第18話
僕は自分の部屋でダンジョンに入る準備を終え、クランの建物の玄関に向かう。
「遅くなってすいません!」
「大丈夫ですプレイさん。では皆さんダンジョンに向かいましょう!」
「プレイ! あんたは私とリサと一緒に進むよ! こっちに来な!」
「はい!」
僕が返事をするとリサの師匠が走り出す。
僕は慌ててリサと、リサの師匠を対象に≪おにごっこ≫を開始する。
リサの師匠を先頭に僕とリサその後に前衛職の代表と続き、他の代表達が僕達の後を追うようにダンジョンに向かう。
本来ダンジョンに入るには、入り口で手続きをして順番を待って入らなければならない。
でも今回の様な非常事態では、先にクランから連絡をして手続きをしておけば、非常事態に限り順番を待たずしてダンジョンに入れる。
「すまないね! 非常事態だ! 先に通らさせてもらう!」
そう言って列に並ぶ他の冒険者にリサの師匠が叫ぶと、列に並んでいた冒険者達は腕を上げ返事をする。
「気にするな!」
「気をつけろよ!」
緊急事態時はお互い様と、普段順番を抜かそうものなら殴り合いをはじめる冒険者が、気にするなと叫び気をつけろとまで声をかける。
これは非常事態時でも珍しい事で、
「さぁ! あんたのはじめてのダンジョン入りだ! 二階へ降りる階段まで全力で走って見せろ! 私を置いていけるなら置いて行ってみな!」
「わかりました二階への階段まで全力で走り抜けます!」
僕は、体の奥から湧き上がる力を開放する。
「師匠の馬鹿ぁあああ!」
あっという間にリサを置き去りにして、僕とリサの師匠はダンジョンの奥に進む。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!」
肩で息をするリサの師匠は両ひざに手をついている。
「くそっ! 本当は置いて行けるのに置いていかなかったね!」
そう言ってリサの師匠は僕を睨む。
「ダンジョンでの単独行動はだめですからね」
僕はそう言って息が整うと歌を歌う。
「あ? 何を歌っている? って≪替え歌≫だったかい?」
リサの師匠は、僕のスキルを思い出したのか息を整えはじめる。
先ほどまで肩で息をしていたリサの師匠は、僅か数分で今まで全力で走ってきたのが嘘のように息を整えおえる。
すごい、動くスピードもそうだけど体力の回復も本来の僕と比べるのもおこがましい。
息を整え終わったリサの師匠は僕を見て話しはじめる。
「私を置いていけるスピードに体力や魔力をわずかながらに回復させる歌。これが知れ渡れば色んなクランがあんたを
そう言ってリサの師匠は、僕の目の前まで歩いてくる。
リサの師匠は僕とほぼ同じ身長で、その綺麗な顔が目と鼻の先にある。
綺麗なまつ毛がハッキリと見えるほどの距離でリサの師匠は僕に言う。
「もしも、女をあてがってやると言ってきたら私に言いな」
そう彼女がいった瞬間手で目を塞がれ、さらにに唇に柔らかい感触を感じる。
僕が手をどけると、彼女の顔はまだ目の前にありニヤリと笑っている。
「他の連中が来るまで少しかかるだろう。あんたも私に気を遣わずしばらく休みな!」
自分でも顔が真っ赤になっているのがわかるほど、顔が熱い。
僕は、リサの師匠に何も言えず黙って階段近くの岩の上に腰かける。
みんなが来るのを待つ間、僕はリサの師匠の方を向くことができなかった。
それから少しして顔の熱がとれると、僕はもう一度持ってきたアイテムを確認する。
「うん、大丈夫だ」
アイテムの確認を簡単に終わらせ僕がそう呟くと、リサを先頭にクランのみんながやってくる。
クランのみんなが揃うと、眉を吊り上げたリサとアールさんが僕のそばにやって来る。
「もう! 師匠はいつもの事だけどプレイまで先に行くなんてひどい! もしも何かあったらどうするの⁉」
「まったくです。第一階層とはいえ、今回我々がダンジョンに来たのは異常事態が起こっているからですよ。それが第一階層で起こらないとは限りません。全くプレイさんが一緒に居ながら」
二人の言葉を聞き、自分が何をやったのか気づくと僕は血の気が引く。
「す、すいません! はじめてダンジョンに入れたのが嬉しくてつい!」
僕はそう言うと思わず頭を下げる。
そんなやり取りを見てたのかリサの師匠がやって来る。
「はじめてダンジョンに入った奴はみんなそうさ。だが、あんたはここに来る途中、小さな罠も見逃さず壊していた。上出来だ! リサ、あんた達がここに来るまでに壊されていない罠はあったかい?」
リサの師匠がそう言うと、リサは目を皿の様にして聞いてくる。
「えっ⁉ あれって、プレイと師匠が一緒に壊したんじゃなかったの⁉」
「あ……う、うん。僕が全部こわした」
「しかも、腹立たしい事にプレイは私とはぐれない様にスピードを落としつつだからね。本当は私もふりきれただろう?」
「……」
リサの師匠の言葉に僕は答えられない。
僕が黙ってしまうとリサの師匠は、アールさんの方を向く。
「アールあんたの言ったことは本当だ。プレイはクランの誰よりも速く動けて知識もある。あんたよりかはわからないが、とりあえず罠に関しては今のところ私と同等の知識もある。1階層の階段までくらいゆるしてやったらどうだ?」
「ええ、だから私が困っているのは、あなたの事ですよ。私はプレイさんならあなたを止めてくれるかと期待のしたのですが、やはりあなたを縛るのは難しいですね」
「……」
アールさんがそう言うとリサの師匠は黙って僕の方に歩いてくる。
僕が何だろうと思いそのまま見ていると、僕の後ろにすっと回り込み僕を後ろから抱きしめてくる。
「っえ⁉」
「プレイなら私より速く動けるから、縛れるかもしれないね」
「師匠!」
「あなたと言う人は……」
僕の驚きの声とリサの非難の声、アールさんのあきれ果てた声を聞くとリサの師匠はすっと僕から離れた。
「本当にそう思うからね」
去り際に僕だけにしか聞こえない声量でそう言うと、リサの師匠は少し嬉しそうにその場を後にした。
アールさんは、もう何を言っても無駄だなと言った表情で頭を振ると僕に言う。
「プレイさん、申し訳ないですが皆の様子を見て歌を歌ってください。よろしくお願いします」
そう言うとアールさんはクランの仲間の元へ行ってしまい。僕とリサだけが残った。
僕がアールさんからリサに視線を移すと、リサの眉は吊り上がっていた。
「ねぇ、プレイさん。私達が着くまでの間に師匠と何かあったのかな?」
リサにそう言われて僕は目隠しの件を思い出し、顔が赤くなるのがわかる。
「い、いやっ! 何もないよ!」
僕は子供でもわかる嘘をついてしまう。
そんな僕を見て、リサは僕の元へ歩いてくる。
ち、近い……。
リサは自分の師匠と同じくらい僕に接近すると僕に片手を使い目隠しをする。
「⁉」
僕がさっきの事を思い出し身を硬直させると、唇に柔らかい感触がする。
だが、さっきと違いその柔らかい感触がしている状態でリサが目隠ししている手をどける。
「あっ……」
僕が思わず声を上げたのは、目隠しがなくなった視界では、リサが人差し指と中指をそろえて僕の唇に当てていた。
「やっぱり……」
そう言うとそれまで釣り上げていた眉をたれ下げたリサがヤレヤレと言った表情で話しはじめる。
「師匠が男の子をからかう時の常套手段だね」
「だよね~。リサが種明かしをしてくれなかった気づかなかった」
僕はほっと胸をなでおろしてリサを見ると、リサは自分の指を見て驚いた様な顔をしている。
「どうしたのリサ?」
「えっ⁉ な、何でもないよ。それよりプレイの歌をみんなが待っていると思うよ」
「あっそうだった! 歌を歌わないと」
僕とリサはみんなが待つ方へ向かう。
僕が歌を歌い皆が体力を回復させると、そこからは全員でダンジョンの階層を下へ下へと下りていく。
そして、10階の階段を下りた所で僕の隣を歩いていたリサの師匠が僕を腕で止める。
「プレイ待ちな。何か様子がおかしい」
アールさんから聞いていた情報では、クランの仲間と合流できるのは10階以降と言われていた。
だが、リサの師匠が感じ取ったのは仲間の気配ではなく、熟練の冒険者が持つ危険察知による違和感。
「あんたは何か感じないかい?」
「すいません。僕にはわからないです」
「そうだった。あんたが有能過ぎてわすれていた。あんたがダンジョンに入ったのは今日がはじめてだったね」
そう言うと、リサの師匠は僕達の後ろを歩くリサに視線を向ける。
リサは師匠は視線を向けられると黙って頷く。
「私とリサが感じるとなると間違いないかね」
そう言ってリサの師匠はイライラした様に頭をかくと、後ろの仲間に向かって叫ぶ。
「この階層何かいるよ!」
その言葉に僕達の後ろを歩いていたクランの仲間はピタリと動きをとめ、アールさんだけが前に歩いてくる。
「防壁を張ります」
「ああ頼んだよ」
リサの師匠とアールさんはそれだけ言うと、リサの師匠がまわりを警戒する中アールさんが詠唱をはじめる。
その詠唱がおわると僕達の周囲を薄い膜の様な物が覆う。
「今のは?」
僕が思わず声に出して尋ねるとリサが答えてくれる。
「あれは、魔法の障壁で攻撃を防いでくれるの」
そう言ったリサの表情は硬い上に汗までかいている。
「リサ?」
様子のおかしいリサに僕が声をかけた瞬間、ダンジョンの奥からガラスが割れた様な音がする。
僕が視線をリサから前に移した瞬間、アールさんが叫ぶ。
「全員警戒!」
アールさんがそう言った瞬間、前衛職の代表が前に出て、その左右を彼の部下の仲間が僕達を守るように立つ。
僕以外の全員がダンジョンの奥を睨む。
そして、それは起こった。
さっきガラスが割れた様な音が短い間隔で二枚割れる音がする。
それを聞いた瞬間アールさんが叫ぶ。
「敵は恐ろしくっ……」
アールさんは言葉を途中で止め、突然僕達の目の前で倒れる。
アールさんが倒れても周りを警戒する仲間は、誰一人アールさんに視線を向けようとはせず周りを警戒し続ける。
「アールさん⁉」
そんな中で僕だけが叫んでいた。
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