわれる。


「ここにも黄金郷エルドラドがいるのか?」

「珍しいわね、ダンジョンにクランを分けて、別々に入るなんて……」


 ダンジョンの奥から姿をあらわした二人組は、聖騎士の装備をした男性と聖女の装備をした女性であった。

 あくまでも二人に様なをつけたのは、装備だけでは職業の確証は得られないのと、その装備の禍々しさから。

 成人して神から与えられる職業は、それが本来の姿だったかの様に性格すら引きずられる事が

 そのため、職業を得てからは好みなどもその職業に引きずられることが多い。


 服装などが顕著に現れやすく、盗賊のリサや吟遊詩人のシングも職業を聞けば納得ができる服装。

 だが、ダンジョンの奥からあらわれた二人の装備は、先ほども言ったように禍々しい。

 本来、聖騎士や聖女は装備や服装に白色を好む。

 だが、二人は装備のデザインこそ聖騎士や聖女が好みそうな物だがその色は、全身黒ずくめ。

 とてもではないが聖職者とは言えず聖騎士に至っては暗黒騎士と言われるほうが納得できそうなほど。

 

 僕が二人の服装を見てそんな事を考えているとアールさんが声をかける。


「あなた達は冒険者ですか? どこかのクランに所属しているならその名を聞いても?」


 思わず僕がアールさんに視線を向けると、アールさんの目は鋭く犯罪者を見る様な目で警戒しているのがわかった。


 二人はアールさんの言葉に顔を見合わせると、吹き出し笑いはじめる。


「ぶっ! ぎゃははは! 俺達が冒険者に見えるらしい。いやはや、新進気鋭の黄金郷エルドラドの人事部長のアールさんの言葉とは思えねぇな! ぎゃはははは」

「あーはっはっはっは! あんたの言う通りね。人事部なんて部署を作って人の適性を見て仕事を割り振っていると聞いたけど、もし私達が黄金郷エルドラドのメンバーならどんな仕事を振られたのかな?」


 二人はアールさんと黄金郷の事を馬鹿にした様に話しはじめ、アールさんの質問に答える気がなさそうに笑い続ける。

 そんな態度にアールさんは質問をかえる。


「答える気がないなら構いません。ですが、この質問には答えてもらいます。先ほど我々が受けた攻撃はあなた達二人のものですか?」


 アールさんがそう言うと、二人はピタリと笑うのを止め口を開く。


「さっきの攻撃? それは俺達二人の攻撃じゃないな」

「ええ、そうね。私達二人の攻撃ではないわね」


 そう言うと二人は再び笑いはじめる。


「なら、もう一つお聞きします。あなた達の後ろにいる魔物。それはあなた達が連れて来たものですか?」


 アールさんがそう言った瞬間、二人は顔を醜く歪ませ叫ぶ。


「正解! こいつ等は俺達が連れて来た!」

「さぁ、お前達新しいごはんだよ!」


 そう言って黒い聖女が僕達に向かって何かを投げると、二人組の後ろに赤い小さな目が無数に現れ僕達に向かって動き出す。

 投げられた物を目にした前衛の代表が叫ぶ。


「腕⁉ しかもこの装備はあいつらの⁉」


 僕達に投げられた物は人の腕だった。

 しかも僕達のクランの仲間のもの……魔法を使い千切れた腕を再生させることは出来るが、今の現状を考えると腕の持ち主の生死は絶望的。


 僕がそう思った時、仲間の腕だと気づき叫んだ前衛の代表の気配が大きく膨れ上がる。

 代表は自分が持つ剣を握ると、それを抜くと同時に振り切った。

 代表が剣を振り切ると斬撃が二人組に向かって飛び、僕達に向かってきていた無数の魔物を切り裂きながら二人組に向かっていく。


 その斬撃に切り裂かれた魔物は勢いをそのままに僕達のそばに落ち、その魔物を見て僕はギョッとする。


「ハーミットラット! どうしてこんな浅い階層に⁉」


 その魔物はハーミットラットと呼ばれ、今僕達がいる10階層のような浅い階層に出現する魔物ではなく、中層からあらわれる強力な魔物。

 ハーミットと呼ばれるように彼等は、その姿を隠し冒険者達をゆっくりと囲み襲い掛かる魔物、1匹1匹はそれほど強くはないが彼等は集団で行動する。

 その数は数十匹から数百匹で行動するために決して油断できない強力な魔物。


「おいおいおい! こいつ等ハーミットラットなのか⁉ しかもなんて数だ!」


 僕の声を聞いた前衛の代表が思わず叫ぶ。

 先ほど放たれた代表の斬撃が次々にハーミットラットを切り裂いていくが、その数が尋常じゃない。


「くそっ! 斬撃が消えちまった!」


 雪崩の様に押し寄せてくるハーミットラットを切り裂くうちに斬撃はその力を失い、二人組に届く前に消えてしまう。

 その数は大まかに見ても数千はいて、本来この階層で探索をするような冒険者なら誰一人逃げる事もかなわず全滅する数。


 だが、今ここに居るのは黄金郷エルドラドの各職業の代表者とその直属の部下で誰一人として絶望する冒険者ではない。

 僕も何かできる事はないかと考えるが、すぐにクランの仲間が動き出す。


「前衛の皆さん、絶対にそれ以上前に出ないでください!」


 そう叫んだのはアールさん。

 アールさんはそう言うと呪文を唱え無数の風の刃を放った。


 その言葉に応える様に、前衛の代表がアールさんの魔法に合わせて先ほどの斬撃をいくつも放つ。

 風の魔法と斬撃はお互いを打ち消し合う事もなく、むしろお互いに干渉をしてその威力が上げたのか、斬撃は先ほどのものよりむしろ大きな傷跡を風の魔法と一緒にハーミットラットの群れに残しつつ、ハーミットラットの群れを突破した。


「今度は、確実に届く! さぁ、お前達どうする⁉」


 僕も黄金郷エルドラドの他の仲間もその斬撃と魔法の行方を固唾を飲んで見続ける。

 すると、黒い聖騎士の男が動く。

 その男は黒い聖女の前に立つと自分が背負っていた盾を地面に突き刺す。


「様子見か! しゃらくせぇ!」


 黒い聖騎士が叫ぶと、二人を守るように黒い門が出現する。


「「⁉」」


 それを見た僕達黄金郷エルドラド全員に戦慄が走る。

 その門は、聖騎士のスキルでも最上位のスキルでとてもではないが連発できるものじゃないし。

 先ほど黒い聖騎士の男は、様子見かと叫んだことから僕達の攻撃が様子見であることに気づいている。

 そんな攻撃に最上位のスキルを使うのは、考えたくないけどそのスキルを連発することができる実力者ということ。


 僕達がその事実に驚き一瞬思考が停止すると、さらにありえない事がおこる。

 門を出現させたスキル、それは本来攻撃から身を守るスキルで敵の攻撃を受けると門は消えてしまう。

 だけど、その門は攻撃を受けその攻撃を打ち消して消える事はなく、門が開いて受け止めた攻撃をはじき返してきた。


「おい嘘だろう!」


 思わず前衛の代表が叫ぶ。

 だが、斬撃と魔法は容赦なく僕達の方に向かって来る。


「代表ここは我々が」


 そう言って代表の彼の肩をつかみ後方に押しのける人がいた。その人と一緒に一番前にいた前衛の仲間を押しのけ前に出る大きな盾を持った人達。


「やめろ、あれはお前達でも耐えられない!」

「ええ、耐えるつもりはありません。逸らします!」


 そう言った大きな盾を持った人は、自分達の盾に斬撃や魔法が当たる瞬間に体を回転させ斬撃や魔法の進行方向をそらす。

 そらされた斬撃と魔法はその進行方向にいるハーミットラットを大量に切り裂き霧散する。


「いつまでも右腕でいるつもりはありませんよ代表」


 大きな盾を持った人は後ろにいる代表を守る様にしたままそう言う。


「みなさん強力な攻撃で二人は狙わず、まずはハーミットラットの数を減らします! 前衛の皆さんはそのまま防御姿勢で二人組から目を離さないでください!」


 その様子を見たアールさんは即座に作戦を変更して、二人への様子見はやめハーミットラットの殲滅を優先する。


「プレイさん、あなたは歌を! 長期戦になると思われます。皆の体力と魔力を!」

「わかりました!」


 僕はアールさんに返事をするとリサとリサの師匠の肩を叩く。


(相手を捕まえました。≪鬼ごっこ≫を終了します)


 スキルの言葉を聞き、≪鬼ごっこ≫が終了したのを確認すると替え歌を歌う。


「私もお手伝いします」


 そう言って僕の隣に吟遊詩人の代表が立ち、その後ろに他の吟遊詩人の仲間が集まり声をそろえる。

 そこからクランの仲間は二人組を無視して、ハーミットラットの大群を倒し続ける。

 その間も前衛で盾を持った仲間は二人組から目を離す事はせず、二人組が動けばいつでも対象ができる様にと盾を構えていた。


 僕も歌を歌いながら二人を警戒していたけど、ついにハーミットラットが全滅するまで二人が動くことはなかった。


 最後のハーミットラットが始末されると僕達黄金郷エルドラドの視線は再び二人組にあつまる。

 それに気づいた二人は僕達に向かって拍手をはじめる。


「いやいやお疲れ様。よくあれだけの数のハーミットラットをほぼ被害なく倒せたな」

「ええ、本当にすごいと思うわ。この王都にあるクランでもあの数のハーミットラットを被害なく全滅させることができるクランなんて他にないんじゃないかしら?」


 二人は、僕達の事を驚いた様子で褒める。

 そんな二人の様子に僕達は嫌な予感が振り払えなかった。

 そして、二人で一頻り僕達を褒めた後、黒い聖女が話しはじめる。


「よし! じゃあ次は私が少し戦ってみようかしら」

「ああ、俺も様子を見てみたい」

「なら次は私が前に出るわね」


 そう言った黒い聖女は真っすぐに盾を持つ前衛の前に歩いてくる。

 姿を現わしてから常に異常な行動を取る二人に対して盾を持つ前衛は何があってもすぐに盾で防げるように警戒をしていた。


 だが、聖女が前面にでて戦えるものなのか?


 そんな僕達の疑問に彼女は最悪の形で返事をした。

 盾を持つ前衛の仲間の傍まで来るとそっと盾に触れる。


 見た目は黒い聖女の彼女の体形は、聖女とは思えない妖艶な外見に豊満な体形をしていたが腕力に優れている様にも見えず、そんな彼女がそっと盾に触れる様子は誰も攻撃とは思えなかった。

 だが、その思い込みは一気に悲鳴で覆された。


「ぐぅああああ!」


 彼女が触れた盾は、グズグズに腐り果てその手はそのまま盾を持っていたクランの仲間の腕に触れた。


 盾を持っていた仲間も盾がグズグズに腐り果てた光景に理解が及ばず、決して早くもない彼女の手が自分の腕にふれるまでその動きを呆然と見過ごした。


 その悲鳴で我に返った前衛のみんなは、すぐに彼女を盾を使い弾き飛ばそうとする。

 だが、それは彼女に盾を腐らせるだけの結果になり、後衛がそれに気づくと矢と魔法が雨の様に彼女を襲った。

 彼女は聖女とは思えない体さばきで矢や魔法をことごとく避けながら後退すると、黒い聖騎士の元にまで下がった。


 触れられた仲間の腕を見ると、彼女に触れられ腐りはじめた部分がその範囲を広げていた。

 その事に気づいた前衛の代表が彼の口に布を突っ込むと、これ以上腐ってていく範囲が広がらない様に肩口から彼の腕を叩き切っていた。


「アール頼む!」


 前衛の代表はそのまま彼を抱きかかえ、アールさんの元まで来ると彼を地面にゆっくりと降ろし、再び剣を握り最前線に出る。

 だが、そこで最悪な事が起きる。


「おい、お前ら何を遊んでいる。さっさと目的を果たせ」


 そう言ってダンジョンの奥から黒ずくめのマントを羽織った男があらわれた。


「ああ? 後から来て何を偉そうに……お前の魔物は全滅したぞ」

「あ? 俺が操った魔物全部か? それで相手の被害は?」

「ないわ」

「は? あれだけの数の魔物が全部やられて、相手の被害がないだと?」


 そう言った黒ずくめの三人目の男の目は、以前に見た酷く血走った様な目で僕達を見る。

 その目を僕が驚きを隠せずに見ていると不意に視線が合ったような気がした。


「ん? あれは? 例の……」

「ああ、そうだあいつは今のところ上手くいってるようだ……」

「ええ、そうみたいね。人事部があって助かった様ね」

「と言う事はもう一人も……大丈夫なのか?」


 三人目の男がそう言うと、黒い聖女と聖騎士はお手上げといった格好をし答える。


「今回は一緒に来てないみたいだ」

「ええ、後衛も見たけどいなかったわ」

「……わかった。なら今回の目標の半分は達成できたはずだ、引くぞ」


 そう会話をおえると三人は不意に僕達に背を向けると何事もなかったかのように歩き出す。

 僕達がそんな様子に唖然としていると、彼等に向かって前衛の代表が苛立ちながら叫ぶ。


「待て! お前らは何者だ! ただで帰れると思っているのか!」


 その言葉に三人目の男がゆっくりと振り返り口を開く。


「ああ、今日は引く。お前達は今度ゆっくりとから待っていろ」

「ふざけるな!」


 そう言った代表は三人に向かって特大の斬撃を放ち、今度はアールさんがそれに合わせるように魔法を放つと、それを追うように様々な矢や魔法が撃ちこまれ、三人がいた場所は砂煙で覆われた。

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